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リストラ日記アーカイブ 2012年1月
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日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

566 理想の国家のあり方 2012/1/1(日)
567 12月後半の読書 2012/1/4(水)
568 老人虐待と介護の問題 2012/1/8(日)
569 人材派遣会社の動きが活発だ  2012/1/11(水)
570 資産家も貧困者?統計で見る貧困率 2012年1月14日(土)
571 1月上旬の読書 2012/1/18(水)
572 転職のキモは履歴書だ 2012/1/21(土)
573 年賀状不要論への反論 2012/1/25(水)
574 仕事を引退する時、貯蓄はいくら必要か 2012/1/28(土)



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理想の国家のあり方 2012/1/1(日)

566
明けましておめでとうございます。

今年の新年は、いつもの年よりこのような挨拶ができない方が多いのは、2万人近くの方が一瞬にして亡くなられてしまった東日本大震災が起きたからですが、もし備えが十分で、避難態勢が確立できていて、情報が早く正確に伝えられていれば、そのような中で救えた命も多くあっただろうと今さらながら残念に思います。

同時に起きた原子力発電所の大事故に関しても、後から判明してきてわかったのは、人も設備も万全の安全対策ができていなかったことによります。そのせいで、今度何十年(何百年?)もにわたって、日本の国土に安心して近づくことができない大きなエリアができてしまったことは、安全神話や技術大国とおごってきた日本人に対する強い警鐘ともとれます。



新年最初の投稿にあたり、やや乱暴な話しですが理想の国家について持論を述べます。もちろんこのブログの理念でもある独断偏見無知の賜であります。

日本国家は明治維新以降、特に太平洋戦争以降に国家戦略の柱として経済成長を求めてきました。GNPだ、GDPだ、貿易黒字だと、とにかく人の健康や、福祉や、安心できる子育てなんかより経済成長と貿易黒字を最優先事項としてやってきました。

それが資源のない日本で世界の国と伍していくため、また豊かな国を作っていく上で、大正から昭和初期の頃のように軍備を増強して国外に支配権を拡げていくか、それともひたすら製品輸出をして経済発展を求めていくしか方法がなかったということもわかります。

明治維新の頃に日本の人口はおよそ3300万人、現在の人口の3割にも達しません。そして明治維新からわずか70年後、近代工業が発達し、世界に無謀とも言える闘いを挑んだ太平洋戦争の頃の人口は2倍以上に急速に膨れあがりおよそ8400万人、現在の人口の約70%に相当します。

この急激な人口の生活を支えるために、食糧や石油、石炭、その他天然資源と領土を拡張せざるを得なくなり、当時の日本人以外、誰もが勝ち目はないと思っていた戦争を始めてしまいました。そのことについては他にも様々な要因や理由、原因がありますが、資源の少ない狭い国土と、当時の経済環境、欧米に追いつこうと必死だった工業、小規模で非効率な食料生産において、膨れあがってきた8000万人の国民を飢えさせないためだったことは間違いないでしょう。

そして戦後です。焼け野原から見事に再生し、世界中から賞賛される60年代から始まる急速な高度経済成長が、個人を犠牲にしながらも、日本経済を豊かにし、世界中にMade in Japanを売りまくり、そこで得られた利益で世界中から資源や食品を買うことができました。めでたしめでたしです。

その高度成長期に大きな役割を果たしたのが、言うまでもなく戦後すぐに生まれた団塊世代の若い人達です。戦後のアメリカに押しつけられたとは言え、子供の頃に民主平和教育を受け、貧しい中からも努力すれば道が開けるという明快な目標を持つ若者達が主体となり、生まれ変わった理想的な青年国家として成長が約束されました。

同時に医療の発達やインフラの整備などにより、病死や事故死が減り、さらに平均寿命が大きく伸び、日本の人口は2006年に1億2779万人のピークに達します。日本の平均寿命は1940年頃は戦争の影響もあり48歳ぐらいだったのが、1950年には59歳ぐらい、平和な現在はなんと83歳です。この人口の変化と平均寿命の延びに、何十年も前に作られた医療保険制度も年金制度も、とてもついていくことはできません。

そしてバブル崩壊後から始まる長期の経済低成長の中、2007年以降の景気低迷、製造業の国外流出、欧州の経済危機、円高、失業者の増大、それに2011年の大震災と原発事故によるエネルギー不安と、日本に未曾有の不幸が襲い続けます。

しかしそのような中においても、日本の国家戦略は「経済成長」で、それがすべての基礎となっています。

日本にとって不幸なのは「ちょっと待て、それは違うんじゃないか?」と声を大にして言える与野党政治家は極めて少数です。

財政赤字を立て直すにも、年金不足を補うためにも、消費税を上げるためにも、雇用を安定させるためにも、少子化に歯止めをかけるためにも、高齢者医療や介護を充実させるためにも、物騒な隣国に対抗して防衛関連費を増やすためにも、すべて経済成長が続くことが基礎になるので、それが国の戦略目標となってしまうのです。

またそれは、過去の大成功にまだ捕らわれているせいでもあり、夢をもう一度という欲望が渦巻いているからでもあります。一方バブルも大きな経済成長も物心がついてから一度も経験したことがない20歳代の若者は、今後日本が世界に伍して成長していけるなんて、誰も信じていません。

しかし残念ながら日本の舵取りをしているのは、それら成長神話を信じていない若者ではなく、まだ多少は信じている(信じようとしている)40代以上の人達で、方針の最終決定者は言うまでもなく60代以上の人達です。未だに世論の構成力を保持している新聞社で言えば読売のトップは85歳、朝日新聞社66歳、日経新聞65歳、経団連会長74歳、日本商工会議所会頭73歳というメンバーが現役なのです。



私は、日本に1億2千万人の人口は多過ぎると思っています。しかも都市部へ集中していますので、慢性的な渋滞や、大気汚染などの環境破壊、親からの遺産でない限り一生真面目に働いても買えない高い住宅や、法外な家賃や駐車場代、長い順番待ちができる保育所など様々な弊害が起きています。

従来のように輸出するのではなく、今は外国に向けた仕事は外国でおこなうというのが普通になってきますので、日本の人口は5〜6千万人ぐらいでも十分なのではないでしょうか。そして狭い東京に1千万人もの人が集まるという非人間的で劣悪な環境を排するため、国会も省庁も速やかに地方移転をするべきです。東大や阪大なども、青梅や箕面の山奥へ移転させます。まずは率先して国や国の団体から分散化の手本を見せなくてはいけません。

これだけ、技術が発展してきた中で、各企業も工場は無人で操業でき、大容量ネットワークが全国に張り巡らされ、隅々まで道路や鉄道などインフラが整備され、全国流通網が整い、どこにいても同じ環境が得られるようになった現在、なぜ大都市にその基盤を置く必要があるのでしょう。リスク管理の面から言っても不合理です。

多くの機関や企業が地方移転することで、高い家賃や人件費で競争力を失ってしまった企業が全国に散らばり、今よりは人間らしい環境と生活を手に入れた労働者が、満員電車で片道1時間半もかけて通勤する労働者より質の高い仕事ができるようになるはずです。極端なことを言えば地方へ移転し、生活費が半分で済むようになれば、給料も半分で済むのです。

少子化大いに結構じゃないですか。今世界では増え続ける人口に歯止めをかけようと必死で考えている中で、日本は世界に大いに貢献をしています。表彰されても不思議ではありません。また失業者が今後も増えそうだと言うことは、産業を内需中心にしていく国力に合わず、人が余っている現象で、人口減少はその解決方法のひとつでもあります。

今やるべきことは、少子化に歯止めをかけるのではなく、また短期的な付け焼き刃的な失業者対策をするよりも、もっと中長期的に、失業している暇がない程度まで人口を減らし、成長するどころか、衰退し続ける経済環境下で、日本人が精神的、物質的な豊かさが実感できる国作りを目指すべきではないかと考えるのです。

それには上記で述べたように、まずは都市部への一極集中排除と、人口減、縮小経済を前提にした内需型国家戦略です。

それが例えできたとしても、その頃には私はもう生きてはいないわけですが。


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12月後半の読書 2012/1/4(水)

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イギリス人の患者 (新潮文庫) マイケル オンダーチェ

 
先に映画「イングリッシュ・ペイシェント The English Patient)」を見て、そのスケールの大きさ、内容の濃さ、映像の美しさに惚れ込んで、私の気に入った映画ベスト10に入りましたが、名画座の映画館で観たのが1998年頃、14年が経ってその内容がかなり怪しくなってきたところで、book-offで原作本を発見し、読むことにしました。

結論から言えば、映画で記憶の残っていたのは、後半部分の記憶をなくしたイギリス人の患者が、なぜ姿形もわからないほどの全身火傷の重症を負うことになったのか、結婚はしているのか、していないのか、また英国を裏切ってナチスに協力をすることになったのか、など兵隊や同僚の死を見過ぎ厭世的になってしまった看護師に語っていく場面だけでした。

実は、この本を読み終わってからすぐにTSUTAYAへ行って「イングリッシュ・ペイシェント」のDVDを借りてきました。結構長い映画ですが、当然原作ほどの詳細な場面は描ききれず、要約された場面が多いのですが、美しい北アフリカの砂漠地帯、重症で後方への移動には無理があると置いていかれたイタリアフィレンツェの古い教会など、小説ではわからない風景が映画では楽しめます。

基本、戦争で悲劇的な結末を迎えることになった男女の不倫愛なのですが、その英国を裏切った男を捜してやってきた両手の親指をナチスに奪われた謎の男や、ターバンを巻いたインド人でありながら英国の教育と爆弾処理の訓練を受けて英国軍に従軍する兵隊、そして前述の女性看護師とが共に生活し、患者が記憶を徐々に取り戻して真実を知っていくことになります。

やっぱり恋愛の基本は悲劇で終わるというのはシェークスピアに聞くまでもなく、現代社会においても鉄板なのでしょう。


パレード (幻冬舎文庫) 吉田修一

2002年に出版され、第15回山本周五郎賞を受賞した作品です。著者の吉田修一氏は43歳、同じ2002年に「パーク・ライフ 」で芥川賞も受賞した気鋭の作家さんです。しかしなんと言っても同氏の名前を不動のものとしたのが2007年に出版され、その後2010年に妻夫木聡主演で映画化された「悪人」でしょう。

この「パレード」も藤原竜也主演で2010年に映画化されていますが、「悪人」ほどにはブレークせず、私も観ていません。

内容は、2LDKのマンションに男二人、女二人の独身者がゆるい共同生活をしている中に、新宿二丁目で身体を売っている若い男性が転がり込んできます。

そしてその住人一人一人が順番に一人称で語っていくというストーリーで、その方式は決して目新しくはないものの、誰が主人公で、中盤ぐらいまで物語がどのように展開していくのかよくわかりません。

今では当たり前になってきた独身者のルームシェアは、2002年当時ではまだ珍しかったのではないでしょうか。しかもこの小説で出てくるパターンは1部屋に二人が寝るという、昔の言葉で言えば相部屋パターンです。

今の若い人の多くは、一人一部屋が普通の子供時代を過ごしてきていますので、家族でもないのに一部屋に、年齢も生活パターンも違う人が一緒に住むなんてまず考えられません。一部屋に相部屋でずっと過ごすというのは、バブル時代に日本に金を稼ぎにやってきた貧しい国の人達だけの世界です。

先日読んだ「風が強く吹いている 」に出てくる、学生向けの賄い付きで家賃3万円という、2階の床が抜けるボロアパート青竹荘でも双子以外の8人は一人一部屋でした。そういう点ではちょっとあり得そうもない設定ですが、そういう細かいところは無視してもいいのでしょう。


過ぎ去りし日々 (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B. パーカー

アイルランドからワケありでアメリカへ移住してきた祖父と、ボストンで親と同じ警官という職業に就いていた父親が辿ってきた人生を、主人公が調べ上げてきたことを、婚約破棄寸前の恋人に語ることで、その恋人の家族とのあいだに思わぬ接点があり、家族同志の関係が悪化した理由が徐々に明らかになっていく壮大なスケールの大河小説です。

ロバート・B. パーカーと言えば「探偵スペンサーが活躍しなければ面白くない」という人も多いのではないかと思いますが、パーカーファンであれば、この長編小説は大いに読む価値あります。

この小説では3代に渡る2つの家族の関係がポイントで、パーカーが作品の中で時々見せる「親と子の絆」について、その原点を知ることができます。

また同時に、命をかける勇気ある男の行動、安易な結婚の末路、そしてそれぞれの時代における恋愛など、スペンサーシリーズをも包括したような面白さがあります。

ただ小説の時代が今と過去と次々に交差し、登場人物も多いので、ゆっくりと理解しながら読み進める必要があります。ページは通常のスペンサーシリーズのゆうに2〜3倍はありますから、2〜3時間で読了し、難問も解決というわけにはいきません。私も何度か登場人物の欄を見直しつつ、じっくりと読む進めました。

小説の中では、外国人の場合、ファーストネーム、ラストネーム、ニックネームが場面場面で使い分けられ、会話に出てきたりすることがあり、それも同じラストネームで3代続くわけですから、混乱して、同一人物だとあとで気がついたりすることがしばしばあります。

内容自体はテンポもよく、スラスラ読めますが、一度こんがらがると意味不明に陥りますので、落ち着いてじっくり読める時にこそお勧めです。


被害者は誰? (講談社文庫) 貫井徳郎

ミステリーの旗手、貫井氏の2003年(文庫は2006年)の作品です。この作品では「被害者は誰?」「目撃者は誰?」「探偵は誰?」「名探偵は誰?」の中編4編をまとめた謎を解く探偵ものです。

しかし単に謎を解いてドヤ顔をするのではなく、最後の「名探偵は誰?」なんかでは最後に貫井マジックにはめられたと、うめき声をあげるところでした。

登場人物は少なめで、主人公といえる事件の謎を推理するのが得意な売れっ子作家と、その後輩で、事件を持ち込む殺人事件などを扱う警視庁捜査1課の刑事のやりとりがメインです。

簡易版、入門編の貫井ワールドってな感じですが、しかしこういう発想やアイデアを次々と考えつくミステリー作家というのも、いつかはオリジナルのアイデアが枯渇するのではという恐怖を感じないのだろうかと、他人事ながら勝手に心配しています。

アイデアは無限だということはビジネスにおいてもよく言われることですが、人それぞれに得意分野があり、細かな手作業が得意な人や、毎日同じ作業を何年も繰り返しておこなうことが得意な人もいれば、アイデアを枯渇させることなくビジネスや小説に生かしていくことが得意な人もいるということでしょう。

ま、凡人な私には、この発想力は羨ましい限りです。

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老人虐待と介護の問題 2012/1/8(日)

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幼児虐待が世間を騒がせることが時々起き大きな社会問題となります。同時に現在は増え続ける高齢者への虐待もまた増えてきていますが、年間で5万件を超える相談件数の児童虐待ほどには衆目を集めることはありません。

それは発生件数とは別に、抵抗することができない幼児や児童と違い、一応は大人であり、無垢とは言い難い、悪い言葉で言うならばどちらかと言えば社会から邪魔者、嫌われ者になりつつある高齢者との差なのでしょう。

長生きすれば誰でも高齢者になる可能性はあるわけですが、自分が高齢者になってからの姿というのはなかなか想像ができないものです。また老化による衰えや、怪我、病気、古傷によってなにかしらの障害を持つことが普通になりますが、それもまた高齢者と共に生活をしている人以外の若年層にはまったく想像がつきません。

高齢者虐待、1万6700件=10年度、21人が死亡―厚労省調査 時事通信 12月6日

記事によると、「家族、親族、介護施設職員から65歳以上の高齢者が虐待を受ける件数が前年比6.7%増加し16,764件に上った(2010年度厚労省調べ)」「高齢者虐待件数は4年連続の増加」「加害者でもっとも多いのは被害高齢者の息子で、その次が夫」「被害高齢者は女性が76.5%、年代は80歳代がもっとも多い」ということです。

現在もっとも年代層が厚い(人数の多い)団塊世代は60代後半ですから、このまま対策がおこなわれない限り、この層が80代になる15〜20年後ぐらいまでは毎年増え続けていくことが予想できます。

確かに高齢者を抱える家族には介護による肉体的・精神的ストレスや、経済面など計り知れないほど大きな負担がのしかかります。介護のために会社を辞めざるを得ない家族、寝たきりの親を抱え結婚ができない子供がいると同時に、本人に悪気がなくとも、わがまま放題・不満ばかり言う高齢者、徘徊の恐れがあり終日目が離せないアルツハイマー病の高齢者、老老介護の肉体的限界など大きな社会問題であるに関わらず、社会や政治から見放されてしまっている感があります。

テレビに出てきた介護現場の取材で、頭から離れない言葉に「赤ちゃんとは違い、大人の糞便の量と臭いは半端なく、毎日その処理をすることに耐えられない」「介護中に暴れられ、時には殴られたりするので生傷が絶えない」「それでも高い報酬が得られるのならまだモチベーションもわくが、パートアルバイト並みの安い給料で介護の職は続けられない」というのがあります。

「介護が大変で安い給料(あるいは奉仕)だから虐待が起きる」というわけではもちろんないでしょうけれど、感情の動物である人間が、しかもサポートも得られず、人員不足の中でおこなうことである以上、虐待として表面化するのは氷山の一角という気がします。そして実際には、暴れると手が付けられないので放置したままになっていたり、風呂に滅多に入れてあげなかったりする例はもっとあると思われます。

そして、ずっと長いあいだ寝たきりで介護を続けざるを得なかった家族が亡くなり、肩の荷が下りてホッとしたという人も多いはずです。

バブル時代以降「夜勤があり、飛び散る血液や体液、糞尿で汚れ、しかし命を預かる仕事でミスが決して許されない厳しい仕事」ということで看護師へのなり手が一気に減ってしまいました。そしていまは介護の現場で、極端に言えば「厳しくて汚い仕事を最悪の条件の下」でおこなっているのが介護士や要介護の家族を持つ家族達です。

この問題を解決する一番の近道は「厳しい仕事には最良の条件で」おこなえるようにすることですが、資産家の高齢者ならともかく、介護保険の範疇で、最良の条件(高給かつ人員が十分に足りている)がまかなえるはずもないので、一計を案じなければ無理でしょう。

例えば高齢者が亡くなるとあとに遺産を残すことがありますが、その高齢者(例えば65歳以上単身者)の遺産の9割は特別相続税として徴収し、それを全額を老人介護費用に充てるとか、極端な方法でも取り入れるしかないでしょう。当然お金持ちの老人やその家族は猛反対するでしょうけど、あるところから引っ張ってこない限り、税収は増えませんから、今後そういった対応は必要になってくるでしょう。

で、遺産をいっぱい残してもしょうがないねと、世界屈指の貯蓄高を誇る日本の高齢者達が、どんどんと使ってくれると国内景気浮揚の一環にもなるという算段です。

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人材派遣会社の動きが活発だ  2012/1/11(水)

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年末から年始にかけて人材派遣業界の動きがなぜか活発です。

まず国内はと言えば、労働者派遣法の改正案が12月7日に衆院厚生労働委員会で可決されたに関わらず、本会議への提出は見送られ、継続審議となったものの、未だ先行きは不透明のままです。この改正案成立如何によっては、当初予定されていた日雇い派遣完全禁止よりずっと穏やかになりましたが、派遣会社の業績に影響がないとは言えません。

それらの動きと関係あるのかないのかよくわかりませんが、大手人材派遣会社のパソナは、12月に安川電機から人材派遣事業(安川ビジネススタッフ)を、そして1月には伊藤忠商事の人材派遣子会社であるキャプランの買収を発表しました。

一時期、大手国内メーカーや生保、損保、銀行、商社など各社は、次々と自前で人材派遣会社を設立してきましたが、ここ数年、不況の本業に専念するためか、あるいは迷走中の派遣業法に嫌気がしてか、派遣子会社に値がつくうちに売却してしまおうという動きが活発です。

ちょっと調べてみたところでは、パソナグループは上記2社の他に、2004年にNSパーソネルサービス(元新日本製鐵出資)、2009年に三井物産ヒューマンリソース、2010年にAIGスタッフ、2011年にケーアイエス(元JAグループ出資)、リコー・ヒューマン・クリエイツ、リコー三愛ライフなどを吸収またはグループに取り込んできています。

基本的に大手企業系列の派遣会社は、企業努力や必死で販売先を開拓しなくても、親会社に言われるまま人材派遣をすることで、とりあえず収益が得られますから、サービス業のイロハも知らない出向社員が送り込まれ、単なる大手企業の天下り先となっているところも少なくありません。

その中で、自立できない子会社は、景気のいいときならともかく、不況の中では親会社から見ると腹立たしく、企業グループのリストラクチャリングを考えると、もっとも早期に売りに出されてしまいます。

大手人材派遣会社を退職したあと、その経験を買われてそのような大手企業系列の派遣子会社に移った人が多いのですが、大手派遣会社に吸収されてしまい、結局また元の会社へ戻ってしまったという人がかなり多そうです。

そしてこの1月には、外資系の大手人材派遣会社アデコが、技術者派遣・アウトソーシングのVSNの買収を発表しました。スイス本社の世界的人材サービス企業のアデコは、過去に日本国内でもセントラルエード、エコージャパン、キャリアスタッフを買収し、吸収して規模を拡大しています。

この吸収されたVSNという会社、元々は技術者派遣最大手のメイテック(設立当時名古屋技術センター)を設立した関口房朗氏が、その後メイテックを追われてしまい、次に作ったベンチャーセーフネット(VSN)が前身の会社です。一時期は芸能人やプロスポーツ選手を呼び、派手な入社式で話題をさらっていました。現在は関口氏とVSNの関係はなくなっているそうです。

事務職派遣がメインのアデコと、技術者派遣のVSNが一緒になり、相互に補完し合えるというのは、わかりやすいシナジー効果ですが、いずれにしても、労働者派遣を含む雇用環境の悪化と、技術者派遣の相手先だった大手製造業が次々と海外移転し業績が伸びない技術者派遣、双方にとって厳しい経営環境の中でおこなう経営合理化という気がしないでもありあません。規模こそ違え、バブル崩壊後、不良債権で苦しむ銀行同士が、経営合理化を目指し、次々と合併していったのと似ています。

次に、鼻のよく効く派遣会社大手は、今後数十年は続くであろう低成長、あるいはマイナス成長の国内市場に見切りを付けて次の手を模索しています。

2011年12月16日に「パソナグループ、米国・テキサス州ヒューストンに拠点を新設」、2011/12/22には「パソナグループ、インドネシアで日系企業の海外人事戦略を支援」と海外への積極的な進出が報道されています。パソナは日本の派遣会社として1980年代頃から日本の派遣会社としては、いち早く海外進出を積極的におこなってきた会社です。

と思っていた矢先に、2007年にスタッフサービスを吸収し、国内最大手に躍り出たリクルートが、2012年1月5日、アメリカやヨーロッパで人材派遣を手掛けるアメリカ本社のアドバンテージ・リソーシンググループの買収を発表しました。

アドバンテージ・リソーシング(Advantage Resourcing)は、欧米だけでなく、アジアや中東にまで世界中に約260もの拠点を持っているグローバルな派遣企業です。国内最大手のスタッフサービスを買ったときも驚きましたが、リクルートはいつも思い切ったことをします。そして円高で外国企業を安く買えるタイミングでもあり、この先ビジネスがうまく軌道に乗るかわかりませんが、目の付けどころはさすがです。

そして気になるのが、その買収メニューの中に、同グループの日本法人アドバンテージ・リソーシング・ジャパンが入っているのかどうかです。

このアドバンテージ・リソーシング・ジャパンというのは、一時期違法性を騒がれたグッドウィルやクリスタルなどの技術者派遣会社を吸収し統合した会社で、株主や経営陣は大きく変わりましたが、現在でも粛々と営業している技術者派遣会社です。詳細はわかりませんが、リクルートが買収したアメリカの同社が、日本法人の最大株主であっても不思議じゃありません。そうすると好むと好まざると一緒に付いてくる可能性もあります。

おそらくリクルートとしては、欲しいのは海外拠点と、それぞれの国でのノウハウでしょうから、この日本法人の買収は予定には入っていないと思いますが、名称が同じだけに、ややこしく、今後どうなっていくのでしょう。誰か知っている人がいれば教えてください。

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資産家も貧困者?統計で見る貧困率 2012年1月14日(土)

570
質問
「日本は国際比較すると貧困率(相対的貧困率)は高い方でしょうか、それとも低い方でしょうか?」

少し古いデータですが、「OECDの2000年代半ばの統計では日本の相対的貧困率は14.9%で、先進国、中進国の中ではメキシコの18.4%、トルコの17.5%、米国の17.1%に次いで4番目に貧困率が高い(OECD加盟国の平均は10.6%)」(Wikipediaより)。割と最近のデータでも「2009年7月に発表されたOECDの「Factbook2009」によると日本の「貧困率」は先進国30ヶ国中の第4位」と、日本は諸外国と比べて貧困率は高く、傾向としては貧困率はさらに上昇傾向にあります。

 
  出典:「日本における貧困の実態」国立社会保障・人口問題研究所 阿部彩氏

相対的貧困率とは、OECDの定義では「等価可処分所得(世帯の可処分所得を世帯員数の平方根で割った値)が、全国民の等価可処分所得の中央値の半分に満たない国民の割合」(Wikipediaより)ということです。

わかりやすく言えば、標準的な世帯が、4人家族で可処分所得が年間640万円、単身者で同所得が400万円だったとすると、(640万円÷4名+400万円)÷2=280万円が等価可処分所得となり、その半分の140万円未満の人が貧困者と定義されるわけです。

日本では貧困となる年間140万円(約1万8千ドル)を、もし発展途上国で得たとしたらその国ではたぶんお金持ちになります。国によって物価が違いすぎるので、額ではなく率で比較するようになっているわけです。

公式には「2007年の国民生活基礎調査では、日本の2006年の等価可処分所得の中央値(254万円)の半分(127万円)未満が、相対的貧困率の対象となる」(Wikipediaより)とされていますので、単身者で月11万円以上の手取り収入があれば貧困者には該当しないことになります。

ではなぜ日本の貧困率が高いのか?

仮説その1:若者の非正規社員や失業が増えてきて貧困率が高い

でもこの仮説にはちょっと疑問があります。

例え非正規社員でも短時間のアルバイトやパートでなければ1年間フルに働いて年収130万円を下回ることはあまりないと思われます。夫婦二人で260万円の手取り年収だったとしても貧困者にはカウントされません。

無収入の子供と一緒(親子二人)の場合は、子供手当と親の収入を足して260万円ないと貧困者になってしまいますが、小さな子供を育てながらフルタイムで働くというのは結構難しく、親の収入は限られてくるでしょう。しかしこのケースは過去からあり、最近急に増えてきた事例でもなさそうです。

あと「不況により失業し雇用保険も切れてしまって半年以上無収入」という状態なら、貧困者にカウントされるでしょう。でもそれは数字に現れるほど多い(数十万単位)かというと疑問です。

仮説その2:生活保護受給者の増加による貧困率の上昇

生活保護者の場合、年間収入でみると住んでいる地域や世帯家族数にもよりますが、ギリギリ貧困者にカウントされるかどうかという水準です。居住地域が都市部で物価が高い場合は、貧困者には該当しないでしょう。

この生活保護受給者は10年前と比べるとおよそ100万人増え、2011年末では200万人を突破しています。今後も年金未加入者が高齢化してきますので、年金制度改革等を実施しなければ増え続けていくのはほぼ確実です。

仮説その3:高齢者の増加による貧困率の上昇

次に高齢者の貧困者ですが、60〜65歳の定年や引退で退職していく毎年200万人以上の団塊世代が、次々と年金だけの生活に入っていきます。一方で新たに社会人となる人の数は100万人と少し。そこに統計に出てきそうな大きな変動がみられます。

引退した年金受給者がみんな貧困者にカウントされるわけではありませんが、貧困者に該当する一人あたり年間127万円を超えない人も多くいると思われます。それは現役時代に支払った額や、収めた年数、共済年金か厚生年金か国民年金などの違いによるからです。

もし引退し新たな年金生活者のうち1/3の70万人が、夫婦で年間250万円以内(単身者で125万円以内)の年金受給であれば、それが一気に毎年貧困率を引き上げることになりそうです。

そして商売をやっていたり、専業農家、漁師などの個人事業主は、引退していなくても所得税の関係からできるだけ個人収入を減らし、表向きは夫婦で年収250万円でありながら、実は新車のベンツに乗っている人とか別に珍しくありません。そのような人も統計上は貧困者と認定されるのでしょう。

しかしいくら少ない年金受給で表向きは貧困者であっても、親から譲り受けた財産、ローン完済した住宅(不動産)、勤め人なら退職金、満期になった養老年金保険など、実際には多くの資産を持っているのでは?という疑問があります。

そう、日本の高齢者(60歳以上)の貯蓄率は世界でもトップクラスで、金融資産(現金や証券など)だけでも世帯平均(通常は夫婦2名)で2000万円以上あります(平成22年の統計データでは60才以上平均貯蓄高2286万円)。

しかしそのような資産(金融資産や不動産)は、この貧困率ではまったく考慮されません。つまり、「数千万円の資産を持つ高齢の貧困者」が毎年数十万人(もしかすると百万人)増えているという現実があるのです。これは明らかに統計数値に大きく影響するでしょう。

テレビで識者と言われる人がコメンテーターとして出演し、本人もその仕組みはたぶんよく知っていながら「いま日本は世界でもトップクラスの貧困率だ。もっと社会保障を手厚くし、生活保障をしなければいけない」とか「高齢者の貧困率が急速に高まってきている。年金を下げるとか医療費負担を増やすとかとんでもない議論だ」とか言っています。

上記で書いてきたとおり、貧困率というあまり意味をなさない統計を自分に都合よく使い、持論を展開するような人は、政治家でも評論家でも学者でも経済人でも絶対に信用してはいけません。

ただ、こうしてずっと高齢者を優遇してきたのには、戦後の厳しい時代から世界に冠たる経済大国にまで押し上げてくれた功績に報いることと、あとは各種の法律や制度を作る政治家からすると、選挙において高齢者の投票率の高さが背景にあったのでしょう。そうしてみれば、今までの世の中は、老人の思うがままに動いているということです。

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1月上旬の読書 2012/1/18(水)

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黄金の島(講談社文庫) 真保裕一

真保裕一氏は、1961年生まれということですから、今年51歳と小説家としては脂がのっている世代でしょう。氏のデビュー作「連鎖」は文庫になってから読みましたが、なかなかの傑作で、それ以降映画でも大ヒットした「ホワイトアウト」や「アマルフィ」、テレビドラマになった「奇跡の人」など次々とヒット作を出しています。この黄金の島は、2001年に初出で、文庫版は2004年からです。

 
内容は、ヤクザになりきれない半端者の男が、しばらく姿を消すためにタイへ逃げ、そこでも謎の追っ手が現れたことによって、隣国ベトナムへ不法入国することになります。

最近のベトナムの話題と言えば、解放政策が取り入れられ経済絶好調で、日本からも必死に新幹線の売り込みがされていますが、20年前のベトナムはまだアジアの中でも特に貧しい閉鎖的な共産国でした。

特権階級にいるわずかな高官やその家族、親戚以外は、虐げられ抑圧され、虐め倒されています。そのあたりの暗い話しは、以前読んだ梁石日(ヤン・ソギル)氏の「闇の子供たち」を彷彿させます。

若者が生きていくために、また黄金の国といわれる先進国日本に行けば明るい未来があると信じて、命をかけて密航しようとする気持ちをこれでもかというぐらいに書き込まれています。

そのような日本へ出稼ぎにいき、大金持ちになって帰ってくることを夢見ているベトナムの若者と、命を狙われたり、ベトナムの警官に刃向かったために酷い仕打ちを受ける主人公が、様々な難関をくぐり抜けて、台風の大時化に乗じて漁船で日本を目指すといったストーリーです。

しかし主人公は決してヒーローでも格好良くもなく、そしてハッピーエンドでもなく、読んでいて気持ちがズンズンと重たく沈んでいくことうけおいの小説です。


靖国への帰還 (講談社文庫) 内田康夫

太平洋戦争当時と現代とがタイムスリップで結ばれるというのは、荻原浩著「僕たちの戦争」や、今井雅之著「THE WINDS OF GOD」、北村薫著「リセット」、アメリカ映画で「ファイナル・カウントダウン」などがあり、コミックやアニメでは私も全巻読破した「ジパング」などが有名です。

この「靖国への帰還」も、昭和19年の太平洋戦争末期に、海軍の戦闘機乗りだった主人公が、B-29の迎撃中に負傷して厚木飛行場へ戻ってくるとき、雲の中でタイムスリップが起き、米軍と自衛隊が共同使用している現代の厚木基地へ着陸してしまいます。

内田康夫氏は浅見光彦シリーズなど現代のミステリーものが多い作家さんですが、このようなエンタテーメント系のファンタジーロマン小説は珍しいのではないでしょうか。

夜間戦闘機月光のパイロットだった主人公が突然現代に現れたことで、政治やマスコミの報道合戦などに巻き込まれることになります。そして「死ねば靖国で会おう」と誓い、多くの仲間達が奉られている靖国神社の立場が戦中と戦後で大きく変わってしまったことに主人公は大いに失望してしまいます。

靖国問題とはA級戦犯合祀による近隣諸国の反発と、政治と宗教の政教分離の二つの問題です。

靖国神社への思い入れが強い著者の思想も多少は入っているのか、かなりのページがそれに費やされますが、本来ならそのような世界的に見るとローカルで小さな問題よりも、世界初で唯一現存するタイムスリップ経験者の存在という、物理科学、歴史、医学、哲学、宗教、軍事、宇宙工学、精神世界などでの問題や話題のほうが大きく、物理学や宗教観を一変させてしまいかねない世界的な大きな出来事でしょう。

この作品でも触れられていますが、昔の伝説などには「浦島太郎」のようなタイムスリップを匂わせるようなものが世界各地にありますが、科学的に証明ができない人の存在というのがどうなるのか、おそらく宇宙からやってきたエイリアンよりも大問題になりそうです。

最後のクライマックスでは、現代に有効な飛行操縦免許を持っているはずのない主人公が、なぜか公式な行事で、自分の愛機だったとはいえ、現代の空を自分で操縦桿を握って飛べるかなど、絶対にあり得そうもなく不可解なことが多く、ちょっとそれらの展開が突飛すぎて残念でした。ま、このような小説に、そのようなリアリティを求めるのもなんなのですが。


ブラックペアン1988 (講談社文庫) 海堂尊

 
昭和から平成と変わる直前の1988年(昭和63年)の東城大学医学部付属病院を舞台とする小説で、初出は2007年9月です。つまり同氏の「チーム・バチスタの栄光(2006年)」「ジェネラル・ルージュの凱旋(2007年4月)」よりも後に書かれていますが、物語の舞台はそれらの事件が起きる約20年前の設定です。

ブラックペアンのペアンとはなにか?といえば、本の表紙を飾る手術のときに、器官や組織などを挟み、牽引したり圧迫したり、止血したりするのに用いるハサミに似た形状のもので、これが今回の小説ではキーとなります。普通はステンレスで作られるペアンが、なぜ黒いのか?最後にその謎が判明します。

内容は、新しく研修でやってきた外科医師の卵達の視点で、大学病院の中で起きる様々な人間模様や確執に翻弄されていくところが描かれていきます。そして講師として中央の権威ある大学から派遣されてきた有能な外科医師が新しく開発した器具を使った手術を広めていきますがそこで事故が起きます。

ちなみにこの派遣されてきた講師が、20年後の「チーム・バチスタの栄光」などでは病院長に、医学部に在籍中で実地研修にやって来たメンバーが「チーム・バチスタの栄光」や「ジェネラル・ルージュの凱旋」では主人公になっていたりします。

小説としても、また医学界が抱える様々な問題や製薬会社の利権などについても、わかりやすく書かれていますので、雑学を仕入れるのにも有効です。しかし大学病院の職場というエリートばかりが集う世界というのも大変ですね。霞ヶ関の官庁の中も似たようなものかも知れません。

最初はなんの小説かもまったく予備知識なしで読みましたが、ストーリーもよく練られ、たいへん面白い小説に仕上がっています。こちらもぜひ映画化をしてもらいたいものです。


臨場 (光文社文庫) 横山秀夫

臨場とは「警察組織において事件現場に臨み、初動捜査に当たること」を意味するそうですが、ここでの主役は検視官です。2009年と2010年にはこれを原作として内野聖陽主演でテレビドラマ化がされていました。

「検視」と一般的に馴染みのある「鑑識」との違いですが、変死事件が起きると、必ずそれに立ち会って鑑識を含む検視という作業をおこなうことになっているそうです。その検視ができるのは、刑事部の理事官又は管理官クラスということで、現場に出向く警察官としては上級のベテランがその任にあたることになります。そのような場合、検視官がいないと現場検証はおこなえないと言うことです。一方「鑑識」は空き巣事件でも出動しますし、比較的格下の役割です。

作者の横山秀夫氏は私と同年齢の推理作家ですが、警察ものが割とお得意かなという感じです。私も同氏の作品は短編は別にして「影踏み」「震度0」「第三の時効」「動機」「半落ち」「深追い」「ルパンの消息」「出口のない海」を読んでいて、同世代の感覚が割と共感できるのか贔屓にしています。

この「臨場」では8つの事件がそれぞれ短編に分かれていて、大酒飲みで上司の言いなりにはならないヤクザっぽいけれど、仕事は非常に優秀な検視官がそれぞれに登場し、誰もが見落としがちな些細なことから独特の見立てをおこない、事件の真実を解明していきます。


累犯障害者 山本譲司

著者の山本譲司氏は、演歌歌手山本譲二氏とは違い、民主党の衆議院議員でありながら、2001年に秘書給与流用の詐欺容疑で実刑判決を受けた方です。

秘書給与として支給されたお金を事務所の運営費などに充てていたわけで、もちろん犯罪行為にあたりますが、自分か親が金持ちでない若手議員は、そうしてやりくりでもしないと、まともな議員活動ができないという実態もあるのでしょう。

当時は辻元清美衆議院議員など何人かの議員に同様な公費流用が指摘されていたに関わらず、現職の議員で実刑を受けたのはこの山本氏だけで(辻元氏は執行猶予付き)、一種みせしめ的な逮捕・起訴・実刑判決だったようにも思えます。

その山本氏、刑務所の中で思い知らされる現実に驚きます。それは政治活動において表層しか知らなかった障がい者と社会福祉の関係です。

障がい者と言っても知的障がい者もいれば身体障がい者も、視聴覚障がい者もいます。そしてさらにその障害度も軽度から重度と様々です。しかし一般的にマスコミに取り上げられるのは重度の身体障がい者です。それは明らかに映像として絵になりやすいからでしょう。

そして誰がみてもすぐにわかる障がい者の場合は、比較的福祉の手が差し伸べられやすいのに対し、軽度の知的障がい者や聴覚障害などの場合、大人になると福祉とつながっていないケースが非常に多いことに気がつきます。

そのような障がい者が、ホンの軽微な犯罪(空きっ腹に耐えかねて500円のお弁当を盗んだとか)で、刑務所に服役しているようなことが起きていました。中には警察や検察の取り調べで、関係ない別の殺人事件の容疑者として裁判にかけられているケースもあります。

それは、身体は立派な大人でも、知能レベルが小学生レベルで、警官や検察官の言うことにすべて同意をしてしまうことをいいことに、犯罪者に仕立て上げられてしまうようなことが起きていたり、耳が聞こえず筆談や手話での取り調べや裁判がおこなわれ、結果的に意と違う内容になってしまうといったりするケースです。

そしてそうした障がい者が出所した後も、まともに福祉の手は届かず、安住の地は刑務所の中だけと、結局はまた犯罪を犯し刑務所へ戻らざるを得ないという負の連鎖がありました。

山本氏は出所後はそうした障がい者を含め、福祉活動に力を入れ、まだ道半ばですが、国の委員会などにも出席してその改革を進めているところです。この文庫版では、その改善の進捗が後書きで書かれています。

文庫解説ではジャーナリストの江川紹子氏が「秘書給与事件によって私たちは前途有為の政治家を失ったが、代わりに優れたジャーナリストと果敢な福祉活動家を得たのだ」と書いています。


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転職のキモは履歴書だ 2012/1/21(土)

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年末で退職し、新年から就職活動を始めようとする方も多いのではないでしょうか。若い人や、稀少な特技、資格の持ち主であれば、仕事内容、業種、企業規模、地域を選ばなければ、非正規雇用を含む再就職にそれほど難しいことはないのでしょうけれど、中高年以上で、特段これといえる資格や特技、それを裏付ける経験がないと、これはもう半端なく再就職への道は険しいものがありそうです。

再就職活動において必ず必要となるのが履歴書と職務経歴書です。私も過去に採用業務に携わったことがありますが、意外とこの書類を軽く見ている求職者が多いのに驚きます。

その書き方については、ネットで探せばいくらでもサンプルや、書き方の注意点がありますので、それを参考にするのはいいのですが、そういった書き方や内容以外について、なにも偉そうに言うわけではありませんが、面接官としても、そして中年になってから求職者としてもどちらの経験もある私の持論を少しばかり書いてみます。

まず、ネットにある転職サイトや大手の人材紹介会社サイトでは、オンライン上で様々な履歴書や職務経歴書の基本情報を記入し保存しておけるコーナーがあり、ポンポンと情報を選んだり書いていくと一丁あがりで登録が完了できます。これはすごく便利で簡単なので、一度自分の職歴や経歴を整理する意味でも使わない手はありません。

登録したからといって「公開しない」「いますぐ転職しない」「スカウトを受けない」などを選んでおけば、サイト運営各社からのPRメールは送られてくるでしょうけど、余計な斡旋や面接がいきなりくることはありません。

しかし実際に転職活動をするならば、それだけではなく、ちゃんとした市販の履歴書や顔写真も必ず必要になってきます。つまり第一次の書類審査では転職サイトや紹介会社の登録情報を見ますが、実際に面接となれば、公式の履歴書や職務経歴書が必要となります。

履歴書に貼る写真は、できるだけ高級なダークスーツを着て、白い無地のシャツに派手ではない落ち着いたネクタイを締め、髪の毛も年齢と社会人にふさわしく整えてから写しておきます。できれば会社を退職する前、現役社員のあいだに写真屋さんで撮影しておくのがベターです。

それは現役と現役を離れてしばらく経過してからでは、顔つきやスーツの着こなしに微妙な変化が起きてしまい、当然前者の現役の目の輝き、緊張感、顔つきが書類審査での面接官受けします。この微妙な差はわかる人にはわかるもので、男女とも同様です。履歴書を提出した後、書類審査でいつも落ちてしまうという人には、この写真の影響が少なからずあるのかもしれません。

準備が悪く、面接にいく途中の駅にあるスピード写真で撮影し、その場で切って履歴書に貼り付けて提出するような人がいますが、面接官にしてみれば、目の前にいる人と、写真の服装やネクタイ、寝癖がではねた髪の毛まで同じで、「事前の準備もしないで、軽い気持ちで来たな」とすぐにわかってしまいます。オマケに履歴書に貼り付けた写真の切り方が雑だったりしたら「いい加減な仕事をしそう」「こいつ就職をなめてんのか?」とその時点でアウトです。

嘘みたいな話しですけど、本当に多いんです、履歴書の写真にいい加減な人が。実話ですが、履歴書に学生時代に取ったと思えるセーラー服を着た三つ編みの若い女性の写真が貼ってあり、しかし目の前の応募者はどうみても40歳過ぎたくたびれた中年のおばちゃんで、履歴書の年齢も実際にその通りだったりしたこともあります。あるいは前の履歴書からはがしてきたのか写真がヨレヨレになっていたりすることもよく見かけます。

あと、写真はできれば3分間スピード写真ではなく、少々高いですがパソコン用データとしてもらうことができる写真屋さんで撮影しておくことをお勧めします。そのデータさえあれば、普通の2万円もしないカラープリンターと写真用の高品質紙で印刷すれば何枚でもすぐに出せますので、非常に便利です。

次ぎに履歴書ですが、多くの指南書では手書きで書くのが基本とされていますが、私の場合は、氏名だけ自著し、あとはすべてパソコンで印刷していました。

字の綺麗な人はもちろん全部手書きすればいいのですが、決して字の上手くない人は、応募要領に「手書きの履歴書」と書いてなければ、パソコンで作った履歴書でいいのではないかと思っています。今までそれを相手に指摘したり、されたことは一度もありません。面接官だって忙しいのに、クネクネとした読みづらい手書き文字なんか読みたくはありません。

私がパソコンで履歴書を作ったのには2つの理由があります。

ひとつは上記にも書いたとおり、字が上手くないからです。そして、もうひとつの理由は、いくつもの会社へ履歴書を出す場合、いちいち手書きで書くのが面倒なのと、途中で間違えるとダメになります。中には修正液で直している人もいますが、それこそ絶対ダメです。

また一度提出した履歴書が、不採用で返却されてくることがあります。その戻ってきた履歴書を再度次の応募先へ提出する人もいますが、それでは「志望の動機」にキチンとした内容を書けません。「志望動機」にどこの会社でも使えるような内容、例えば「貴社の業種に興味があるため」などが書かれていると面接官としてはそれだけで「ああ、使い回しね」「要はどこでいいんだ」と判断します。志望動機は相手の会社のことをちゃんと事前に調べて、それに沿った内容を書くべきです。

使い回しをしないという点では、職務経歴書にも同じ事が言えます。

応募先の業種や募集職種、募集内容によって、相手の気を惹くよう職務経歴書を柔軟に変えるのはぜひともやるべきことです。そのためにも、一度パソコンで作っておけば、あとは相手先に応じて簡単に変更できます。

履歴書も職務経歴書も、その折り目や用紙の新しさをみると、それが今回初めて使われたものか、それとも使い回しされてきたものかは、毎日そのたぐいの書類を見て触っている面接官にはわかります。「履歴書は新しいのに、職務経歴書は何度も繰り返し折られているな。」「この人何社も受けてきて、全部ダメだったようだな」と履歴書や経歴書を見ただけでわかるのです。そういうちょっとしたことでも、面接官の心証を悪くしてしまいます。

したがって履歴書も職務経歴書も、直前に一緒に印刷し、写真も綺麗に貼り、綺麗に折って封筒に入れるなりします。私の場合は、面接の時に直接渡すようになっていたので、折らずに綺麗なA4の透明クリアケースに入れて、そのまま渡しました。郵便で事前に送付するならともかく、直接手渡しするのにわざわざ折る必要がないのと、面接官が折られた履歴書を開くムダを省いたのです。ちなみに採用が決まり人事部が保管するときも、A4サイズなら折りたたんで保管はしません。

整然と書かれた(印刷された)履歴書や職務経歴書を渡され、手に取ると、インクの香りがほのかにたつというのは、いかにも新鮮であり、なによりも応募者の真剣さが伝わります。

そして面接の際に見られる履歴書や経歴書ですが、強調すべき点は応募先によって変えることを上記で書きましたが、当然ながら事実だけを書いて、質問されたときに自信をもって応えられることが必要です。

趣味に読書と書いておいて、最近読んでいる本はなに?と聞かれて「えーーと」と長考してしまうようだと「信用がおけない」と思われますし、最初に頭に思い浮かんだ漫画のタイトルをあげたりすれば、苦笑されてそれでお終いでしょう。

また面接にいく会社のWebサイトを事前にしっかり見て、業種や事業内容、規模、主な拠点、社員数等は知っておくべきです。さらにはその会社のライバルや業界での位置(業界第何位とか)まで調べておくことです。

私の場合は、再就職活動中の何社か目で、ようやくこの会社に入りたいと強く思ったので、会社概要と業務内容の項を印刷して面接の直前まで眺めていました。ついでに、その会社の採用ページでリンク切れを発見していたので、その点も面接の終わりに伝えました。その会社には結果採用されましたので「生意気な応募者」とは思われず、逆に毎日何名も面接をする中で、相手の印象に残ったことは確かでしょう。

それなのに、面接官からなにか質問は?と聞かれ、会社概要に書かれているのに「社員さんは全部で何名ぐらいいるのですか?」とか、業界ではトップから大きく離された2位なのに「業界のリーディングカンパニーの貴社は・・・」とか平気で聞く人がいます。いかにもなにも調べていないし、やる気も感じられないと思われてしまいます。

あと履歴書のテンプレートですが、ネットで探せばいくらでもありますが、会員登録しなければならなかったりするのもありますので自分にあったものを探してください。

例えば、私は関係者でもなんでもありませんが、ネット系コンサルティング会社の株式会社DYMが運営している「履歴書の書き方と履歴書のダウンロード講座」というサイトでは、登録せずともWordの履歴書や職経歴書テンプレートがダウンロードできます(2012年1月現在確認済み ダウンロードおよび利用は自己責任で)。

まだまだ雇用状況は厳しさが続くものと予想されています。例えば希望する業界や職種以外に活路を求めるなど、思い切った発想の転換も必要かも知れません。私自身、今も決して安住の地にいるわけでもなく、特に年齢を重ねるたびに働くことの厳しさを肌で感じています。

少しでも多くの方が、努力と工夫により、自分が気に入った仕事に就き、そして賃金が得られますよう、心より願っています。

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年賀状不要論への反論 2012/1/25(水)

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書籍にも似たタイトルのものがありますが「やめることから始めよう」という題がついたある記事の中に、「意味のないやめるべきこと」の一例として「年賀状のやり取り」というのがありました。

その筆者にとっては「新年の挨拶として大切ではあるが、その後1年間に送った人とどれくらいやり取りしたり、会ったりしただろうか。意味がないと思える人に送るのは、やめたほうがいい。」とバッサリ切り捨てています。

おいおい、それは全然違ってるぞ!と思わず反論です。

ここで筆者が記事に書いている「意味のない年賀状のやり取り」とはなにか?ということですが、前後をみてみると、「その後1年間に送った人とどれくらいやり取りしたり、会ったりしただろうか」=「会わない人には送っても意味がない」と言いたいようです。

ちなみに筆者は某コンサルティング系企業の社長さんですが、私個人的に言えば、こういう根源的な過ちを平気で公言する社長がやっている会社とは絶対に付き合いたくないものです。

私は「頻繁にやり取りしたり、会ったりする相手だから年賀状を送る」なんてことは、社会人になってから一度も考えたことがありません。確かにそういう人も少数ながらいますが、多くは、1年のうちに滅多に顔を合わせることのない人や、もう何年も会っていない人に対し、ご無沙汰のお詫び、近況の報告、新年のご挨拶として送ります。そういう相手だからこそ年賀状が最大限にいいのです。普段会える人には会って挨拶すればいいのです。

ずっと会っていない、会えないからこそ、例え虚礼と言われても1年に一度の年賀状を出すべきであり、それが過去に恩や縁のあった人に対しての最低限の礼儀ではないでしょうか。またそうして1年に一度ぐらいは様子伺いをしておかないと、その方の安否や、今どのような状態、環境にいるかもわからなくなってしまいます。

いつでも顔を合わせる会社の同僚や上司などは、否応にも会社が始まれば、直接新年の挨拶をおこないますので、年賀状は不要でしょう。それこそあまり出す意味がありません。

そうではなく、法事の時にしか会わない遠い親戚や、遠く離れて暮らす兄弟、学校時代の恩師や同級生(小・中・高・大)、元勤めていた会社の同僚や当時お世話になった方々など、それだけでも普通ならすぐに50〜100人ぐらいに達するでしょう。私の場合は、そういう方が9割で現在の仕事関係は別にして約70〜90枚ぐらいを毎年出しています。それこそ仕事関係で出すのは年々減ってきて(減らして)今では10枚程度で、合計100枚程度です。

よく定年になって会社を退職した途端、年賀状の枚数が激減してガックリ落ち込むという話題が面白おかしく伝えられますが、その原因は現在の勤め先関係、つまりは上記記事の筆者が意味があると思っているらしい「やり取りしたり、会ったりする人」ばかりの年賀状だから起きることです。

そしてここが大事なのですが、年1回の個人の年賀状は、昔は苦心して毎年干支の絵を芋版やゴム版に彫って、宛名書き含めすべて手書きで1枚1枚作っていたものですが、最近はパソコンと年賀状ソフトとカラープリンターで簡単に作れてしまいますので、せめて一枚一枚自分の近況や、相手を気遣うひと言を手書きで添えるのが重要なポイントです。それができるのは(やる気が起きるのは)せいぜい100〜150枚程度まででしょう。

私の知人の中には、毎年800枚ぐらいの個人宛の年賀状を出したりもらったりしていることを自慢気に語る人もいますが、それだけの数だと、業者で印刷して、形式上送るだけになってしまっているでしょう。そういうのはどうかと思います。もらった側も、印刷だけの他のDMと同じでほとんど記憶に残らずポイでしょう。

やっぱりもらって嬉しい年賀状は、どんなに美しい写真よりも、お金をかけて印刷されたものよりも、「自分あてて書かれたひと言」です。効率ばかりを求めるデジタル社会の弊害なのか、そういった気遣いの重要性を考えなくなった人が増えて残念でなりません。

あと、10数年前頃から始まった電子メールで送られてきて、ネット上で見るネット(Web)年賀状というのがありますが、私は物珍しかった初期の頃は別として、ここ数年それをもらってもそれらを開いた(クリックした)ことがありません。

だってその人の温かさや思いやり、人柄というものが感じられず、逆に無機質な汎用デザインで興ざめしてしまい、とても寒々と感じるからです。年のせいだと言ってしまえばその通りかもしれません。

そして送った相手から、それを見てくれたかどうかがわかるらしく、たまに「ネット年賀状を送ったのに、開いてくれない」とクレームを寄越す人がいますが、そんなものを送られるほうが迷惑だと思っているので、特に相手にしません。

個人でも会社関係でも同じですが、せっかく年賀状を送るのならば、滅多に会うことのできない人に、そして必ず自分の近況や相手や相手のことを気遣うひと言を添えて送りましょう。その効果はアナログ的かもしれませんが、きっと将来自分の大きな財産となっていきます。


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仕事を引退する時、貯蓄はいくら必要か 2012/1/28(土)

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高齢化社会という言葉はすでに耳タコになっていますが、その高齢者は裕福なのか?と問うと、60歳以上の高齢化世帯は平均貯蓄額が2000万円を超えている(平成22年調査)ということを過去に何度か書きましたが、実際には何億円と貯蓄を持っている人もいれば、貯蓄はゼロと言う人も当然いますので、答えは人によるというのが実際のところでしょう。

一般的に格差社会と言えば「若者の正規社員と非正規社員の所得格差」のように思われがちですが、高齢者の年金支給額や、貯蓄や不動産など保有資産からなる高齢者の貯蓄・資産格差も実はものすごく大きいのです。

下記のグラフは平成22年(2010年)の総務省家計調査のデータを加工して作ってみたものです。まず貯蓄額別世帯主年齢割合を40代、50代、60代、70代以上で比べてみました。




これでわかるのは、60代になると急に貯蓄額が膨れあがります。これは60代以上の多くの人が、退職金をもらったことによるものと推測できます。しかし実際にはこの数千万円の退職金は、今や一部の大企業か公務員に限定されつつあります。現在50代以下の人達が定年に達した時、果たして数千万円の退職金を受け取れるのかは微妙なところです。

次にデータは同じものですが、年代別貯蓄額でその割合を比べてみます。



これを見ると60代以上の40%以上が2000万円以上の貯蓄があり「60代以上の平均貯蓄額は2000万円を超えている」というのがよくわかります。ちなみに40代で2000万円以上の貯蓄があるのは16%、50代では27%です。定年前の50代でも4世帯のうち1世帯は2000万円以上の貯蓄があるんですね。これはちょっと驚きです。

最後に、その貯蓄額を定年前の50代と、概ね退職金を得たと思える60代で円グラフにして比べてみました。



これでわかるのは、50代と60代とを比較して、1000万円以上の貯蓄を持つ世帯が、37%から50%に増えていることです。つまりこの増えた13%の人達は1000万円以上の退職金をもらえた人ではないかと推定できます。

もちろん退職金をすべて住宅ローンの残金返済に充てたので貯蓄額は増えなかったとか、一度ではなく退職年金として毎月少しずつ支払われるとか言う人もいるでしょう。そういう世帯を含めても、1千万円以上のまとまった退職金が支払われるのが全体のせいぜい20数%かと思うと、意外と少ない気がします。

さらに現在50代の人は、好む好まざるに関わらず、終身雇用制度の破壊者でもあり、転職ブームの火付け役で、30〜40代に一度以上転職をしている人が結構多くいます。その場合、転職先で役員にでもなっていない限り、退職金を数千万円受け取ることができるということはないでしょう。

さてタイトルの「老後のためにはいくら必要か?」ということですが、ある試算では夫のリタイア後、60歳の夫婦二人が平均余命(男性21.7年、女性27.1年)まで生きる前提で、質素な暮らしをするにしても約3000万円の貯蓄が公的年金はとは別に必要ということです。

今になって思うと60歳で3000万円の預貯金なんてあり得ないとも思えてきますが、これには通常の毎日の生活費の他、住宅ローンの残り費用700万円、趣味余暇費用500万円(27年分)、子供への援助(結婚や住宅購入)費用400万円、自動車関連費用400万円、住宅リフォーム費用500万円、医療介護費用300万円などが含まれます。

もし、引退後に住宅ローンが終わっていると700万円、自動車を持っていなければその代わりの交通費用(タクシー代とか)を差し引いたとしても約300万円が不要となり、これで引退後に必要な貯蓄は2000万円です。

細かく見ると、夫婦二人世帯の平均的な1カ月の生活費は25万円が必要とされています。仮に厚生年金で夫婦に毎月20万円が支給されるとすると、不足の毎月5万円を貯金から取り崩すことになります。5万円×12カ月×25年=1500万円となります。それ以外に一時的に発生する、自宅の修繕、リフォーム費用、家具や家電の買い替え費用、医療費、子供や孫への贈答や資金援助などを足すと2000万円は最低必要ということになります。

もし生前にお墓を建てたり、葬式費用を準備しておこうと考えると、さらに500〜1000万円(お墓の立地による)が別に必要です。そう考えると私は鳥葬か水葬で結構と遺言残したくなります(日本では死体遺棄罪または死体損壊罪になります)。

持ち家でなく借家の場合は、住宅ローンの残債やリフォーム費用、固定資産税は不要ですが、平均でならすとそれらを上回る家賃負担が死ぬまで毎月のしかかります。その対策としては、子育てが終わればできるだけ子供を早く家から追い出して、速やかに年金生活に入っても余裕のある安い借家に移り、その浮いた分を貯蓄に回しておくという工夫が必要そうです。

ただ安いからと古いアパートに引っ越すと、入居後数年で建て替えのため追い出される可能性があります。そうなるとまた慣れない新しい土地へ引っ越して生活することになり、さらには高齢者だけの入居を嫌がるオーナーがいたりと苦労しますから、終の棲家探しは慎重におこなわなければなりません。

地域医療や日々の生活のことを考えると、安住の地は財政破綻のリスクが少ない市町村に限りますが、地方都市の安い家賃の住宅へ引っ越すのもありかも知れません。ただその場合、都市部と比べると医療、介護、買い物、娯楽などに不便な思いをするかもしれません。

一時期はリタイア後は物価の安いアジアの発展途上国へ移住すれば、年金でリッチな生活が送れるというブームがあり、今また円高の恩恵でそれが注目されていますが、高齢者にとって語学はもちろんのこと、治安や医療、季候、住環境、食生活、近所付き合い、娯楽などの面で、若い頃のような行動力や環境順応性が落ちてきますので実際は厳しそうです。

それにしても引退後の無収入生活への準備には思わぬ大金がかかるものです。高齢に近づくと人はみな一生懸命に貯蓄に励むのもわかります。私は贅沢しなければ年金だけで最期まで大丈夫だろうと甘くみていました。その頼みの年金も近い将来下がる懸念もあります。例え給付額が下がらなくても、物価が大きく上がったり、消費税や医療費が上がれば実質的に年金が下がるのと同じことになります。

高齢者の貯蓄額格差に戻ると、60歳代世帯で、貯蓄額が1000万円未満だと、上記の見立て通り、老後の行く末はかなり厳しいことになり、その割合は全体の37%の世帯です。一方試算でまずまずの生活ができる3000万円以上の貯蓄を持っている人は26%です。

こうしてみると、従来のように親から子供へ住宅購入資金や結婚資金などを援助したり、悠々自適に夫婦で海外旅行へ出掛けられそうな人達は、全体の20〜30%だけで、残りの7〜8割の高齢者世帯は、ひたすら余計なお金を使わないように、また病気に罹って医療費が増えないようにし、節約節約の耐乏生活に縛られてしまいそうです。

住宅ローンが終わった不動産を持っている人は、最悪それを売ってお金に換えることができます。しかしこれから人口が減少していく中で、郊外の住宅地では買った値段以上で売れることはなく、逆に建物は相当に老朽していますので買い手も付かず、よくて半分となり、結局は二束三文で叩き売るよりは、リフォームしながら不便でも住み続けた方がマシということになりそうです。借り家と比べ持ち家の投資効果はどうだったのか?と考えるところです。


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