リストラ天国 > コンテンツ > Diary

リストラ日記アーカイブ 2010年2月
読みやすいようにアーカイブは昇順(上から古いもの順)に並べ替えました。上からお読みください。
日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

332 1月後半の読書 2010/2/2(火)
333 節分の思い出は、、、 2010/2/3(水)
334 ミネラルウォーター飲んでますか? 2010/2/5(金)
335 中高年の転職とは? 2010/2/8(月)
336 製造業の行く末は、、、 2010/2/10(水)
337 貧困ビジネス流行は役所の怠慢なのか? 2010/2/12(金)
338 自殺者数が年間3万名を超えている意味 2010/2/14(日)
339 340 2月前半の読書とDVD 2010/2/15(火)
341 新聞、雑誌、書籍など紙媒体はなくなるか? 2010/2/19(金)
342 続きを読むにはユーザー登録をしてください! 2010/2/21(日)
343 ダンドリ上手 2010/2/23(火)
344 ジパングにみるタイムスリップ 2010/2/25(木)
345 労働力人口から見る日本経済の今後とは 2010/2/27(土)



1月後半の読書 2010/2/2(火)

332
花の回廊―流転の海〈第5部〉
宮本輝氏の自伝的長編小説「流転の海」の第5部です。時代はまだ戦後まもない昭和20年代の大阪が舞台です。同氏には「泥の河」「道頓堀川」など幼少期を送った大阪の下町を描いた原点とも言える著作があり、その薫りがします。
シリーズになっていますので、「流転の海(第1部)」、「地の星 (流転の海 第2部)」、「血脈の火(流転の海 第3部)」、「天の夜曲(流転の海 第4部)」と読み進めていかなければ、よくわからないところが出てきますが、第1部が出たのが今から25年も前(文庫で読んだのはたぶん20年ぐらい前)ですので、すっかり忘却の彼方という状態です。いい小説なので、ゆっくりと最初からもう一度読んでみたいと思っています。なので、まだ読んでいない人は第1部〜第5部まで一気に読めますので、羨ましいです。

約束の河
堂場瞬一氏は警察官や検事のシリーズ物小説が多いのですがこちらは単発ものです。父親が弁護士で法律事務所を経営している名家で育った主人公ですが、両親の死後、事務所を引き継ぐものの、司法試験には何度も落ち、結局、法律事務所の所長とは名ばかりのただの事務員で、それが大きなストレスとなってクスリ漬けになってしまった珍しいパターンです。
でも都合のいい(悪い?)ところだけクスリの影響で記憶喪失になっていたりと、よくある安物の土曜サスペンス劇場のノリでしょうか。あまり後味のよろしくない小説でした。

月島慕情
浅田次郎氏の小説は基本的に文庫になれば全部読んでいますが、「蒼穹の昴」や「壬生義士伝」のような長編はもちろん、このような短編もさすがです。ただ短編はあっという間に終わってしまって物足りない消化不良な感じがします。やっぱりじっくりと長編をわくわくしながら読みたいというのが本音です。この七編の短編はいずれも涙腺が弱いとウルウルすることうけおいです。私も「雪鰻」や「シューシャインボーイ」なんかには、、、ちょっと泣いてみたい人にお勧めです。

警官の血(上)(下)
佐々木譲氏渾身の作品です。佐々木氏は北海道出身で現在も北海道に住んでいますが、奥様がこの小説の舞台である谷中あたりの出身で今でもお住まい(佐々木氏は北海道で単身生活)ということです。先日直木賞受賞されましたが、えっ?まだだったの?って思っいました。「エトロフ発緊急電」や「ストックホルムの密使」「ベルリン飛行指令」の3部作はもちろん、「昭南島に蘭ありや」「鷲と虎」など戦記ものが好きです。警察ものも豊富で昨年映画にもなった「笑う警官」など北海道警シリーズもあります。
警官の血はタイトル通り、祖父、父、子と三代続いた警官一家が、祖父が死亡した原因を突き止めていく物語で、戦後まもなくから次第に復興していく日本の姿がよく描けています。昭和30年代の頃のパートを読んでいると、そのままALWAYS 続・三丁目の夕日(映画)のワンシーンを思い出しそうです。また最近ではほとんど忘れ去られてしまった過激派との闘いも著者自身が団塊世代でその渦中にいたのかどうかは知りませんが、思い出させてくれました。

棘の街
堂場瞬一氏の単発小説です。なぜか上記の約束の河と同じ著者でかぶってしまいました。できるだけ固めて読まないようにしているのですが。こちらは主人公が刑事で、よくあるパターンの敏腕ではあるが「はみ出しデカ」。こちらも「約束の河」と同様、犯罪に巻き込まれた少年が都合の悪い部分だけ記憶喪失。それ流行っているんですか?(笑)まぁ結局はなるようにしかならないわけですが、主人公はみんな裕福な恵まれた子供生活を送っているのにどうしてそんなグレちゃうんでしょうね。刑事でグレてるとはちょっと違うけれど、人生斜めに見ていることは確かです。それって親が悪い?いや、やっぱり本人が一番悪いでしょう。ということで、せっかくのハードボイルドなのに感情移入がまったくできません。


聖灰の暗号〈上〉帚木 蓬生著
現在下巻を読んでいるところなので、感想は次回。とっても面白い!でもクリスチャンの人は読まない方がいいかも。こういう本をアメリカとかヨーロッパで発刊すると、作者の命の保障はないでしょう。その前に出版社がクレームやテロを恐れて出版してくれないか、、、

   
   

--------------------------------------------------------------------

節分の思い出は、、、 2010/2/3(水)

333
今日は節分です。節分で思い出すのは、子供の頃にじゃんけんに負けて渋々鬼になったら、豆まきの集中攻撃に遭い、こてんぱに打ちのめされた惨めな悲しい記憶、、、ではなく、仕事中に偶然立ち寄った柴又帝釈天でおこなわれていた豆まきのことです。

仕事でたまたま柴又近く、と言ってもそれほど近くでもない町屋にある会社へ午前中にひとりで行く用事があり、仕事が無事に終わり、近くで昼でも食べてから会社へ戻ろうと思っていたとき「確か寅さんの柴又はこの近くじゃなかったっけ?」とハタと気がつきました。そこでいつも仕事の鞄に入れてあるポケット地図を見ると、京成に乗れば割とすぐのところだと判明し、時間があったので帰りとは反対方向の京成に乗り、初めて柴又駅に降り立ったのです。駅前には寅さんの銅像が建っていて、映画の世界そのままに雰囲気を盛り上げてくれます(ような気がします)。

しかし残念ながら私は関西生まれの関西育ちなので、言葉や風習、それに映画の舞台が基本的に東京下町の寅さん映画には、ほとんど興味がなく、映画館で(お金を出して)寅さん映画を見たこともなく、テレビで放映された古い映画を2〜3編見たことがある程度です。多くの根っからの関西人なら(全部とは言いませんもちろん)、たぶんそんなものではないでしょうか。

同様な例をあげるとお正月におこなわれている箱根駅伝も、関東では毎年テレビも新聞も大きく取り上げ、中継するテレビ局なんかはオリンピックかワールドカップ並みの扱いで必死に盛り上げようとやっていますが、関西ではテレビ中継こそやっていますが、関東と比べると視聴率はかなり低いのではないかと思うぐらい盛り上がってはいません。そりゃそうでしょう、例えば関西の大学選抜だけが六甲山を走る歴史ある駅伝があったとして、根っからの江戸っ子達が、それを見たいと思うかどうかを考えれば同じ事なのですよ。

なので、吉本新喜劇のことなら毎週土曜日の昼に欠かさず見ていたので、どこでどういうギャグが出るかなど詳しいですが、寅さんことは、ほとんど知らないので、銅像を見ても、参道を埋め尽くす、似たり寄ったりの自称元祖だの本家だの書いてある団子屋さんやお土産屋さんを見ても、なにがなんだかよくわかりません。それよりも昼飯をどこで何を食おうかと思いつつ歩いていました。

何か昼飯によさそうな店はないかと参道をブラブラと歩いていくと、突き当たりにかろうじて記憶にある「帝釈天で産湯をつかり」の帝釈天があり「ああ、ここがそうなのね」ぐらいの感覚で境内に入っていくと、境内はガラガラなのに、本堂?の周りにだけ大勢の人が集まっています。最初はなんだろうって見ていたのですが、やがて派手な裃(かみしも)を付けたゲストらしき人が、特別にあつらえられたとおぼしき渡り廊下に出てきて、豆を投げるのを見てはじめて「ああ今日は節分なのね」と理解しました。ちょっと理解するのが遅すぎって気もします。帰り際に帝釈天の入り口の門をよく見ると確かに「節分会(せつぶんえ)」とか大きく書いてありました。

まったく偶然にそのような場面に出くわしたおかげで、なぜか「節分=帝釈天」の印象が深く残っています。ただその時のゲストが誰だったか、遠目だったけど、確かに知っている人(芸能人だかスポーツ選手だか)だったのをかすかに覚えているのですが、派手な色の裃しか目には焼き付いていません。もう15年ぐらい前の話です。

--------------------------------------------------------------------

ミネラルウォーター飲んでますか? 2010/2/5(金)

334
もうずいぶん前から家ではミネラルウォーター(2リットルペット)を箱で買ってきて、コーヒーやお茶など入れるときに使っています。買うのはだいたいスーパーで、安売り時にまとめて3箱(6本×3箱)ぐらい買ってきます。まとめて買っておくのは、大型地震などにより万が一断水した時のために最低限の飲み水は確保しておきたいという理由もあります。その前に大型地震がきたら家がつぶれてしまいそうですが、、、

考えてみると最近は安全で美味しくなってきたと言われているタダ同然の水道水を飲み水としてはあまり積極的に使わず、重くて置き場所に困るミネラルウォーターを買い続けたり、コンビニや自販機で手軽にミネラルウォーターを買うようになってしまったのは、なんだか不思議な気がします。私の子供の頃はミネラルウォーターって外国製の高級品しかなく、大人がウイスキーの水割りに使うぐらいしか用途がありませんでした。時々起きていた事前にわかっている断水の前には鍋、ヤカン、バケツに前もって水道水を溜めておいたものです。

今から25年とか20年とか前の話になりますが、降雪や降雨が少なく夏場に水不足が続いたり、工業用で予測を上回る水が必要となって、水道水の品質が落ちた時期があったように思います。家庭用浄水器などが大ヒットした時期でもあります。その時は水道水が臭ったり、カルキ臭が強かったりしたことがありましたが、水道局や浄水場の原因だけでなく、古くなった送水管や貯水槽、家庭の配管パイプなどにも原因があったのかも知れません。

子供の頃は水が飲みたくなると公園でも家でも水道の蛇口に直接口を付けて(考えると非衛生的)ゴクゴク飲んでましたし、水で薄めて飲むジュースの素も普通にありました。でも今では少なくとも都会の子供には、親が水道水の水をそのまま飲ませるようなことはあまりしていない気がします。

結局は、まんまとサントリーやキリンビバレッジ、ハウス食品などミネラルウォーター販売の会社に、「水道水は危険」「美味しくて身体にもいい」「世界では常識」などのアンチ水道水のイメージを潜在意識の中にすり込まれ、「ミネラルウォーターを買わずにはいられない症候群」にはめられたとしか思えません。外国で飲み水としてミネラルウォーターが使われる多くの理由は、日本ほどシームレス水道管が普及していなかったりして水道水が飲料として適していないからなのですが。

東京都水道局を始め全国各地の多くの水道局は水道水を詰めたペットボトル飲料を販売しています。つまりミネラルウォーターに負けない味だという自信の表れでもあるのでしょう。大阪府にある枚方市水道局の「きらり枚方 天の川のしずく」なんていうのはいかにも美味しそうなネーミングですが、中身は所詮水道水(殺菌や濾過の方法とか多少は違っているかもしれませんが)です。大阪の水は不味いというのが一般的な定評でしたが、果たしてその伝説は覆せているのでしょうか?
http://www.urban.ne.jp/home/ubesuido/disaster/petbottle_1.htm

デフレを一層加速させている感もある安売りネタですが「西友が500ml・48円のミネラルウォーター販売(2月1日)」という記事が出ていました。自動販売機やコンビニで売っているミネラルウォーター(500ml)は通常110円とか120円が普通ですから、その半額以下というのはインパクトがあります。味などそんなに気にしなければというか、慣れてしまえばどれも同じようなもので、お茶で言えば「伊藤園のお〜いお茶」と「サントリーの伊右衛門」の違いぐらいで、そうそう気になるものではありません。
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/100202/49508.html

少し話は変わりますが、「ガソリン代が高い」「暫定税率廃止せよ!」とよく聞きますが、そういうドライバーでもミネラルウォーターを自販機やコンビニで買っていると思います。いくら自分が飲むからと言ってもたかが水に1リッター換算240円(500mlペット120円として)を文句も言わず支払っています。一方ガソリンは同じく1リッターで現在120〜130円ぐらいです。ガソリンと水を比べると、水のほうが倍近く高価だというのもなんだか変な気がしませんか?えっ?1回に使う(飲む)量が違う?まぁその通りですが、、、

ガソリン価格比較サイト

ミネラルウォーターは、河や湖や地下から水をくみ上げて、必要なら殺菌、またゴミや不純物が混じらないようフィルターにかけたあと、ボトルに詰めればハイ一丁出来上がり。そしてその水は誰が、どこでも、どのようにしても販売が可能です。消費税はかかるけど、その他に道路特定財源や環境税など野暮なものが上乗せされることはありません。

ガソリンは、OPEC(だっけ?)に頭を下げ下げ(時にはPKOを出したり莫大な経済援助をおこない)、掘れば吹き出してくるような巨大油田がなくなった現在では、地下の深くや海底の小さな油田から苦労して原油を吸い上げ、専用タンカーで地球を半周して運び、工場で不純物を取り除き、精製を繰り返し、その中でも上質な油だけを取り出して、さらにエンジン洗浄剤や添加剤まで加えて、頑丈なタンクローリーで輸送し、安全設備の整った給油施設を作り、危険物取扱責任者を置いて、オマケに販売価格の40%以上にあたるリッター53.8円もの、ぼったくりのようなガソリン税をかけ、さらにその上に消費税を乗っけて(税金に税金をかける税金の二重取り)、認可を受けた場所でやっと販売できるのですが、それでもミネラルウォーター(500mlペットボトルの価格と比較して)の半分の価格というのは、、、どう考えても不思議です。

経済の原則からしてモノの値段が需要と供給のバランスで成り立っているのだとすると、「本当にガソリンって不足しているのか?」「もしかして飲料水のほうが不足しているのでは?」「燃費の悪い車がなぜいけない?」と、ガソリンの消費量を抑えるのも結構だけど、それよりもすでに飲む根拠が薄くなっきたミネラルウォーターから水道水に変えた方が、個人のお財布にとってはずっとエコで優しいような気がするのですが。えっ?論点がズレてる?確かにその通りです。

--------------------------------------------------------------------

中高年の転職とは? 2010/2/8(月)

335
40歳台の知人(妻子あり)が、会社の業績不振により昨年秋に失業してしまい、現在転職活動をおこなていると連絡がありました。そこで、どのような活動をしているのかと聞いてみたところ、

(1)大手転職サイトへの登録
(2)大手紹介会社へのWeb登録
(3)職安での求職


とのことでした。会社が怪しくなってきた頃からなのでもう1年ぐらい前から転職サイトや紹介会社等に登録し、再就職先を探し始めたらしいのですが、結果はまったくダメだったとのことでした。

確かに昨年から今年にかけての経済状況は悪くなる一方で、改善されていくという兆しもありません。有効求人倍率も統計開始後過去最悪ですし、しかも40歳代ともなると、そう簡単には正社員が決まるとも思えません。しかしその人は、定年まであと20年間、自分が辞めずに続けられる仕事で、退職に追い込まれるようなことがない(立派な)会社を探すんだと言っています。そのため転職活動に対して慎重になっていて、小さな紹介会社だと騙されるのではないか?とか、求人会社は本当に安心できるところなのか評判などを慎重に調べてからでないと動けないと言っていました。結局どんな業界のどんな仕事ならば20年間働き続けられるか?とずっと自問自答を繰り返していたそうです。

こういう時代の転職活動について、それはないでしょうと思い、これはちょっと放置はできないと思って、いくつかアドバイスを送りました。ただ、どういう方法をとるかの判断は、もちろんその人自身が決めることなので、必ずしもそのアドバイスが正しいとか、理にかなっているというものではないことは当然伝えました。転職活動ってよく結婚と比較されたりするように個人個人の価値観や将来展望などにかかってきますから。

そのアドバイスですが、過去に何度も書いてきたことがほとんどですが、

1) 今後20年間働き続けられる会社かどうかなんか、誰もわからないので考える必要なし
2) 一番決まりやすい転職は、信頼の置ける親戚や知人の紹介
3) 大手人材紹介会社は決まりやすい若年層の登録者が多いので、中高年だとスカウトしたくなるような年収1000万円クラスのエグゼクティブでないとなかなか相手にしてくれない
4) 大手転職サイトも同様に20〜30代が中心の転職情報が多く40歳代以上の出番はほとんどない
5) 転職サイトに登録した人を求人企業や紹介会社が面接したり採用すると利用料金がチャージされるので、とりあえず会ってみようと思わない(敷居が高くなっている)
6) 5)を考えると転職サイトに求人を掲載している企業に、直接応募するというのがひとつの手である(使用料がチャージされないので面接してもらいやすくなる)
7) 30代後半以降はなにか専門分野か、経験が生かせる即戦力でないと採用されない(なんでもやります、教えてもらえればすぐ覚えますは通用しない)
8) 中小、零細の紹介会社は専門分野を持っていることが多いので、自分の専門分野に合ったところを探すと紹介してもらいやすい
9) (厳しいようだが)失業者の身で会社や仕事が選べると思ったら大間違い
10) ちゃんとした転職(仕事や会社を自分で選ぶ)をしたいなら、まずどこでもいいので正社員の立場を手に入れる
11) 正社員の立場を手に入れてから、その会社に不満があれば、次の仕事をゆっくり探せばいい

です。

でも、40歳代以上だと、これだけでも今の時期は難しいと思います。

なので、打つ手はみんな打つ。

プライドをかなぐり捨てて、親戚や知人縁者、元上司・部下・同僚に声をかけてお願いしておく。10社以上の紹介会社、できれば大手ではなく中堅以下のところに登録し時々電話をかけて聞いてみる。常に並行して2〜3以上の求人応募(書類)が進んでいる状況にしておく(この時期だと書類審査に通る確率は20%以下だと思われます。つまり5社に書類を出して1件面接に勧めればラッキーです)。
求人企業の求人欄を見ると大概問い合わせ用のアドレスかフォームがあるので、これはと思う仕事(会社)にはダメモトで応募しておく。この求人用のアドレス(infoとかjobとか)は中小企業以下の場合、社長や役員クラスへ届くケースが多く、タイミングよく(ちょうど退職者が出そうとか)うまく伝われば意外と早く面接が進むケースがあります。

ちなみにもし、紹介会社の特徴や情報が知りたいならば、転職サイトのエン・ジャパンやイーキャリア、人材バンクネットなどの加盟エージェント(紹介会社)紹介のコーナーを見れば数十の紹介会社が掲載されているはずです。複数の転職サイトに加盟している紹介会社は最近は少ないようで、それぞれ企業の特徴を考慮してどこかに加盟しています。紹介会社も、そのような転職サイト経由でスカウトするのではなく、直接登録してもらったほうが、チャージ(利用料や成功報酬)がかかりませんので、たぶん喜ばれると思います(加盟料だけで成功報酬のないところもあります)。

今の様相だと、四月以降もまだまだ経済状況は厳しいと思われます。
決してあきらめることなく、まだ40代〜50代前半の人ならば、アルバイトやパートで落ち着いてしまわずに、正社員の道を探ってみてください。


--------------------------------------------------------------------



製造業の行く末は、、、 2010/2/10(水)

336
不況がますます深刻さを増す中で、う〜む、、、と考えさせられる記事がありました。

●ブックオフコーポレーション、採用を6割増の200人に 2010/02/07 日本経済新聞
ブックオフコーポレーション(中古書籍販売最大手) 2011年春入社までの1年間の採用を、今春入社までの1年に比べ6割強多い200人にする。中古複合型店「スーパーバザー」の出店拡大などに対応。社会人などの通年採用も強化する。

●CCC新卒採用、事業プランで選考、最大50人、賞金も準備 2010/02/07 日経MJ(流通新聞)
カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)は、2011年度の新卒採用試験をビジネスプランのコンテスト形式で行う。同社の事業を活用した企画を募集。最優秀者には賞金50万円を贈り、最大50人を採用する。コンテストで、強い入社意欲を持ち、企画力に優れた人材を厳選する。

●グーグル、日本で採用増 広告営業で5割、計200人規模 2010/02/05 日経速報ニュース
検索大手の米グーグルは、日本で採用を大幅に増やす。日本法人(東京・港)の有馬誠専務が「2010年は広告営業の担当者を5割ほど増やしたい」と表明した。通年の新規採用は広告部門を中心に合計200人規模に上る見通しだ。

●リクルート、採用倍増、11年春新卒100人、海外事業を強化 2010/01/19 日本経済新聞
リクルートは2011年春入社の新卒採用を、前年の2倍以上に当たる100人に増やす。中国での無料誌出版など海外事業を強化する。国内の大学で学ぶ留学生の採用にも本格的に取り組み、グローバルに活躍する人材の育成を急ぐ方針だ。

いずれも新卒や中途社員の募集を積極的におこなうぞ!という景気のいい記事です。

ブックオフ、TSUTAYAのカルチュア・コンビニエンス・クラブ、Google、リクルートと日本経済の牽引役は、経団連など業界団体で老醜を振りまいている旧態企業から、これらの企業へと完全に変わってきたことを象徴する記事だと思いました。この中でGoogleは外資系企業ですが、その他は日本の企業であり、さらに加えるとユニクロのファーストリテーリングや、餃子の王将、セブイレブンジャパン、日本マクドナルドなども元気です。

つまり、今後、日本の製造業に勤めてきた労働者の多くは、開発、生産、管理、事務から、サービス業や新規事業開発の企画・運営などへ嫌でもシフトしていかざるを得ないということです。しかもこの労働者シフトは昔の石炭産業から石油産業へ、または農業から工業へのシフトに数十年を要したことと比べると、まったく異次元のスピードで変わっていくような気がします。

激しい国際競争の中で、工場の海外移転や省力化、無人化が加速し徹底されていくと、今まで労働者の多くを受け入れていた国内の工場は、廃止か、残ったとしてもアウトソーサー(請負会社)が工場を丸ごと請け負って生産を続けるという姿が見えてきます(すでにそうなっている工場も多くなってきています)。

では今まで工場で働いていた数百万人の労働者はどうすればいいかといえば、アウトソーサーにおいてリーダー的な役目で、海外の労働者をマネージメントする立場になるか、上記に出てくるようなサービス業への転換、決してなくならない第一次産業(農業、漁業、林業)、そして国の援助頼りの福祉事業へと転換を余儀なくされることになります。どうしても製造現場で働きたいというのであれば、中国語やベトナム語、タイ語、マレー語を学び、それらの国へ行って働くことで、思いがかなうことになります。

製造業の研究機関も、市場近くの情報が集まりやすい場所、つまり欧米向け製品の場合は欧米に、中国やアジア向けの製品の研究所は中国やインドに設置することになります。もはや老人大国になってしまい、消費、購買力のない日本に多くの内需は期待ができないので当然の結果です。

したがって、製造業の上流と下流いずれも日本においては、その将来性は極めて低いと言わざるを得ません。そしてその分岐点に私達がいま立っているのだろうと思います。今までは日本の代表的な製造業であったトヨタが些細なことで世界中で叩かれ、日本品質に対して疑問を持たれてしまう結果となりました。ここがチャンスとばかりに、今まで日本製品に圧倒されていた分野においても、日本叩きが起きる可能性があるということを示しているような気がします。


--------------------------------------------------------------------

貧困ビジネス流行は役所の怠慢なのか? 2010/2/12(金)

337
生活保護受給者やホームレスに様々なテクニックを使い、給付金や支援金を根こそぎ奪ってしまう、いわゆる「貧困ビジネス」について書籍やマスコミがあれこれ指摘をしています。

もちろんそれら自体は善意でおこなわれているもの多いでしょうし、法や常識に照らし合わせてまったく問題ないものも数多くあります。ただ、中には善人のフリをして近づき、弱者の弱みや無知につけ込んで収奪に近いものがあるそうで、そのようなビジネスに対して擁護するつもりはまったくありません。

貧困ビジネスと呼ばれるものには、様々な種類がありますが、一応法律に準拠しておこなわれているものでは、労働者派遣、ホームレスへの住宅提供、金融などがあります。ここでは「ホームレスの人に生活保護費を受給させて、その給付金のほとんどを奪ってしまうビジネス」について書いてみます。

仕組みはこうです。
まず仕事が見つからず無収入であったり、できてもわずかだったりすると生活保護の申請をおこなうことができます。でも生活保護を受けるには住居を決める必要があります。つまりホームレスやネットカフェを転々としていると生活保護が受けたくても受けられません。そこである業者は役所に届けるだけでおこなえるホームレス支援のための無料宿泊所をオープンします。この宿泊所は、役所の審査があるわけではないので、昔で言うタコ部屋のような部屋でも可能です。そしてホームレスの人達に支援という大義名分の元、優しく声をかけ、住居(無料宿泊所)や食事などを提供し、さらに受給資格のあるひとには生活保護が受けられるよう指導します。一見すると「なんと素晴らしい社会的な意義のあるビジネスなのでしょう!」と思ってしまいます。

しかし業者は生活保護を受ける人達の銀行口座(預金通帳、印鑑、カード)を先に押さえておき、現金で支払われる場合は、一緒に役所までついていき、受給者に支払われる給付金約13万円/月のほとんどを先に奪ってしまいます。業者側は、正当と主張する高額な食費代や布団代などの経費をその給付金から支払ってもらったにすぎないということで、差し引いた残り1割程度が受給者に渡るということです。そして不満でも言おうものなら、お約束の恐い人が出てきて震え上がらせてくれます。

そういうビジネスが普通に成り立ってしまうのが、自治体や市区町村がおこなう公共福祉事業が緩くて大甘なところなのでしょう。なぜ、民間でそういうビジネスが成り立つのか?なぜ、ホームレスの人が簡単にそのような罠にはまってしまうのか?なぜ、生活保護が必要な人にそれが回らないのか?

それを自分達には関係ないことと思って、非効率で暇をもてあましている呆けた役人達が、少しでも頭を使って学び、考えることができれば、税金の無駄遣いを減らし、しかも真のホームレス支援に役立つのではないかと思うのです。本来ホームレスの人達に優しい言葉をかけ、必要なら宿泊所を紹介し、資格があるなら生活保護の申請を丁寧に教えてあげるのは民間ではなく、お役所の人達の仕事でしょう。ところが、報道によるとなんでも大阪近郊の市町では「生活保護は大阪市で申請すると通りやすいから」と言って大阪市までの交通費を渡して追いやっていることが日常化しているそうです。自分の役所で生活保護の申請があると予算を圧迫したり、本省から「審査が甘い」とお叱りを受けることになるそうです(噂です)。

少し前の日記にも書きましたが、就業支援の前には、まず住宅支援が必要ですが、無職でホームレスの人は、助けがないと民間の賃貸アパートはまず借りられません。高い敷金や礼金、家賃はもちろんですが、無職だったり、保証人がいないとそれだけで賃貸契約はしてもらえません。そりゃそうです、民間のアパート経営だって、滞納などのリスクは避けたいのです。

年越し派遣村など一時的な収容のための施設はあるようですが、地方自治体や公共団体が提供する低所得者向けに長期間住むことができる住宅は明らかに不足しています。長期間というのは少なくとも3年、できれば希望すれば永続的にという意味です。政治家や役人、天下り団体の偉いさん向けには、一等地に建つ瀟洒で高級な豪華マンションが格安で豊富に提供されているのにです。

国有財産の処分も結構ですが、最近は物納される不動産も多いと聞きます。そのような国有財産や自治体の財産で、現在ホームレスで正規就業を望む人達向けの単身者用アパートを作り、また民間の古くなってあまり活用されていない寮やアパートを役所が借り上げ、格安(または支払い期間猶予)に、保証人不要で入居できる部屋をもっと提供するべきです。不況で困っている企業の寮を借りてあげれば喜んでもらえます。

もちろん決まった住居に長く住めない、自由をこよなく愛する人達は、そもそも正規に就業する意志がない人達ですから、その人達にそのような施設を提供する必要はありません。またアパートでは禁酒、禁煙や許可なく他人を泊めることを禁止したり、共同生活をする上で、各種の厳しいルールを守ってもらう必要は当然あります。嫌なら早く正規就業し、貯金をし、好きなところに住めばいいだけのことです。そうでもしないと、高い税金を支払っている多くの国民が許せるわけがありません。

貧困ビジネスで悪徳業者の罠に陥ってしまうのは、国や自治体がそういう需要があるのに手を貸さず、暖かい言葉もかけてあげられず、しかし自分のお金ではない税金をバラ撒いている現状があって、起きていることなのです。

--------------------------------------------------------------------

自殺者数が年間3万名を超えている意味 2010/2/14(日)

338
昨年(2009年)の自殺による死亡者数は3万2753人にのぼり、これで11年連続して3万人を超えたことになるそうです。11年前と言うと1998年からで、金融業(前年に破綻した山一證券の全店閉鎖や日本債権信用銀行の一時国有化)や建設業(日本国土開発破綻)を中心に日本経済全体の悪化が深刻になってきた年でもあり、自殺者と経済環境とは無縁ではなさそうです。ただ自殺の理由が判明している中では理由の一番は健康上の理由、二番が経済的理由となっています。

日本人全体の死因順位の第1位は悪性新生物(主にガンのことでしょう)、第2位は心疾患(主に狭心症 心筋梗塞による心臓停止なので、都合の悪いときはみんなこれになります)、第3位は脳血管疾患(一般的に脳卒中)となっていますが、既に20歳代と30歳代の死亡原因の第1位は自殺となっています。実数からすると高齢者の自殺が多いのですが、高齢者の場合、やはり病死するケースが多いのでまだ目立たないということなのでしょう。

おおよそのことは、過去に自殺について書いていますので、そちらを読んでいただくとして、今回はその自殺者数についてわかりやすく見てみます。

246自殺考(2009年7月)

少し前に読んだ最近直木賞をとった白石一文著の小説「見えないドアと鶴の空」にチラリと書かれていて、なるほどと思ったのですが、この自殺者が毎年3万名超という数字ですが、毎日毎日90名もの人が自殺をしていることになります。過去形ではなく一昨日も昨日も今日もそして明日も90人もの人が自殺して亡くなっているといことです。死亡はしなかったけど自殺をしようと行動を起こした人の数はその何倍かになるのでしょう。さらに言えば、事故なのか事件なのかそれとも自殺なのか不明の場合もあるでしょうし、一般的には残された遺族のことを考えて、遺書がなければ自殺ではなく事故として処理されているケースも多いのではないでしょうか。

それでも考えてみれば1日で90名も死亡する事故や災害というのは、そう滅多に起きるものではありません。もし起きてしまえば、何日も大きく報道され、それについて徹底的に調査や原因究明がなされ、場合によっては過失があった人や企業や団体などが断罪されます。しかし自殺はそのようなことはおこなわれません。

 (参考)主な災害、事故の死者数
 阪神淡路地震(1995年)        死者数 6,434名
 日本航空123便墜落事故(1985年)    死者数  520名
 北海道南西沖地震 (1993年)      死者数  198名(行方不明者含む)
 JR福知山線脱線事故(2005年)     死者数  107名
 北炭夕張新炭鉱坑内火災(1981年)   死者数  93名
 三井三池炭鉱坑内火災(1984年)    死者数  83名
 新潟中越地震(2004年)        死者数   68名
 台風第19号Mireille(1991年)     死者数  62名
 台風第13号Yancy(1993年)       死者数  48名(行方不明者含む)
 台風第18号Songda(2004年)      死者数  45名(行方不明者含む)
 歌舞伎町ビル火災(2001年)      死者数  44名
 雲仙岳火砕流(1991年)        死者数  44名
 ホテルニュージャパン火災(1982年)  死者数  33名
 台風第18号Bart(1999年)       死者数  31名
 日本航空350便墜落事故(1982年)    死者数  24名
 地下鉄サリン事件(1995年)      死者数   12名

             (死者数はWikipediaより)

災害や事故と比べても毎日90名の死亡者というのは、社会にとって大きなインパクトですが、自殺者の場合は、有名人でもない限り、報道がされなかったり、一般的には遺族側もできるだけ隠蔽しますので、その実体の把握や究明ができません。もし自分がその当事者であったら、理由はどうあれ同じように隠そうとするでしょう。

上記の災害、事故の死者数からすると、日本のどこかで毎日、JR福知山線脱線事故(死者107名)や北炭夕張新炭鉱坑火災事故(同93名)が起きていたり、地下鉄サリン事件(同12名)が毎日、国内の7〜8カ所で起きていることになります。でも事故や事件とは違い、ほとんどその実体は闇の中です。

その隠蔽体質により自殺者のことが表面に出にくいというだけではなく、社会の一般的な常識として「自殺者は負け組」「自殺するのは個人の勝手」「自殺するような人は生きていても意味がない」「残された遺族が気の毒なのでそっとしておく」というような一種、見下したような偏見だったり、防止するのが困難なので、あきらめだったりというのがあるのではないでしょうか。

「いやそんなことはない」という意見もあるのは承知していますが、その原因解明がキチンとなされていないことや、原因が必ずしもハッキリしていなかったり、犯人捜しをすることをあまり良しとしないこと、遺書もなく不明だったりすることなどで、どうしても関係者以外は興味本位でしか眺められないところがあるような気がするからです。

交通事故死者数が1970年頃には1万5千人を超えていましたが、国も企業も共同してその改善に取り組んできた結果、昨年(2009年)は4914人まで下がり、まだ自動車が一般に普及する前の1950年代前半の水準にまで下がりました。その交通事故死のピーク時の倍以上の死者数を毎年出している自殺者についても、徹底した原因究明とその対策を官民共同して早くおこなわないと、この大不況と相まってさらに増加していきそうな気がします。

ただ、問題は単純に「シートベルトを締めないと減点する」とか「事故の多い道路の改修」とかではなく、個々に様々な理由や原因があり、そして精神的な要因なども絡んできますので、交通事故対策のように簡単ではありません。

しかし、遺族感情には配慮しながらも、もっと自殺の原因追及と心理分析が進めば解決方法もみつかるはずです。しかも「対策費の予算がつかなければなにもできない」ではなく、定年後で時間をもてあましている老人パワー(なにか世の中に役立つことをしたくてたまらない人が結構います)や、普及しはじめてきたボランティアの活用、少子化で余ってきた学校の設備(カウンセリングするのに病院の個室でなければならない理由はありません)、寺や神社、教会など宗教団体の利用(ちょっと恐い気もしますが、欧米ではアルコール依存症や薬物依存症など様々な問題を抱える人の更正支援を教会がおこなっています)、神経系・心療内科系の医療機関の充実など、企業、国、自治体頼りだけでなく(但し国や自治体の後方支援が必要)解決策を考える時に来ています。

「健康を害して働けずに経済的行き詰まり一家心中」、「生きていてもなにもいいことがない」など、「ちょっと相談をしてくれたら解決できたかも」ということが結構あるのではないでしょうか。丁寧に話しを聞き、問題を抱える人と一緒に考えていくことができれば、解決できるに違いありません。あまりにも数が多すぎて、すべての原因に対応ができる、しようなんてことは考える必要はありません。

--------------------------------------------------------------------



2月前半の読書とDVD 2010/2/15(火)

読書
聖灰の暗号〈下〉  帚木 蓬生
帚木蓬生(ははきぎ ほうせい)氏は、医師免許をもっているということもあり、「受精 」「臓器農場 」などの医学関連の小説も多いのですが、それだけでは終わらず、「三たびの海峡 」「千日紅の恋人 」など純粋な人間ドラマにも定評がある作家です。
この「聖灰の暗号」は、13世紀のフランス南部の地方都市で展開される、カタリ派(Cathares)と呼ばれたキリスト教徒弾圧の歴史サスペンスですが、無宗教な日本人でも十分に楽しめる内容になっています。同じようなテーマには「ダ・ヴィンチ・コード 」や「天使と悪魔 」(いずれもダン・ブラウン著)、「イエスの遺伝子 」(マイクル コーディ著)、「キリストの遺骸 」(リチャード・ベン サピア著)など海外で書かれた小説が主流ですが、こちらはちょっと控えめな日本人学者がローマ教会の封印した過去の歴史をひもとくサスペンスとなっています。
東京大学文学部仏文科を出た後、TBSに勤め、その後退職して医学部へ進み、精神科医となったとんでもない経歴の帚木氏らしく、この小説にはフランス語はもちろん、すでに廃れてしまった南仏のオック語まで喋れるスーパー日本人歴史学者が登場します。但し、同じく歴史学者インディ・ジョーンズのような、派手なアクションはありません。しかし少しずつ真実に近づいていくところは、きっと映画にしてもドキドキワクワクで楽しめることになるでしょう。まだ映画化の話しはないようですが。


グーグル革命の衝撃  NHKスペシャル取材班
今頃になってGoogleの凄さを知っても遅すぎ!って思いながらも読んでみました。確かに前半部分はGoogleとは何者ぞ?というような初級編が続きますので、そんなの知ってるよ〜ん!ということも数多く出てきます。しかし中盤あたりからは、NHKスペシャルの取材でのこぼれ話や、取材の意図、真意など番組の中では語られない興味ある話しが方々に登場します。
NHKは言わば代表的な旧メディアで、本来Googleのような新形態メディア(と言っていいのかどうか)とは相反する立場にあります。例えば「テレビの視聴率が落ちたのはネットのせい」と言われたり、Googleの子会社である動画投稿サイトのYOUTUBEには「NHKの番組を含むテレビ局が著作権を持つ番組が違法に投稿(掲載)されている」ことなどもあり、テレビ局としては憎きGoogle批判を展開したいというのが本音ではないでしょうか。しかしさすがにスポンサー獲得に必死にならなくてもよい、法律で守られた公共放送ということで、ある程度は公平・公正な判断で書かれているようです。
それにしてもGoogle(とそこの社員)が考え、描こうとしている未来(もうすぐ近くまで来ていますが)は、この本を書いたNHK取材班のバイアスのかかった内容だけで判断してはいけませんが、あまりにもおぞましく、背筋が凍るような気がするのは私だけでしょうか。NHKとしてはそれが狙いだったのかも知れません。


やさしい小さな手  ローレンス・ブロック
「やさしい小さな手」というひとつの短編小説の題名からとったタイトルの短編集です。そのタイトルから「ほんわかと暖かな家族のドラマ」を連想してから読み始めると、まったくひどい目に遭うでしょう。満員電車の中では周囲の目が気になり、読むのも躊躇われるほどの卑猥な言葉、下ネタ、用語が次々と出てきますし、「やさしい小さな手」もちょっと普通では考えられないことのために使われるものです。
私の場合は、題名ではなく作者ローレンス・ブロックで躊躇わずに購入したので、短編集だということ以外、内容はまったく関知していないまま読み進めました。
前半に出てくるいくつかの短編は、ちょっとどうかなと思える、あまり面白くないストーリーと、よくわからない結末で、これは翻訳者の力量のせいかなぁという感想です。しかし後半に続く短編はさすが!というストーリーが展開され、ローレンス・ブロックの代表作でもある「マット・スカダー」シリーズの主人公が登場してくる頃には、あと本の残りページが少なく「あれま残念」と思うに至っていました。この本の評価がもし分かれるとしたら、我慢して前半部分を読めるかどうかにかかっているでしょう。またマット・スカダーの本をいくつか読んでいないと、最後のほうで登場するエレーンやミッキーなどシリーズには欠かせない役者達のことがわからないと思います。
そのマット・スカダーシリーズですが、2001年に発行された「死への祈り」が2006年に文庫版となりましたが、2005年に単行本で出た「すべては死にゆく 」の文庫版はまだ出てこないので、ここのところしばらくご無沙汰をしています。単行本で出てから文庫になるまで5年というのはちょっと長過ぎって気もしますが、これも出版社側の戦略なのでしょう。
そういえばジャンルは違いますが、高村薫著の「レディ・ジョーカー」も1997年単行本が出てからずっと文庫版を期待していましたが、2004年には映画化もされていながら、2010年2月現在まだ文庫本にはなっていません。文庫じゃないと満員電車の中では読めないんですけどねぇ、、、


見えないドアと鶴の空  白石一文
今年(2010年)「ほかならぬ人へ」で直木賞を受賞した白石一文氏は、同じく直木賞作家白石一郎の子ですが、双子の弟白石文郎氏も小説家で、絵に描いたような作家一家です。スポーツ選手や政治家は2世、3世が当たり前のようになっていますが、小説家は珍しいのではないでしょうか?
この「見えないドアと鶴の空」は2004年に出ましたが、自身の週刊誌記者としての経験も交えて、純文学風?に作られています。この人の小説のタイトルには長いものが多いのが特徴で「僕のなかの壊れていない部分」「もしも、私があなただったら」とか、まだ文庫になっていないので読んでいませんが「この胸に深々と突き刺さる矢を抜け」などがあり、「見えないドアと鶴の空」も意味不明な長いタイトルのうちに入るでしょう。
内容は夫婦の葛藤を描くのは常ですが、それに加えて超能力をもった人がバンバン出てきます。イエスキリストも同じような力を持っていて、病人を治していったというような伝説を思い出しましたが、現代にあてはめるとどうしても陳腐なものになってしまいます。まぁ小説なんてものは想像の賜物ですからそれでいいのでしょう。


柳生非情剣  隆 慶一郎
柳生というと1978年に映画やテレビドラマが作られた「柳生一族の陰謀 」が有名で、2008年にもリメークされてテレビで放映されたようですが、私は残念ながらいずれも見ていません。一般的にこの「柳生一族」という言い方が、これらの映画やドラマにより、知られるようになったと思います。
その柳生一族ですが、多くの場合は柳生新陰流という剣術流派を創り出した柳生宗厳(石舟斎)から、その孫代ぐらいまでを指すのだろうと思います。有名な柳生十兵衛は柳生三厳の別名で、宗厳の子の柳生宗矩(むねのり)の次男、つまり宗厳の孫にあたります。時代としては宗厳(石舟斎)が剣術家として織田、豊臣、徳川それぞれに親交があり(豊臣秀吉には領地没収されていますが)、宗矩以降は徳川家代々の剣術師範となっています。
その柳生一族のひとりひとりにスポットをあて短い短編集に仕上げているのがこの「柳生非情剣」です。そうした戦国時代に主に影として生き延びてきた柳生一族の3世代を知っておくと、時代小説に時々登場してくる柳生一族が身近に感じられるようになります。
ちなみに柳生の里は奈良県奈良市柳生町にあり、このあたりは現在の奈良、京都、滋賀、三重の各府県の境目で、忍者で有名な伊賀や甲賀のすぐ近くになります。したがって、戦国時代には表舞台に立つよりは、主に諜報や暗殺の裏の世界でもっぱら活躍していました。だから「柳生一族=陰謀」というイメージが定着したのでしょう。


DVD
ナイト ミュージアム2
前作のナイト ミュージアム と比べるとやっぱりインパクトは弱くなってしまいますが仕方がありません。思わないほど前作が当たってしまったので、急遽、柳の下のドジョウを狙ったように思いますが、ストーリーも内容もイマイチだなぁと思ってしまいました。ただヒロインのアメリア・イアハート(エアハート)を演じたエイミー・アダムスがとってもチャーミングです。この人を見るだけでも価値があるかな。アメリア・イアハートは1932年女性で初めて大西洋単独横断を成功させたパイロットで、1937年に赤道上世界一周飛行の途中、南太平洋で行方不明になったアメリカ人なら誰でも知っている伝説の女性です。


アマルフィ 女神の報酬
ほぼ全編がイタリアでロケが行われたという日本映画です。元になる原作はなく題名とメインの出演者が先に決められてからオリジナルの脚本+原作が作られたという珍しいモデルです。しかも観光地のロケと言うことで「天使と悪魔 」がローマとバチカンの観光ガイドっぽかったのと同様に、古いイタリアの街アマルフィの名所旧跡を回って紹介するようなところが見受けられます。なので、すっかりフジテレビの顔となっている織田裕二を盛り立てながら、イタリア観光案内も一緒に見られる映画と割り切れることができます。
ただひとつだけ、ヒロインの天海祐希は、、、元看護師で、障害を持つ子供の母親役としてはまったくイメージが合っていません。もうちょっと配役を考えて欲しいものです。


スラムドッグ$ミリオネア
インド映画かと思っていたら、イギリス映画だったのですね。原作はインド人のようです。
この映画は2008年〜2009年にかけて世界の主な映画の賞を総なめにしたことでも有名です。ということで、あらためて語る必要のないほど有名な映画?なので、特にあらすじも感想もなしです。
エンディングではインド映画の恒例にしたがって、みんなで一斉に踊るダンスがあります。でも、どうしてインド映画には必ずダンスが付きものなのでしょう?水戸黄門の印籠と同じようなもの?


     
     
--------------------------------------------------------------------

新聞、雑誌、書籍など紙媒体はなくなるか? 2010/2/19(金)

341
相次ぐ雑誌の休刊、廃刊がやみません。私的に関係がありそう(過去に購入したことがあったり、会社が定期購読していたり、よく立ち読みしたりするもの)なもので昨年以来休刊・廃刊となったものは、XaCAR(ザッカー)(2009/3/20)、諸君!(2009/5/1)、UNIX MAGAZINE (ユニックスマガジン)(2009/6/18)、Racing on(レーシングオン)(2009/8/1)、日経ソリューションビジネス(2009/12/31)、日経マイクロデバイス(2010/1/1)、月刊ビジネスアスキー(2010/1/24)、PC Japan(ピーシージャパン)(2010/2/13)、NAVI(ナビ)(2010/2/26)などがあり、その他に子供の頃お世話になっていた小学五年生、小学六年生、○年の学習、○年の科学が、今年度(3月末)で終了します。

これらの雑誌がなくなることに一抹の寂しさを感じ得ませんが、考えてみると、最近これらの雑誌を自分のお金で購入したか?と聞かれると、まったくないというのが実状です。いまだ健闘している少年漫画週刊誌やサラリーマン向け週刊誌も一頃に比べると半減以下の状態で、今後ますます少子化が進み、比較的雑誌や週刊誌好きだった団塊世代の現役引退で、もうかなりやばい状況は見えているようです。

休刊や廃刊の理由の多くはネットの普及とも言われていますが、まだそれほどネットを利用していない小学生向けの雑誌や、ネットに置き換えが難しい自動車雑誌などは、別の理由からなのでしょう。明らかに小学生はテレビゲームや携帯ゲームとそれに関連したテレビや書籍に興味を示しますし、若い人から車離れが進み、自動車の所有や運転を趣味に位置づけている大人も年々減っています。もっとも車好きな私でも、プリウスやインサイトのような一昔で言えばカローラやサニーのようなファミリーカーが、表紙やグラビアに出てくるようなクルマ雑誌を買う気はまったく起きません。

新聞や雑誌など紙媒体は生き残れるのか?とよく議論がされていますが、若い人ならともかく、中高年以上は携帯電話やモバイルPC等で長い文章を読みたいとは思いませんし、おそらくこれは今若い人が中高年になったら、同じ事が言えると思います。つまり視力が弱まり、ピント調節機能が衰え、おまけに老眼がはいりすると、目が疲れて長く集中して画面を見てはいられません。今後技術的にもっと改善はされていくのでしょうが、やはり紙に描かれた文章や図面が落ち着いてじっくりと読めて中高年には向いているのではないでしょうか。

つまり、超高齢化社会に突入していくこれからは、それでもディスプレーで全然大丈夫とする人と、やはり紙がいいという人との2分化が進む気がしますので、紙媒体は多くを電子情報に置き換えられてしまいますが、決して無くならないと言えます。ただ、今まではネットでは読めない貴重で比較的信頼の置ける情報を有料の紙媒体にして差別化を図ってきたのが、今後は別々に作っていては効率が悪いので「ネットでも見られるし、同じものが紙でも読める」となっていくのでしょう。ネットのコンテンツは無料が当たり前という中で、ネットユーザーからどうやってお金を取るのかはまた別の問題です。

書籍と言えるかどうか微妙なところですが、最近テレビのコマーシャルによく出てくるのが「名作小説の朗読CD」と「○○を作る!」の連載雑誌です。これらは、定年を過ぎて悠々自適の生活で暇をあましている団塊世代に向けた出版社からのひとつの回答なのでしょう。

朗読CDは目が悪くなって、細かな字の書籍を読むのがつらいという中高年者に最適な暇つぶしになりますし、しかも朗読するのは自分達の青春時代を供にしてきた著名な女優や俳優達で、早口でピーキーと聞き取りにくく甲高い声だらけの若い声優やアナウンサーの声ではありません。歳を取ると特に男性は高音域が聞き取りにくくなる傾向があり、高い声のアナウンサーだとなにをしゃべっているのか、まったくわからなくなります。

お城や飛行機、船、スポーツカーなどの精密モデルを毎月少しずつ1年とか2年かけて、じっくり作り上げていくのは「ボケ防止のため」に向いたものです。団塊世代と言えば、子供の頃、ほとんどの男の子は戦闘機や戦艦などのプラモデルを作ったり、青年期には海外のスポーツカーやバイクを眺めてあこがれた経験を持っています。また男性も遅くとも定年後には家事や料理に挑戦すべきというのはまったく同感ですが、女性と比べて仕事から引退すると、今まで仕事人間でやってきた人は特にもうなにもやることがない、やる気が起きない状態になってしまいますので、そのような人向けに需要が見込まれるのでしょう。

あとこれからの書籍に望むこととしては、すでに一部の書籍ではおこなわれていますが、文字の拡大化と紙質や文字の改善です。例えば岩波文庫は、80年前に特権階級だけでなく一般民衆にも芸術を拡げるためとして文庫をスタートさせましたが、当時貧乏な民衆や苦学生でも買えるように、裏が透けて見えてしまうような安くて薄い紙の上に、今の私には蟻が這っているとしか思えない小さな文字で印刷がされている文庫のスタイルは、80年前には立派な趣旨だったということは理解できますが、さすがにもう方針を変えてもいいのではと思うのです。

若い時には岩波文庫の活字が古くさく、新刊本でもなぜかかび臭く感じました。岩波書店と別の出版社から同じ小説が出ていれば、少々高くても躊躇うことなく岩波文庫以外のものを選んでいました。そして中年になった今、今度はその多少は改善された(ハズの)文字が見えなくなってしまい、結局、社会人になって以降に読んだ約1500冊の文庫蔵書の中に岩波文庫はやむなく買った10冊ぐらいしかありません。

ところで、「森の生活 ウォールデン」 H.D. ソロー著を前から読みたいと思っているのだけど、岩波文庫からしか出ていなくて困っています。先日も紀伊国屋書店で手にとって買おうかどうか迷いましたが、とてもあの小さな文字を、薄暗く揺れる満員電車の中で読む自信がなかったので断念しました。他の出版社から出る可能性も低そうだし、そうなると電子ブックがでるまで我慢かなぁ、、、

--------------------------------------------------------------------

続きを読むにはユーザー登録をしてください! 2010/2/21(日)

342
ネットでニュースを読んだり、調べ物をしていると「続きを読むならユーザー登録を」という個人情報収集目的のコンテンツが増えてきています。これはこれで「タダで貴重な情報を読ませてもらうのだから仕方がない」と思うか「せこい!どう扱われるかわかったものじゃない個人情報(主にメールアドレス)を登録するのは嫌だ」となるか、人それぞれだと思いますが、私は古い人間なので基本的に後者です。

えぇ自分はワガママだと思っています。タダで良質な情報を手に入れるなんて甘いことも理解していますが、今のところはひとつの高品質な有料の情報より、数多くは平凡だが、時々キラッと光る良質なものが発見できることのある無料の情報を私は求めます。

頻繁に読みに行く興味あるサイトには、更新された情報を知るために、ユーザー登録をすることはありますが、調べ物中に検索で出くわしたサイトにいちいち登録なんかしていたら、ものすごい数の登録が必要になります。ユーザー登録も数年前ならメールアドレスだけを登録すればよかったのですが、最近は氏名、住所、年齢、職業、学歴、年収、趣味などの詳細を必須にしたりと敷居が高くなってきています。

この流れはどういう意味かというと、2005年ぐらいまではメールアドレスだけを多く集める(登録)ことが一般的で、サイトの大きさや人気度はもちろん、サイトの読者ロイヤリティの高さを計るには、ページビュー数とメールアドレスをどれだけ持っているかが重要な判断材料でした。その大量のメールアドレスに一斉に新着案内や広告を配信することでネットのビジネスも成り立っていました。

ところが2005年に個人情報保護法が施行され、メールアドレスも個人情報に該当する場合があり、どうせ個人情報を管理するなるならば、メールアドレスだけでなく、よりビジネスにつながりやすい詳細な個人情報を集めようという動きに変わってきました。いわゆるターゲット広告です。つまりメールアドレスの数ではなく、その質や詳細情報がよりお金に結びつくことがわかってきたからです。100件のどこの誰かわからないフリーメールアドレスよりも、10件の詳細な個人属性とそれに紐づく企業や有料プロバイダーのメールアドレスのほうが、ずっと価値が高いということです。

詳細な個人情報であればあるほど、高く売ることが可能ですが、もちろんA社が収集した個人情報をユーザーの承認なしにB社にそのまま売り渡すことはできません。しかしA社がB社の依頼を受けて、B社の広告を送ることは問題ありません(A社からの案内を受け取ってもいいという設定になっている場合)。その場合、B社にとっては誰構わず闇雲に送るよりは、目的のターゲットになっている層(年齢や性別、職業、居住地など)に絞って送れるほうが価値があります。なので、各サイトではユーザーのより詳細な情報を欲しがるわけです。

具体的な例で言えば、A社に登録ユーザーが1万名いるとします。B社は人の採用を考えていますが、ターゲットは20代の男性経理経験者です。そこでA社に依頼をして「20代の男性で経理経験者」で検索をしてもらい、100名いることがわかりました。その100名に対して、A社が「(B社主催の)セミナーに来ませんか?」という案内メールを送り、それに応募してきた人に対してB社が求人のアプローチをかけるわけです。そうすることで、B社はターゲット外の余計な応募者の対応をしなくて済みますし、セミナーの応募時にもっと詳しい職務経歴等を記入してもらうことで、声をかけるか否かの一次審査までできてしまいます。

通常なら求人募集をおこなう際に「性別」や「年齢制限」を入れることは違法です。しかしこのやり方なら性別、年齢制限がおこなえてしまうのです。つまり表向きは求人募集ではなく「セミナーの参加誘致」だからです。現在のような買い手市場では、下手に募集広告を出すと、玉石混淆とんでもなく多くの応募者が集まってしまいます。その1件1件の書類を見て、返事を出さなければなりませんが、こういう仕組みを使うと極めて効率がよくなります。

最近ではその個人情報の選別と提供がより進化しています。多くの貴重な情報を持っているA社はユーザーが登録する際に「特定資料をダウンロードした場合は、その特定資料提供元に個人情報を提供します」と同意を取っておき(普通の人はあまり詳しく読まないがそういうことで、拒否すると登録ができない)、B社の資料(製品情報や評価レポートなど)をネットでダウンロードしたとたん、ユーザーの個人情報データは自動的にB社に提供されるという仕組みです。

まぁユーザーにしてみればB社の製品やサービスに興味があってダウンロードするわけですから、その後B社からいきなりメールや電話があってもそう困らないでしょう?ということです。余計なお世話と感じる場合もあるでしょうし、その後頻繁にB社からメールや電話がかかってくることも覚悟しておく必要はありますけど。

Amazonのサイトで買い物をすると、「この商品を買った人はこれらの商品も買っています」と関連製品や類似商品も合わせて購入することをやたらと勧められます。これは個人情報を利用しているのではなく(クッキー(Cookie)などのブラウザ情報も個人情報だと指摘する人もいますが)、Amazonのサイト内での購入者や閲覧者の動きを収集・分析して表示しているだけですのでちょっと違います。

先日読んだ「グーグル革命の衝撃 」の中にもありましたが、様々なサイトに個人情報を登録したり、記録されることで「Cさんはいつ何を購入して、その後何を検索し、どの商品を見たか」などの情報が蓄積されていきます。それが様々な企業や、場合によっては国や警察にまで情報共有され、個人情報が勝手に一人歩きしてしまう危険性を感じます。

確かに東京に住んでいる人が鹿児島にある美容院の広告を見ても意味がないので、東京に住んでいる人には東京の情報が、横浜で新築住宅を買おうと思っている人には横浜近郊の新築物件の案内が表示されるほうが、ユーザーと広告主双方にとっていいことだと思いますが、そのような個人属性や趣味嗜好に沿った広告やメールをもらうと、なんだかネットの中で自分が丸裸にされているような不気味さを感じるものです。

これは私みたいな中高年だけの考え方なのか、比較的合理的で誰が見るかわからないネットに、個人が特定できそうな詳しいプロフィールをさらしても平気な若い人だとまた違うのかはわかりません。

--------------------------------------------------------------------



ダンドリ上手 2010/2/23(火)

343
「ダンドリくん」という漫画を今でも時々思い出します。1990年頃、その頃ランチでよく通っていた飲食店に置いてあった「漫画アクション」に連載されていました。作者は泉昌之氏(泉晴紀氏と久住昌之氏の共作のペンネーム)で、タイトル通り、衣食住含め身の回りのことを段取りよくおこなう、うんちくが毎回収録されたコミックです。

一番記憶に残っているのが、東京から大阪方面へ新幹線に乗って旅行(出張)する時の段取りですが、覚えている部分だけで言えば、新幹線に乗り込んでから、重い荷物を持ちながら、慌ててチケットをポケットからごそごそと取り出し、座席番号を何度も何度も確認し、狭い通路を行ったり来たりしている人が実際に多くいるのですが、ダンドリ君は、乗る前にチケットの車両番号だけでなく座席番号までしっかりと記憶しておくことで、席から一番近い最適な乗降口から乗車、さっと自分の席に座ることができます。さらに出発後、しばらくは都会の景色を眺めた後、おもむろに買っておいた駅弁を取り出し、ゆっくり味わって食べ、ちょうど終わる頃に進行方向右側を見ると、パッと富士山が間近に広がって気分爽快という、素晴らしい?ダンドリぶりです。

く、くだらない、、、と思うでしょうけど、結構はまるんです。

あらためて他のダンドリを思い出そうとすると、歳のせいか、それとももう20年も前のことなので、なかなか甦ってこないのですが、様々な場面で「あっそういえばダンドリくんはこう言う時にこうしてうまく処理していたな」とか思い出したりします。

直木賞をとった佐々木譲著の「警官の血」を先日読みました。この小説は少し前にテレビでドラマ化もされていましたが、その時は気がついたのですが、何回かに分けた連続ものだったので見ていません。その小説の中で、主人公(のひとり)がスポーツ新聞を読んでいた同僚(警官)との会話で「自分が生きてきた時代のことは、いったい何で記憶することになるのだろう?」「当時の総理大臣?警視総監?手掛けた大事件?それとも贔屓にしていたプロ野球選手の引退?」というような会話がありました。

さて私にとって、社会人になってからは、その節々で何がそれにあたるのかと考えて見た時に、結婚以外には引っ越しをともなう転勤ぐらいしか、強く印象に残っている出来事はなく、つまり20代、30代の約20数年間は、同じようなことを同じような場所で、同じように淡々と働いていたということなのでしょう。なんだかそれも寂しいものですね。ちなみに40歳以降は、転職、リストラ、再々就職など激動の数年間を過ごしたのと、割と最近のことなのでよく記憶にはよく残っています。

「ダンドリくん」を古い記憶からふと思い出し、調べてみるとそれが1990年に連載されていたことがわかり、今から20年前ということは年齢にして私の32歳頃で、たぶん自分が公私ともに一番脂がのっていた頃のはずです(余り記憶にはないのですが)。そして「ダンドリくん=新幹線の乗車うんちく編」をすぐに思い浮かべたのは、その頃は仕事の出張で東京から大阪や名古屋へ毎月のように出掛けていましたので、たぶんそのたびに、ダンドリくんを思い出していたからなのでしょう。

「ダンドリくん」は今でもAmazonで単行本が買えるとわかりましたので、購入して、子供にも読ませたいと思っています。今と当時では相当に社会情勢(1990年というとバブル後期の絶頂期であり、パソコンも携帯電話も普及前)が違っていますから、どこまで役に立つのかは読んでみないとわかりませんが、その時代背景の違いを感じるのもまた楽しみです。


 
--------------------------------------------------------------------

ジパングにみるタイムスリップ 2010/2/25(木)

344
コミック続きでなんなのですが、かわぐちかいじ作の「ジパング」の単行本が昨年の12月22日に最終刊が発行され終了しました。この「ジパング」はモーニングという漫画隔週刊誌で2000年から2009年まで9年間の長きに渡り連載されていました。その連載を集めた単行本はなんと43巻にもなります。

私は同じ作者の「沈黙の艦隊」以来ファンになり、このジパングの単行本を発刊されると購入し、読んだ後は中学生になったかならないかの長男にあげていました。やがて長男が高校生になってからは自分で発売日に買ってくるようになり、それを読んでいました。その長男も今は社会人です。

物語は、自衛隊の最新鋭イージス艦「みらい」がハワイへ訓練に行く途中、タイムスリップし、太平洋戦争中の太平洋に出現してしまうという奇想天外なドラマ(漫画とテレビアニメ)です。

同じような設定で過去には「ファイナル・カウントダウン」というアメリカ映画(1980年)がありました。年代から言ってもこちらが元ネタになるのかも知れません。こちらはアメリカの当時最新鋭の原子力空母ニミッツが真珠湾攻撃直前のハワイ沖にタイムスリップするという映画でした。

たまたま同じ時代の同じ場所にタイムスリップしてしまったアメリカ海軍の原子力空母ニミッツと、自衛隊のイージス艦がもし闘ったとしたらどうなっていたかというのは、私の想像の世界だけにあります。

半村良原作「戦国自衛隊」(小説初出1974年、映画は1979年)、半村良原案、福井晴敏原作「戦国自衛隊1549」(小説、映画とも2005年)は映画にもなりましたが、陸上自衛隊の戦車やヘリコプターが上杉・武田軍勢が割拠する戦国時代にタイムスリップするというストーリーです。

その他ちょっと変わり種では先日亡くなった臼井儀人氏が原作のアニメ映画に「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦」(2002年)とその実写版映画「BALLAD 名もなき恋のうた」(2009年)というのがありました。クレヨンしんちゃん一家が戦国時代にタイムスリップするアニメと実写映画でした。

また昨年の暮れに大ヒットした「JIN-仁-」も脳外科医が江戸時代にタイムスリップしたドラマ(元々は漫画)でしたがそう考えると、同じようなことを考える人は多く、しかも人気が取れることで、もはやこのようなテーマは特筆すべき事ではないのかもしれません。

それにしても私は「タイムトンネル(1966年)」の頃からタイムスリップものがなぜか大好きです。「バック・トゥ・ザ・フューチャー」もそうでしたし、最近では「タイムライン (1999年、2003年に映画化)」、H・G・ウェルズの小説「タイムマシン (1896年)」のリメーク版映画「タイムマシン (2002年)」がよかったです。

さて、そのジパングですが、結局ファイナルカウントダウンのようにタイムスリップ先から元の世界には戻れず、イージス艦と乗組員、将来を知ってしまった日本海軍士官が世界、特に日本の歴史を大きく変えてしまうことになります。詳しくはネタバラしになるので書きませんが、乗組員の一部はタイムスリップする前の現代まで生き残り、やがて、訓練のためハワイへ向かう自分達が乗り込んだ(はずの)イージス艦「みらい」の出航を見送ることになります。このあたりの矛盾をどうやって解決するのかが、作家の創造力の見せ所なのでしょう。



   
   
   
--------------------------------------------------------------------

労働力人口から見る日本経済の今後とは 2010/2/27(土)

345
労働力人口とは労働力人口とは、社会に出て働くのに適した15歳以上の人口のうち、実際に就業している人と、働く意欲があって仕事を探している完全失業者※の合計です。すでに引退した高齢者や専業主婦、学生などは除外されます。総務省の労働力調査によると労働力人口は1998年の6793万人をピークに横ばいから減少傾向にあり、2009年の平均では6617万人と対前年比で0.5%減少(▲33万人)しています。

※完全失業者の中には「正社員に就きたいけど、何度応募しても採用されずにあきらめて家事やパートなどをして求職活動を一時中断している人」は含まれません。したがって現在のような求職難になるとそのような潜在的な失業者の数が完全失業者数に反映されなくなり、正確ではなくなります。

さらに現在63〜60歳あたりのいわゆる人口が突出して多い団塊世代が、定年延長なども終了し、完全に引退するであろう65歳になる時、つまり2012〜2015年あたりになるとより一層この労働力人口は減ることになります。私の試算では2012年から3年間のあいだに毎年約1.5%(▲約100万人)ずつ労働力が減っていく勘定です。

日本の労働力人口が減ると言うことは、もし仕事の数は減らず、適正やマッチングを考慮しなければ、現在300万人以上と言われる失業者が再就職できる可能性が高まり、一見すると悪いことではないようにも見えます。また企業にとっても高報酬な年配者から、低年収の若年層に切り替わることで、仕事の効率や熟練度の差はありますが、それを補って十分に余りある様々なメリットがあります。

しかしいいことだけではありません。もう一つの指標になる労働力人口比率とは、労働力人口が、15歳以上の全人口の中に占める割合のことですが、昨年2009年には59.9%とはじめて6割を切りました。今後全人口はほぼ横ばい(やや減少)で、生産力の源である労働力人口は大きく減っていくことになり、労働力人口比率も下がっていきます。

これはどういうことを指すかと言えば、経済的には生産活動が鈍り、生産総量が落ち、日本の経済全体が急激に縮小していきます。社会保障の面では、団塊世代のこれからの年金の原資となる社会保険料を納める人が減り、逆にもらう人が増えますので、現在の社会保障のシステムは完全に行き詰まります。不足分は税金で補うと政府は言っていますが、国税の30%近くを占める所得税が、団塊世代の引退と労働者減により大きく減収となっていきますから、予測されているよりも大幅な増税は避けられません。

社会環境は、今まで収入のあった団塊世代が年金生活に入ると、余暇の時間は増えますので、高齢者向けのレジャー産業や、医療・健康産業、趣味のカルチャーセンター、趣味グッズ(カメラ、天体観測、釣り、ゴルフ、家庭菜園、料理、パーティ用品など)は確実に伸びますが、一方、年金生活者にはボーナスのような一時的な大きな所得がありませんので、購買力自体は確実に落ちていきます。したがって家電、自動車、住宅のような耐久消費財や高級衣料、宝飾品、ゴルフ場やリゾートの会員権はダメになるでしょう。また高級飲食店等も特徴ある一部の人気店以外は利用客が激減していきます。

すでに家電や自動車メーカーは売れない国内には見切りを付けて、海外で販売することに重きをおいていますし、住宅メーカーも新築よりも古くなった家をリフォームするか、子供との二世帯住宅に力を入れています。銀座や赤坂では、既に高級飲食店は次々閉店し、代わりにディスカウントストアやパチンコ、ファストフード店、大衆居酒屋チェーン店が多くなってきました。名門デパートが閉店し、跡地にユニクロやヤマダ電機、ビックカメラが入居する現象は、すでに全国で起き始めています。

そのようにして、団塊世代が平均寿命を迎えるころまで、今後15〜20年間は経済環境は悪くなる一方ですが、それでも日本経済を活性化させようとするなら、団塊世代より上の高齢者に、今まで蓄えてきた1世帯あたり平均二千万円を超えるという貯金をせめて半分だけでも積極的に使ってもらうことです。それには安心して老後がおくれるという保証を国が与え、万が一のために大事にとってある貯金をもっと楽しみのためや、子供や孫のためにどんどん使ってもらうしかありません。

--------------------------------------------------------------------


←2010年1月へ

2010年3月へ→

日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

日記アーカイブス
2002年
2003年
2004年
2005年
2006年
2007年
2008年
2009年
2010年
2011年
2012年
2013年
2014年
2015年
2016年
2017年
2018年
2019年

リストラ天国
> コンテンツ > Diary

おやじの主張(リストラ天国 日記INDEX)
リストラ天国 日記(BLOG)