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リストラ日記アーカイブ 2012年10月

読みやすいようにアーカイブは昇順(上から古いもの順)に並べ替えました。上から下へお読みください。

日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

646 9月後半の読書 2012/10/3(水)
647 決して他人事ではないので、認知症高齢者患者の急増が気になる 2012/10/6(土)
648 零細、ベンチャー向け助成制度 2012/10/10(水)
649 改正高年齢者雇用安定法 2012/10/13(土)
650 10月前半の読書 2012/10/17(水)
651 冷静でいられることの大切さ 2012/10/20(土)
652 手のひらにできた異物 2012/10/24(水)
653 小売ビジネスはどこへいくのか 2012/10/27(土)
654 障がいを持つ身と優先席 2012/10/31(水)



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9月後半の読書 2012/10/3(水)

646
マッチメイク (講談社文庫) 不知火 京介

この小説「マッチメイク」は不知火京介氏のデビュー作品で、2003年第49回江戸川乱歩賞を受賞しています。この作家さんの作品を読むのはこれが最初です。

作品のタイトルのマッチメイクとは、プロレスの興業において、対戦するレスラーとその試合の流れを事前に考えて作ることを言うそうですが、それを八百長だとか言ってはいけません。あれはあくまでエンターテインメントなのですから。

初めて読む作家さんの小説は、自分にとって当たり外れの揺れ幅が大きいので慎重にならざるを得ませんが、食わず嫌いで終わるのももったいないので、できるだけ幅を広げて、意識して多くの作家さんの本を読むようにしています。

ストーリーは大阪のプロレス団体に加入したばかりの山田君が主人公で、周りの曰くがありそうな先輩や同僚達の中に混ざって成長していく姿が描かれています。

と言っても青春ドラマではなく、入門後と言っても組織は会社なので入社後、国会議員でもあるベテランレスラーの社長が試合中に不審死を遂げてしまいます。警察の調べでは自殺との結論ですが、主人公始めそれを信じる人は少なく、誰がどうして社長を謀殺する必要があったのか?誰ならそれができたのか?と謎を追いかけていきます。

そのようなミステリー小説ではありますが、プロレスの世界の内輪話も豊富で、あまり興味のない人でも「へぇそうなんだ」と妙に納得できることも多く、楽しく読めます。

小説を読む醍醐味は、私の場合、このようにまったく知らない世界のことをのぞくことができるということにもあります。ある時は刑務所の中だったり、敏腕刑事だったり、ベンチャー企業の社長だったりします。この小説では今まで知らなかったプロレスの世界と、レスラー達が日頃どうやって肉体を作っていくのかなどが面白く読めます。

プロレスの世界というのは、属人的で、体育会系のノリというのは想像できますが、さらに外国武者修行から帰ってきたレスラーや、外人レスラーが多いので意外と国際的だったりします。また柔道や相撲などの格闘技出身者が多いかと言えば決してそれだけではなく、身体と腕っ節が強くて筋肉質であれば、あとは技を磨いていけば、柔道のメダリストに対しても渡り合えそうです。もちろんエンタメですからスター性がなければ魅力あるレスラーにはなれませんが。


あなたに逢えてよかった (角川文庫) 新堂冬樹

1998年頃から数多くの作品がでていて書店の平積みでもよく見かけるのですが、著者の小説を読むのはこれが初めてです。この作家さん、闇金など裏の世界を描く時(黒・新堂)と、甘く切ない恋愛小説を書く時(白・新堂)と、極端に対称的だそうです。この作品は2006年に初出の小説で、白・新堂作品です。

主人公は紅茶専門店で働く若い女性。えらく甘ったるいなぁと思いつつ読み進めていけば、やっぱり甘ったるい。これはたぶん夢見がちな女性に向けて書かれた小説なのでしょうが、こうも甘いと辛口のおじさんはだんだんと腹が立ってきます。

でも主人公が見つけた理想の男性が、不治の病にかかりはじめてきた時には、「世界の中心で、愛をさけぶ」の男女を入れ替えたようなものかと納得も。

とにかくもう縁がなくなったおっさんがラブロマンスを読むときには、なにも考えずに淡々と文字だけを追っていくのがよさそうです。

この小説でテーマのひとつになっている認知症ですが、後日ブログにも書こうと資料を集めていたところで、なんでもすでに65歳以上で300万人を超える患者がいて、それは65歳以上人口の10%にのぼるということです。今後さらにこの高齢化が加速するわけですから、13年後の2025年には470万人(65歳以上の13%、全人口の4%)がこの認知症に罹るだろうという凄まじいものです。こうなるともう完全に癌や成人病と同様の国民病と言えるのかもしれません。

もうひとつ出てくるテーマとして主人公がこだわっている紅茶のおいしい飲み方や、うんちく話しがこの小説では楽しめます。無教養な私は「オレンジペコ」というのは「ダージリン」などと同様、紅茶の種類かと思っていたら全然違い、茶葉の大きさを表す等級区だったことをこの本で初めて知ったりと、宮本輝氏の小説同様、雑学にも役立ちそうです。


取引 (講談社文庫) 真保裕一

真保裕一氏の小説はすでに5〜6冊は読んでいますが、この「取引」はデビュー作「連鎖」(1991年)のすぐ後1992年に刊行された第二作目の作品です。そしてこの二作品や「密告」「震源」「天使の報酬」などは主人公が公務員なので、「小役人シリーズ」と呼ばれているそうです。

この「取引」では公正取引委員会の審査官が主人公です。この審査官が正義感が強く、上司に楯突いて不正を暴こうとしたところ、利権に巣くう組織から罠にはめられるところから非常に長い670ページの物語がスタートします。

とにかくでかくて重い、電車で片手で持ちながら読んでいると結構腕が疲れます。2010年の芥川賞作品の西村賢太氏著「苦役列車」など200ページもありませんから、その3倍以上ある小説です。かと言ってすぐに二冊三冊に分けてしまうとそれだけでトータルが高くなってしまいますから、読者としては痛し痒しのところがあります。

私が最初に真保氏の作品を読んだのが「ホワイトアウト」で、2000年には織田裕二主演で映画化され大ヒットしました。実はこの作品を読んでから映画を見たのですが、正直に言ってこの作品に関しては映画のほうがずっとよかったという印象を持ちました。

というのも、このような雪の中の巨大なダムという壮大な自然を文章で表すのは難しく、それよりも映像でドカッと見せるのがずっとダイレクトに頭の中に入ってきます。この映画の脚本にも著者は関わり、オリジナルを大事にしながら、かつ、織田と佐藤浩市の二大俳優の対決をエンタテインメントとしてわかりやすくうまく作ってありました。それ以来、「アマルフィ 女神の報酬」や「アンダルシア 女神の報復」など真保映画には織田裕二がベストマッチしていくことになります。


ロマンス 柳広司

2011年に発刊されたこの「ロマンス」は著者お得意の日本近代史ロマン的作品です。舞台は中国進出が始まった太平洋戦争の前、まだ外国人が珍しかった頃に、クオータの青年が様々な事情で公爵の地位にあり、友人のやはり公爵で軍人と殺人事件に巻き込まれるというミステリー小説です。

当然にタイトルになっているロマンスが深く関わってくるのですが、どちらかといえば、時代を反映してか色っぽい話しではなく、退廃的でありながらも純愛を貫き通すというイメージの作品です。

う〜ん、、、「ジョーカー・ゲーム」や「トーキョー・プリズン」「新世界」などと比べると、ストーリー的には面白味に欠けるかなぁという感想です。しかしこの時代のうんちくというか風俗や生活のことについては驚くべきよく調べて書かれている印象です。比較的まだ若い作家さんなのにその点は評価点は高いです。

柳広司氏と言えば陸軍スパイもののD機関シリーズが有名ですが、シリーズ2作目の「ダブル・ジョーカー」(2009年)がこのほどようやく文庫化されたようなので、今度買ってこようかと思っています。


サラリーマンは2度破産する (朝日新書) 藤川太

ま、よくある釣りタイトルの新書だからと軽くみて読み始めたら、だんだんと背筋が寒くなってきました。

もうよく知られているように、自分のライフプランを作ってみると、家を買って子供の教育費の負担が増す頃、第1の破産状態に陥ることになり、さらに老後、年金しか収入がない人はふたりで3千万円ぐらいの預金でもないと、80歳ぐらいで破産しますよーという内容のものです。わかっちゃいるけど、もうどうしようもない。

親の遺産でもがっぽりある人でないと、例え住宅ローンがなくても退職するまでに数千万円を蓄えられている人って、現役世代ではそう多くないような気がします。つまり逃げ切ったと言われる団塊世代までならば、退職金もそれなりに支払われたでしょうし、60歳から満額年金支給されます。

しかしいま50代の人はほとんど60歳から年金支給はされないのと、退職金も大手優良企業勤務以外では、大幅にカットされたり、転職後の退職金はほとんど出なかったりと、散々な状況です。さらに希望退職などという甘い誘いで50歳代でやめちゃった人は、その後の再就職もほぼ絶望的なので、もらった割り増し退職金や雇用保険給付金を年金支給される前にほとんど使ってしまうことになります。

ならば、賢い人はどうするのか?というところまで一応書かれていますが、その内容については、おおよそ他の人生設計本などとそう変わるものではありません。つまり「貯めよ殖やせよ見直せよ、そして身体が動く限り働き続けよ」です。

これを読んでいて気になったのは、自宅を保有する人と、借家住まいの人で、典型的な例がひとつ示されているだけで、その差がわかりにくいです。比較も3000万円のマンション購入と11万円の賃貸の比較ですが、いくつかの賃貸と購入を繰り返してきた私に言わせると、3000万円のマンションと11万円の賃貸では平等な比較ではありません。

それに購入派には住宅ローン以外の費用(修繕費、税金など)があると書いてありますが、賃貸にも当然それらは大家さんや不動産会社が手数料を上乗せして賃借人に負担させているだけで、それらが免除されているわけではありません(通常は賃料にその分が含まれる)。通常賃貸マンションは分譲用のそれと比較すると壁や床は薄く、耐震性が劣り、都市部なら専用駐車場はなく、内装備品は安物です。3000万円の分譲マンションと同等の耐震性、快適性、専用格安駐車場利用などのメリットを考え合わせると、賃貸なら13〜15万円は必要でしょう。

また夫婦に子供がいるかいないか、老後にその子供に支援を受けられるかどうかにも変わってきます。自宅を購入するために多額の資金を投資した場合と、子供に高等学校へ通わせて教育に投資した場合、それらによって得られる恩恵は少なからずあるはずです。

子供も一人より二人、二人より三人で変わってきます。古くなった持ち家の修繕やリフォームも、もし同居して働いている子供がいれば子供が負担するのが普通です。介護費用も全部とはいわないまでも子供が負担するケースがあるでしょう。しかしDINKSで高級賃貸マンションで優雅に生活をエンジョイしてきた夫婦にはそういう恩恵はありません。

いえ、別に子供に養ってもらいたいと個人的な希望を言っているのではなく、子供が年取った親の面倒を見るというのは今までの日本では普通におこなわれてきたことです。最近では親の年金をニートの子供が使ったりする逆転現象も起きていますが、それは普通ではないでしょう。

もし土地付き一戸建てを持っていれば、一時期より不動産価格が安くなってきたとはいえ最終的にはそれを担保にお金を借りたり、売って安い地方のアパートへ引っ越すことも可能です。その分をずっと賃貸に住み続けてきた人が現金預金として持っているのか?という比較にもなります。

この住宅を取得すべきか借りるべきかや、生命保険の見直し、投資の3点について詳しく触れられていますので、ライフプランの入り口程度のことを知りたい人には最適です。もっと細かく自分の生活に合ったライフプランを作成したいなら、どうぞ有料のサービスへとお約束の新書の流れです。

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決して他人事ではないので、認知症高齢者患者の急増が気になる 2012/10/6(土)

647
認知症高齢者、305万人=予想上回る増加―厚労省推計(時事通信)
厚生労働省は24日、2012年の認知症高齢者が推計で305万人に上ると発表した。65歳以上人口の約10%を占める。従来の予想を上回るペースの増加で、20年には400万人を超える見通しだ。
10年9月の要介護認定に関するデータを基に推計し直した結果、10年ですでに280万人と予想の1.35倍となっていたことが判明。15年で345万人、20年で410万人、25年で470万人に達するという。

65歳以上で10%、10人に一人がかかると言うことは、大ざっぱに言うと高齢者がいる世帯の5世帯に1世帯は認知症患者を抱えているということになります。これがさらに13年後の2025年には65歳以上の高齢者人口3635万人のうち470万人(13%)が認知症にかかると想定され、減少していく日本の総人口(1億1900万人)の約4%に相当します。なお罹患者の9割は65歳以上ということです。なぜ認知症罹患率が高くなるかというのは単に現在65歳前後に達した団塊世代が13年後には70代後半に達し、より罹りやすくなるからです。

これだけ罹患者が多くなるともう国民病と言えるのかもしれません。しかもこの病気は、完全看護が必要な寝たきりの患者もいれば、誰かが24時間ずっと監視をしていないと、徘徊してしまう恐れがある患者までいます。それを考えると認知症患者を抱えた家族や、介護者はたいへんです。

特に家族に認知症患者があると、老夫婦二人きりの場合は体力的に厳しい老老介護、同居の子供がいれば、その子供は多くの場合24時間介護のため働くことができず、親の年金だけが頼りということになってしまいます。

親が死亡したあと、40歳を過ぎてから再び働きに出ようとしてもこのご時世ではそう簡単には職にありつけず、結局は生活保護など貧困生活に入ってしまうということも懸念されます。あと子供が未婚であれば、認知症の親を抱えていてはまず結婚もできないという状態です。

誤解を恐れずに言うと、認知症は現在の医療技術では治療して完治する病気ではないので、一度発症してしまうと、あとは悪くなっていく一方です。またそれ自体が死に直結する致命傷ではないので案外長生きします。

そして本人にまもともな状況判断ができないので、延命治療を断っての尊厳死は期待できず、結局はたいへん長期にわたっての療養と介護が必要になります。その点が癌のようにある程度の余命(=介護期間)がわかる病気と大きく違うところです。

一般的な症状は「幻覚・妄想、徘徊、異常な食行動(異食症)、睡眠障害、抑うつ、不安・焦燥、暴言・暴力(蹴る、叩く、噛み付く、暴れる)、性的羞恥心の低下(異性に対する卑猥な発言の頻出など)、時間感覚の失調、など。(Wikipedia)」です。

体力のある男性が発症した場合、家族や介護者に暴力をふるうこともあり、また男女問わずお世話をしてもらいながら家族や介護者に暴言や悪態をつき、肉体的、精神的な大きな危険と負担を負うことになります。

すでにあちこちで老老介護で疲れた夫婦が相手を殺したり心中が起きたりしています。そのような悲劇が今後少しでも減るように、国の社会保障サービスにおいて予防するとともに、治療法や特効薬、抑制薬の開発、承認を急いでもらいたいものです。またそれと同時に、心のケアというか心理学的なアプローチで介護の負担を少しでも減らせるような対処法も開発して欲しいものです。

いずれ、この日本で起きることは、高齢化が進む中国やその他の国でも起きることです。国や自治体任せではなく、日本の企業にとっては絶好のビジネスチャンスでもあり、医療技術については将来の日本の基幹産業として育っていく可能性もあります。

日本がいま投資をおこなわないといけないのは、農村部への補助金でもなければ、輸出企業への補助金でもなく、また新幹線や高速道路など公共事業でもありません。今後国内では少なくとも30〜40年間は高齢化し、日本以外でも多くの国でやはり同じ道を歩むことになります。いまこそ国は先端企業と連携し、総力を挙げて老人医療、老人ケア、高度医療システムを本気で取り組みべきではないでしょうか。


     

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零細、ベンチャー向け助成制度 2012/10/10(水)

648
経済産業省がベンチャー企業や個人事業者などを増やそうと助成制度を始めるそうです。

中小企業経営力強化支援法について(PDF)

日経新聞記事によると、
 ・来年度から1社当たり数百万円の小口助成制度を創設
 ・5年間で1万社を支援目標
 ・事業は小規模なIT関連、子育て支援、介護、食品販売などで地元密着型企業を想定
 ・海外市場開拓を目指す中小企業向けには数千万円の助成制度
 ・受ける条件は事業計画作成時から税理士や銀行など起業専門家の支援を受けること

と言うものです。

どうなんでしょうかねぇ。

いや、団塊世代を中心として引退した高齢者の中でまだまだ元気だという人や、リストラにあって再就職の見込みがない中高年者に対して、起業を勧め、背中を押そうというのはよくわかります。そういう人達に働いてもらうことで新たな雇用を生み出し、税金も払ってもらえるなら国にとっては一石二鳥です。

また子育てや介護のため時間に制約がありながらも働きたいと思っている女性の活用として、パートやアルバイトだけでなく、経験を生かしたことで自宅や近所でできる仕事の起業を促そうというのもよくわかります。

でもねぇ、、、

そういう個人事業で成功する人って、こうした中途半端な助成制度がなくてもちゃんとやっていくでしょうし、年齢や経験を考えるとまともに再就職ができない人や、責任のない扶養者控除内で働くパートで満足しているような人が、営業活動から経理まですべて自分でおこなわなければならないようなより厳しい個人事業を起こせるのか?って根本的な問題もあるような。厳しいこと書きますが。

それに5年間で1万社を目標とはまた大きく出ましたねぇ、、、その前に例え起業できてもそれが1年間持ちますかねぇ、、、

5年間のあいだに毎1年ごとに2000社ずつ起業しても現実的にその9割が1年未満、残った企業の9割が3年未満でつぶれると仮定すると、5年後には260社、7年後には100社しか残っていないことになります。それでも実態からすると多いほうかな。

事業計画を作成するところから専門家の手を借りなければならない助成を受け、それで起業ができたとしても、その後成功に結びつく人が果たしてどれほどいるのかなと。宝くじを買ったほうが確率は高いような気もします。

いやいや、やってみなければ何事もわかりませんよって?そうですか。

助成金は国民みなさんの血税ですから、お役人にとっては銀行や起業を支援する企業に特需の恩を売っておいても損はないし、例え起業が失敗しても自分の懐が痛むわけでもなければ、すべては創業者の責任なので支援企業の名に傷がつくわけでもないし。たかが1万社×500万円として500億円ですから。

放漫経営で傾いたJALの支援に3500億円、東電には1兆円以上の公的支援がおこなわれるぐらいですから500億円なんて小さい小さい。というわけで。

そんなことをするよりもそのお金で、起業したい人に事業計画などを提出させ、審査が通過したらその会社の株式を国が買ってあげることで支援するいわゆる「国営インキュベーター」となるべきじゃないかな。

事業計画の審査員には事業経験もない役人や学者ではなく、現役の実業家などにボランティアで参加してもらい、国がベンチャーを金銭面で直接支援し、経営には口を挟まず、将来IPOしたときには国が投資した分のキャピタルゲインを得るという仕組み。2年で5000社へ各1千万円の無条件投資が目標。締めて500億円。どうよ。

ま、99.9%は投資したものは回収できないでしょうけど、その中から数社でもIPOを果たせばめでたく投資のかなりの部分が回収できそうです。どうせお金をばらまくならならば、よれよれの銀行などにばらまくのではなく、そういうところに真水のお金をばらまいてもらいたいものです。


     


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改正高年齢者雇用安定法 2012/10/13(土)

649
60歳定年を迎えた社員のうち、希望者全員の65歳までの継続雇用制度の導入を企業に義務付ける「改正高年齢者雇用安定法」が成立し、2013年4月から施行されることが決まりました。

従来の高年齢者雇用安定法でも65歳までの雇用を促進すべきという努力義務の法律でしたが、雇い主側が雇用継続する人を選別できるというザル法でしたが、それができなくなり、雇用延長を希望する人を原則全員雇わなければならなくなりました。

但し誤解をしてはいけないのが、これは60歳までの正社員の身分のまま定年延長を強制するものではなく、あくまでも「雇用延長」となります。つまりほとんどの場合は60歳でいったん定年退職し、その後同じ企業に(契約社員等として)再雇用されるというパターンになりそうです(一部には定年延長をする企業もあります)。同じ場所の同じ仕事でという縛りもないので、仕事や職場がガラリと変わることもありそうです。

その他、再雇用された場合、雇用条件でなにが違ってくるかといえば、「正社員ではなく1年契約の契約社員」、「給料などが新たな契約社員として大幅ダウンする」、「勤務態度がよくなかったり健康上に問題があるなどを理由として雇用延長を断られるケースがある」といったところでしょう。

もっぱらこの法案には企業側が猛反対してきました。その理由として「社内の年齢バランスが崩れる」「高齢者を雇い続けると若手採用が抑制される」「高齢者が多いと若手のやる気がそがれてしまう」など一見するともっともらしい言い訳ですが、要は企業としては「若くて元気で給料が安く、上司からの命令をハイハイと素直に聞く従業員」が欲しいということです。雇用延長される高齢者の多くはそのどれにも当てはまりませんから、企業からは雇用延長するのを嫌がられるはずです。

でも中高年者には経験と知恵があるじゃないか」って?

現代の経営には一部の熟練を必要とする仕事以外、多くの場合、古びてカビの生えたような経験や知識は不要で、次々と新しいことをチャレンジしてやっていくバイタリティを欲しているのと、経営陣と一部の幹部候補社員以外には方針を決める知恵など不要と思っていますので、経験や知恵だけの高齢者を再雇用するメリットとはなり得ません。せいぜい「幹部が昔お世話になった先輩達に喜んでもらえれば(大手企業)」ぐらいの感覚でしょう。

本来企業側としてはものすごく数の多い団塊世代が65歳を超えて、大幅に人件費抑制ができてきたはずなのですが、80年代後半のバブル時期の大量入社組(現在40代後半)などの高負担を控え、さらに長引く景気低迷もあって、できるだけ早く余計な人材は減らしたい一心というのが伺えます。

一部の大企業の実態では再雇用後の給料は定年直前の約半分で、健康に問題のある人を除き原則雇用延長し、中には70歳まで可能という温情的な企業も出てきました。中高年者を中心に数千人から1万人規模のリストラを発表している大企業もありますので、勤めていた企業によってその扱いに大きな差が出てきているようです。

しかしこればかりはそれぞれ入社した30〜40年前にはわからないことですからねぇ。同じことがいま就活で汗を流している人にも同じことが言えます。終身雇用でも途中で転職するにしても、その何十年先のことなんかなにもわかりません。一種の賭みたいなものですね。

一方ではNTTのように65歳まで雇用を延長する代わりに、30歳代以降の定期昇給を抑え、60歳まで働いていた時と今後65歳まで働く時で支給される総額は同じにするという荒っぽい話しも出てきています。すでに多くの民間企業の給料はここ数年下落していますので、そういう意味ではほぼ公務員的な給与体系を持つNTTのやり方は、結果としてそれと同じことなのかもしれません。

企業経営上の経費でもっとも大きな割合を占めるのが通常は人件費ですから、今後大きな成長が見込まれない業界(つまりほとんどの業界)においてはいかにしてそれを抑制するかが勝負です。収入増ではなく収益増を目指す企業がこれからはデフォルトになるでしょう。

振り返って考えてみると、日本の人口統計や、社会保障制度の傾向を見れば、少なくとも「高齢化社会」になることは20〜30年前からわかっていたことです。それを考慮しないでその場その場で競うかのように人を増やしてきたのは、今ではすっかり安穏とした裕福な生活を送っている70代〜80代のぼんくらな経営者だった人達です。

そういった過去の経営者責任を棚に上げて「雇用延長は企業のコスト負担増大だ!けしからん」と企業を代表する人達が声を上げるというのは、なにか国の政策の失敗や浪費のツケを、「震災復興のため」とか「社会保障拡充のため」とか理由をくっつけて保険料や消費税のアップで穴埋めさせられているのと同根で、結局は割を食う一般庶民にとってはなにか納得できないなぁって気がします。


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10月前半の読書 2012/10/17(水)

650
BRAIN VALLEY(新潮文庫) 上・下 瀬名秀明

 
ちょっと古い1997年発刊(文庫は2000年角川、2005年新潮)のSF小説です。瀬名秀明氏と言えば大学院在学中に書いたというデビュー作「パラサイト・イヴ」(1995年、文庫は1996年)を読んでぶっ飛んでしまったことを思い出します。すごい若手作家が出てきたものだと。同作品は第2回日本ホラー小説大賞に輝き、その後映画、ゲームなど次々と評判を呼びました。この作品はその「パラサイト・イヴ」に次いで書かれた作品です。

テーマは「脳科学」ですが、「パラサイト・イヴ」でも見せたエンタテインメント性が豊かなSF小説です。ただ出てくる用語が馴染みの少ない専門用語が多く、著者も苦労して小学生の子供まで登場させて難解な仕組みをわかりやすく説明したりと工夫の跡が見られます。

その難解さゆえか、それとも終盤の奇想天外な展開が受け入れられなかったのか、あまりヒットはしませんでした。しかし脳科学に興味のある人は様々な実際の研究論文などがいくつも登場し、興味深く読めるでしょう。その点はさすがに大学院で薬学を究めた方です。

内容を書いてみようとジッと考えてみたのですが、それが思うようにいきません。ま、SFの場合は前提条件などからしてどう説明すればいいのか分からないことが多く、短文で説明するのは非常にたいへんです。

そういう時は、それだけはやるまいと決めていたAmazonの内容から抜粋です。
「山奥の最新脳科学総合研究所「ブレインテック」。脳科学者の孝岡は、同研究所所長の北川の指名を受け、この地に赴任する。到着早々に目撃した若い女性の身体から放たれた白い光。が、不思議な体験はそれだけではなかった。孝岡は、エイリアンらしきものに拉致され、生体実験を施されてしまう。しかし、それらの超常現象も、この地で行われている数々の研究も、すべては人類を更なる進化へと導く壮大な計画の一環でしかなかった。人類の根元を司る「脳」に最先端の科学理論で迫り、オカルト現象をはじめ様々な謎を解き明かす究極のサイエンス・フィクション」

はぁ、なるほど、こういうあらすじになるわけですね。確かに「脳科学」という論理的なサイエンスでありながら、超常現象などオカルト的な雰囲気も併せ持ったSFで、医学とオカルトの融合という点で、先駆者として「ジュラシック・パーク」や「NEXT―ネクスト」などのマイケル・クライトンや、「ストレンジャーズ」や「ウォッチャーズ」のディーン・R・クーンツなどを思い浮かべます。


風紋 (双葉文庫) 上・下 乃南アサ

 
この「風紋」は1994年に初出の長編小説です。乃南アサ氏の小説では過去に「暗鬼」(1993年)、「火のみち」(2004年)を読んでいます。直木賞受賞作品の「凍える牙」(1996年)など小説だけでも50作以上出ているので、これからもっと読んでみたい作家さんです。

女性、しかも今や絶滅種に近くなってきた専業主婦が主役の作品は最近は少なくなってきましたが、まだ1994年当時にはそう珍しくはなかったのでしょう。その主役かと思っていた専業主婦が序盤であっけなく殺されてしまい、主役の座は高校生の娘へと変わっていきます。

殺された家族と、殺した側の家族それぞれが苦悩する人間ドラマで、被害者と加害者の家族が、事件が起きてから裁判で決着がつくまでの長いあいだ置かれる立場や心境を描いています。そして家族以外の第三者的な立場として事件に最初から関わる新聞記者が客観的に見つめていきます。

ま、いってみればそれだけなのですが、先日読んだ湊かなえ氏の「夜行観覧車」と同じ匂いのする作品と言ってもいいでしょう。もちろんこちらの作品がずっと先に書かれていますし、展開も全然違ってはいます。

途中から主人公となる女子高校生の姉は、母親が生きている時には、親に反抗し怒鳴り散らす手の付けられない異常性格だったのが、母親が亡くなってからはうってかわってしおらしく家事なども手伝うようになったのはどうも変な感じで納得ができません。

本当ならば、執拗なマスコミの取材攻勢を受け、母親が殺された遠因に自分が二浪生活をして多大な迷惑をかけていたということもあり、本来ならば責任を感じて家を飛び出すか、逆にもっと荒れた生活をおくるのが普通のような気がします。さすがにそこまで拡げてしまうと焦点がぼけると考えたのか、ちょっと物足らなさを感じてしまいました。


ダブル・デュースの対決―スペンサー・シリーズ (ハヤカワ・ミステリ文庫) ロバート・B・パーカー

スペンサーシリーズ第19作目で、1992年の作品です。いつもなら主人公の私立探偵スペンサーが依頼者から捜査や人捜しを頼まれ、当初は単独で動き始め、途中からホークに助っ人を頼むという流れですが、この作品では珍しくホークがテレビ局に勤める友人の女性のためにスラム街団地「ダブル・デュース」で暴力犯罪組織をつぶすため、逆にスペンサーを助っ人に雇うというストーリーです。

スペンサーはホークからこの仕事の手助けを頼まれたとき、報酬は半分と主張しますが、ホークからはそれだけの価値はないと一蹴され三分の一で受けることに。この絶妙感がたまりません。結局は報酬は元々ゼロだったので、半分でも三分の一でも変わりはなかったんですけどね。

この小説に出てくる不良グループのリーダーは、その後「スクール・デイズ」(33作目、2005年)に登場しスペンサーを助けます。私の場合読む順序が逆になってしまったので、その時には知りませんでした。この長いスペンサーシリーズでは過去の事件で登場した人物がよく出てくるので、それもまた楽しみになっています。

恋人スーザンとの関係では、この回でトライアル的にスーザンのアパートで同棲生活を始めますが、結局はうまくいかず元のアパートへ帰ることになります。それは最初から見えていましたけどね。

■スペンサーシリーズ関連過去記事
スペンサーシリーズの読み方(初級者編)
さらばスペンサー!さらばロバート・B・パーカー
ハードボイルド的男臭さ満点小説


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冷静でいられることの大切さ 2012/10/20(土)

651
ビジネスでもプライベートでも相手との交渉の場でついヒートアップし「カッとなる」ことはありませんか?、、、私はよくあります。

一言で言えば「短気」「瞬間湯沸かし器」と片付けられてしまいますが、「短気」な人は逆に「どうしてそれが怒らずにいられるのか?」「鈍感すぎない?」と思っていて「カッとなること」を無意識に正当化をしています。

しかしある時に「短気こそ失敗の元」と理解するようになり、その後はどんなことが起きても自分だけは冷静にいようとできるだけ心掛けてきました。ただ残念ながら今なおそう簡単にカッとなる性格を変えることはできていません。

その「短気こそ失敗の元」が痛切に感じることになったのは、今から20年ほど前のことです。

当時勤務先の会社が仕掛けたある大きなイベントに、ほぼ全社員が来場者誘導や警備にかり出されることになり、私もまったく不慣れな仕事ながらその一員として現場の警備&誘導員として最前線に立ちました。


 (写真は本文とは関係ありません)
想像を超える多くの来場者が集まり、現場は開場前からかなり混乱しはじめ、開場を待つ来場者から次々と「早く入れろ!」「危険な状態を放置するのか!」と不満が出始め、中には無理矢理に閉めているドアに体当たりをする人や、係員に詰め寄って胸ぐらをつかんでくるガラの悪い人まで現れる始末です。

誘導や警備をおこなっていた現場の私たちは、別室にある警備本部と無線を通じて現状を伝えるのですが、本部からは「まだ待て」の指示だけで、集団で理不尽な苦情を言って迫ってくる客にはひたすらお詫びをして、ちょっとしたパニック状態になりました。

その際「本部」へは各所(出入り口は全部で十カ所ほどあり)からパニック寸前の激しい声が届いたはずですが、本部からはいたって冷静な声で「落ち着いて」「予定通りに」としか返答は返ってきません。

最初はそのやたらと落ち着いた声がなんだか無視されバカにされたようで腹立たしかったのですが、後から考えると、もし警備本部が現場の声を聞いてすぐ過剰に反応し、予定にないオープン時間前の開門をおこなったり、予定されていない出入り口から入場をさせたり、乱暴な客に対し強硬な姿勢を見せていたら、おそらくもっと収拾のつかない事態に陥っていた可能性がありました。

その時の全体指示を出す本部要員には確かに私のようなイケイケで短気な社員ではなく、いつも冷静で温厚な、私から見ると普段は「気迫が足りない」「積極性がない」「若いのに落ち着き過ぎている」というメンバーが配置されていて、「ああ、こうした緊迫した状態を収めるにはこのような能力が必要なんだなぁ」と感心し、そういう人選をした上司をあらためて見直しました。

この「カッとなる」短気な性格は人によって程度に差がありますが、これほど無駄で損な性格はありません。それは様々な犯罪で捕まった加害者が使う言い訳に「ついカッとなってしまって」というのが多いことでもわかります。

これも古い話ですが、同じ会社の社員で、普段はおとなしくて真面目な男性が、通勤途中に駅で他の男性客とトラブルを起こし、相手を殴ってしまいました。先に手を出したらしく、その場で傷害容疑の現行犯逮捕されてしまいました。とてもそういうことに巻き込まれるような人ではなかったのですが、おそらくはトラブル相手の言動につい「カッとなってしまって」手が出てしまったのでしょう。

例え相手が一方的に悪いというトラブルでも、先に手を出して怪我をさせてしまうと、立場は一転してこちらが悪者(犯罪者)になってしまいます。中には正当防衛のためというケースがありますが、おそらく一般の人が考えているより、それが完全に認められる基準はそう多くありません。

「電車内で足を強く踏まれて文句を言ったら、逆ギレされうるせえと肩を押された」「その態度に腹が立って肩を突き返そうとしたら偶然に手が顔に当たってしまい相手が鼻血を出した」となると、とても正当防衛とは言えず立派な刑事事件の「傷害罪」となってしまう可能性が大です。興奮したり混乱していて冷静でない時には、得てしてそういう不運なことが起きてしまうのです。

そして怪我をさせてしまった相手の性格が悪く、多額の治療費や慰謝料を請求されたり、和解に応じず長引く刑事裁判の被告に立たされたりと、ちょっとしたきっかけで人生を棒にふってしまうことになる一瞬の短気が起こす悲劇なのです。

満員電車の中では、足を踏んだ、肩が当たった、鞄が当たった、濡れた傘を押しつけたなど、トラブルのタネには事欠きません。これも前述の例のように通常は先にカッとなって手を出したほうが負けですが、トラブルの相手に刺されたり、ホームから線路に突き落とされる事件さえ起きていますから、先に手を出さなければ安心というものでもありませんから難しいものです。

私ももう30年以上満員電車で通勤をしてきましたので、そういう理不尽なトラブルに巻き込まれそうになったことは一度や二度ではありません。自分があきらかに悪いとき(電車が揺れて他人の足を踏んだり、手に持っていた新聞が人の顔や頭に当たったり)したときには、とにかくすぐに詫びる言葉を発すること、逆に誰かに足を踏まれても、下手に相手に文句を言ったり睨まないことがむやみなトラブルを避けるコツでしょう。忍耐が必要でストレスが溜まります。

そしてその他に痴漢えん罪を避けるため、満員電車では女性の後ろには立たないというのも私の中で鉄則です。ある知り合いの銀行員は、遠回りになるのを承知の上で、女子高生が多く乗る電車通勤経路を避けて、別の遠回りのルートで毎日通勤していると言ってました。銀行員にとっては例え最終的にえん罪だと証明されても、痴漢と疑われて取り調べを受けただけで、もうその銀行では将来がなくなってしまう信用第一の職業なのでその予防線なのです。

また、帰りが遅いので、電車内でできあがった酔っぱらいに絡まれることが何度かありました。酔っぱらいが相手では論理や道徳、マナーが通じずにいつも悩まされます。まず近づかないこと、近くに寄ってきたら自ら静かに遠ざかるしか巻き込まれない方法はありません。それは理不尽なことをされたり見たりするとすぐに「カッとなってしまう」自分の性格を知っているからです。酔っぱらいの扱いに慣れている人や、短気でない人はその必要はないでしょうけど、私はそういうことが起きる前に状況を察知し、トラブルから遠ざかることに神経を使います。

タバコは周囲にも迷惑をかけるというので公共の場所では禁煙となっています。では飲酒はどうでしょう。私は何度も酔っぱらいに迷惑をかけられ、嫌な思いをしてきました。一定の酒量を超えた酔っぱらいは、公共の交通に乗るのを規制してもらいたいとずっと思っています。

この種の「イライラ克服」「怒りのマネジメント」本は山とあります。それで困っている人、悩んでいる人が多いんだなぁと実感します。

     


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手のひらにできた異物 2012/10/24(水)

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十数年前から手のひらに小さなしこりができてきて、最初はノートパソコンなどを入れた重い鞄を手で持って歩くことが多かったので、そのタコが拡がってきたのかな?ぐらいにしか思っていたところ、最近では10円玉の大きさ大までスクスクと育っていってしまい、今では掌紋(手相)の一部が大きく引っ張られてしまう事態にまで発展してしまいました(下記写真)。


ピンクのラインの部分が盛り上がってしこりがあります
幸い軽く押しても痛みはほとんどないので、気にしなければ済むのですが、自然に治癒するどころかいまなお日々成長しているようなのと、手をついて体重をかけたり、強く押さえたりすると痛むのでちょっと心配になってきました。

まったく40代から50代にかけては次から次へと身体の変調が起きていくものです。60代70代になるとそれらがもっと顕著に表れてくるでしょうから困ったものです。

ネット情報でいろいろ調べてみると、その病変の候補は2つに絞られました。

よく「ネット情報などに頼らず、すぐに医者に診てもらえ」という意見を聞きますが、私はできるだけ医者には関わらないというのが信条で、やむを得ない時だけ病院へ行くようにしています。

それでなくてもこれだけ高齢者ばかりの国で、ちょっとしたことですぐに病院へ行ったのでは、医者も忙しくて満足な診断ができませんし、受診するには、ばい菌や悪い気が充満した狭い待合室で長時間過ごさなければならず、できれば避けたいところです。

さらに2割の負担と言っても、診察料と薬代だってバカになりません。医療費急増による社会保障費の財源不足も、多くの人が安易に医者にかかり、不要不急なクスリや治療まで保険を使ってきたツケでもあるでしょう。

それに日本人は少し医者を信用しすぎ、頼りすぎているように思います。医者の中には勉強家で素晴らしい人ももちろんいますが、単なる金儲け主義に走っている人や、お金を積んで免許を取得したようなやる気のない不勉強な医者だってもちろんいます。

本来自分の身体のことは自分が一番知っていなければならないはずで、医者に頼るのは詳しい検査が必要な場合、外科手術や専門家のアドバイスがどうしても必要だったり、医師処方の特効薬を得るためだったりに限定すべきです。私はそういう主義です。

で、症状や症例からみて可能性の高いのが、

 1)デュピュイトラン拘縮
 2)ガングリオン(結節腫)


どちらも手や関節にできる病気ですが、違いがいくつかあります。

デュピュイトラン拘縮(Dupuytren拘縮)は手掌腱膜にできた小さなしこりが徐々につながり合って太くなり、ひも状になって縮んで硬化します。しこりができても特に痛みはなく、進行すると指の付け根の関節が曲がったまま、伸ばせなくなる病気です。

わかりやすく言えば、手のひら(特に薬指や小指の付け根から下側)にしこりができて硬化する病気で、たぶんこれの可能性が一番高そうです。

原因は不明で、病気にかかりやすい人は中年男性、白人に多く、日本人にも軽症例は少なくないとのこと。さらに糖尿病患者に多い傾向があり、両手に発生することが多いそうです。できやすい場所は薬指や小指で、5本の指すべてにできたり、足の裏にできたりすることもあるそうです。

私の症状に当てはまるのが「中年男性」「薬指や小指の下で両手のひら」です。今のところ糖尿病の症状は各種検査では出ていませんが、症状からすると一番合致しています。

もうひとつ疑いを持ったガングリオン(ganglion cyst、結節腫)は、若い女性に多く見られ、手足などの関節にできる腫瘍で多くは良性、欧米ではしばしば聖書ダコ(bible bump)と呼ばれているそうです。デュピュイトラン拘縮よりもずっと覚えやすい病名なのでこっちのほうがよかったのですが、可能性は低そうです。

症状として典型的なものは手の甲に生じ、手関節の関節包に繋がっています。その他にできやすい場所としては、手首の手のひら側や指の付け根の腱鞘のあるところだそうです。

「指の付け根の腱鞘のあるところ」に引っかかりましたが、しこりは関節ではなく手のひらなので、こちらはちょっと違うかな。

デュピュイトラン拘縮の治療法は、通常は軽症のまま推移するそうですが、指が曲がってしまうなど日常生活に支障をきたすようになると、皮膚の突っ張りをとる手術(腱膜切除)を行い、手術後は、数週間リハビリや装具療法などの後療法が必要です。

手術の適応は手掌を机につけられるかどうかを試し、浮いてぴったり着かなくなった頃だそうです。第2関節が曲がってきた場合には、早めに手術が必要になります。

まだ今のところは手のひら(手掌)を机にぴったりとくっつけることが可能で、引っ張られて第二関節が曲がるというところまで至っていないので、しばらくは様子見するしかありません。

ガングリオンの場合だと、痛む場合には注射器で中のゼリー状の粘液を吸引するか、手術で切除をするらしいのですが、再発する可能性が高く、その都度吸引か手術を行わなければならないそうです。

どちらも治療するとなるとそれなりにやっかいです。

いずれにしても、日々の投薬や習慣、食事制限などで改善できるような病気ではなさそうなので、病院へ検査に行ったところで、特効薬のようなものはないので、結果「様子見」しかあり得ず、今のところはずっとこの病気とつきあっていくしかなさそうです。


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小売ビジネスはどこへいくのか 2012/10/27(土)

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地方都市へ出掛けると、よくみられる風景として、地元に古くからある商店街はシャッターが降りている店が多く閑散としていて行き交う人の数 も少ない。一方少し郊外へ出た国道のバイパス沿いには、大きなショッピングセンターや全国フランチャイズの大手小売店(衣料品やコンビニ、ドラッグスト ア、レンタルDVDなど)、家電量販店の店が軒を並べてそこそこ賑わっています。

その理由として、まず商店店主の高齢化と跡継ぎ不足によ る個人商店が維持できなくなることに加え、いくつも店を回って買い物するより、ひとつの店(スーパー)で一度に済ませることができる便利さ、定休日などな く、営業時間も長い、さらには大量仕入れによる価格の安さと品切れが少ない豊富な在庫が、それらに対抗できない個人商店を苦しめているわけです。

以上はいま日本各地で起きている象徴的な現象ですが、その次にやってくるのはどういう波でしょうか。

まずひとつめが商品卸売業の衰退です。

数多い小売店ごとに適正な数量と売れ筋商品をうまくコントロールして日本中に流通させてきたのが日本独自に発達した卸売システムでした。メーカーも作った後の心配はしなくとも、とにかく卸売業者の言うままに安く大量生産すれば売れていく時代が確かにありました。

その各種卸売業も今や風前の灯火状態で、大手量販店はメーカーとの直接取引を始め、コンビニチェーン、フランチャイズチェーン店も中抜きをする卸売業をすっ飛ばして、少しでも安く効率よく商品を手に入れようと独自の流通網を構築しています。

そ して卸売業者の力が相対的に弱まると、卸売業から仕入れるしかない個人商店や中小のスーパーマーケットは、仕入れ価格や商品量やその構成など大型店と比べ て優位に立てるはずもありません。今まで卸売業者の言いなりで仕入れをして販売してきた中小零細店の多くは、人口が減少していく中で激しい競争に勝てず、 やがては消えていってしまうのでしょう。

逆に言えば中小零細の小売店でも、自らが考えて独自の仕入れルートを作り、地元の農家などから直接仕入れたり、地域オリジナルの商品を企画して積極的に全国に向けて販売してきたような独創的で個性的な小売店は、ニッチ産業として十分に生き残れる可能性はあります。

次に誰もが想像できる通信販売の急拡大です。

現役時代にITを使いこなす必要があまりなかった今の70歳以上の高齢者や60代以上の女性には、新聞や雑誌、テレビを通じての通販が主でしたが、これからは仕事やプライベートでもPCや携帯電話をガンガン使ってきた巨大な団塊世代前後が高齢者の中心となってきます。

し かもこの高齢者層は比較的裕福で、従来ネット通販の主役だった貧乏な若者と比べるとはるかに巨大なマーケットができあがります。つまりチマチマと月数百円 の課金をする若者向けビジネスから、ひとり一回あたりの購入額が数万円〜数十万円という時代がすぐそこまでやってきています。

高齢者も今まで小売店で買って、それを自分で持ち帰っていたものを、自宅まで運んでくれるネット通販で購入するケースが間違いなく増えていきます。それは値段の優位性と、体力が落ちてきて、自分でわざわざ持ち運びする必要のないことを考えるとごく自然なことです。

昨年度に65歳以上の人口は2950万人でした。この中でネット通販を利用したことのある人達は推定で約1/4とすると737万人。それが10年後には65歳以上人口が3600万人となり、さらにネット通販の利用者が今の若者並みに上昇すると仮定すれば現在より1000万人も多く新たにネット通販に参入することとなります。

た だ高齢者が買うモノは若者や現役世代が買う家電製品や衣料などとは違い、日常生活用品類、野菜や冷凍物の食料品、孫へのプレゼント、趣味関連のモノが主と なります。そこに早く気がついて、高齢者に最適化した商品構成や、見やすいサイトへの転換がこれからの通販会社の生き残れる道でしょう。

引 退した高齢者には暇があるので、高額商品を買う前にはショッピングセンターや量販店へ出掛けていき、商品を見に行きます。しかし現物を見て、いざ購入する のは価格を調べてネット通販でという流れが多くなり、今まで多くの購買客を集めていた量販店が、単なるショールーム化して利益が上がらないことにやがて気 がつくはずです。もちろん総人口や安定収入のある就業人口が激減していく中で起きますから、その流れは地方から一気に進むことが想像できます。

三つ目はコンビニエンスストアの地方展開です。

昔、 都会にコンビニが登場してきた頃、定価販売のうえ商品数が少ないコンビニに対し、スーパーはほとんどの商品が割引されていて、値段や品揃えで勝負にならな いと言われてきました。当時は「スーパーが閉まっているから仕方ないのでコンビニで買う」とか「安い商品は近所のコンビニで買うが、値段の張るものはスー パーへ行って買う」というのが当たり前の感覚でした。

しかしいつの間にか、コンビニでも商品によっては割引販売がおこなわれるようにな り、さらに各種チケット販売、銀行ATM、納税や公共料金の支払いなどで日常的にコンビニを利用する機会が増え、もう特殊なものを買うとき以外わざわざ スーパーまで行かなくてもコンビニで全部間に合うという流れに変わってきました。都会では自宅に冷蔵庫を置かず、あっても中は空っぽで、近所のコンビニを 食品や飲み物の保管庫(冷蔵庫)代わりにしている人が多いと聞きます。24時間営業でいつでも買えるので、その傾向が強まってきました。

地 方のさらに小さな町や村ならたいがいは雑貨屋と言ってそれこそ食料品から日用品まで多くの商品をごちゃごちゃにして売っていた店がありました。都会ではそ れがすっかりコンビニに入れ替わり、24時間営業で郵便局や銀行の代わりとなり、その他に書店、薬局、化粧品、酒屋、米屋、タバコ屋、パン屋、文房具店、 チケットサービスなどの役目も持っているのですから、これほど便利な店は他に考えられません。

そして都会でのコンビニ出店競争はすでに飽和状態にあり、次に向かうのは海外か地方ということになります。

す でに都会の近くの観光地には大手コンビニチェーンが出店をしていますが、そのうち寂れてしまった村や町の活性剤として大手フランチャイズのコンビニに出店 してもらおうと予算をつけて町や村がコンビニを誘致をするケースが起きるかも知れません。そうなると今まで集会所が中心だった町のコミュニティ構造が、コ ンビニが中心として機能する村や町ができても不思議ではありません。

問題はコンビニの生命線は流通というかタイムリーな配送システムにあ ります。都会ならそれが効率よく機能しますが、地方の場合は一定の地域内の店舗数が限られるので、配送の効率が悪くなります。そこで考えられるのは宅配便 会社や郵便局の配送とコンビニ商品配送のコラボレーションで、商品の納品とともに宅配便や郵便の集配を同時におこなってしまうという戦略が考えられます。 そうすればコンビニも宅配会社も郵便局もすべてにメリットがあります。

その共同形態の経営主体となるのが大手コンビニチェーンとなるの か、宅配会社が集配拠点の代わりにコンビニを経営するような形になるのか、それとも国道沿いの地元のガソリンスタンドがそれらのすべてを包含するのか、従 来ならまったく違った業界同士がどのように組んでいくのかで、その形も変わってくるでしょう。現在の車両運送法などでは難しいでしょうけど、規制緩和が進 み、ガソリンや灯油の配送用のタンクローリー車に、宅配便や郵便の荷物が同時に積み込まれて各地域へ共同配送ということがあり得るかも知れません。

そ して最近ではコンビニが近所の家へ商品を届ける宅配サービスが一部の店舗で始まっていますが、そのシステムがこういった田舎町では大いに役立ちます。コン ビニと宅配サービスの融合です。通販で購入したモノや、買い物に不自由する高齢者世帯に、重い食料品や灯油など燃料など、生活必需品はいったんそのコンビ ニに集約され、その先のラストワンマイルはコンビニが独自に担うといった方法です。

以上のことから、




という、すでにありきたりの構図から、さらに一歩進んだ新しい異業種企業連合の小売り流通形態が日本全国で急速に進んでいくことになるというのが私の結論です。


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障がいを持つ身と優先席 2012/10/31(水)

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3ヶ月前に「優先席に思うこと」という記事を書きました。その中では、

よく「大人が優先席に座ったまま、高齢者や身体障害者が近くに来ても席を譲らないのはけしからん」という偽善的な話しをよく目にします。しかし優先席に座っている「普通に見える大人」にどのような障害や優先席に座っている事情があるなんて、外見だけではわかりません。一見健常者に見えても、長くは立っていられない怪我や病気、苦痛を持っていないと、どうしてわかるのでしょうか。
(中略)
よぼよぼで今にも死にそうなお年寄りや、足に包帯を巻いて松葉杖でもついていれば、そのようなことは思われないのでしょうけど、世の中には身体にハンデを抱えながらも、できるだけ健常者と同じ仕事や生活をしようと努力し、そしてその努力をすればするほど、健常者と同じ扱いをされてつらい思いをします。

と、一見すると健常者に見える障害をもった人達が優先席を利用するのには様々な抵抗があることを書きました。

私の考えていることなどは、すでに周知の事実だったようで、同じような悩みで困っている人も多く、すでに昨年から「わたしのフクシ」を運営されている方が、さりげなく障害があることをわかってもらえるような「見えない障害バッジ」運動を展開されています。

(引用)
難病、内部疾患、発達障害など、社会で認知されず、福祉政策でも「制度の谷間」に落ち込み、サポートが受けにくい「目に見えない」障がい、困難、痛みをもつ人が数多くいます。
電車で席を譲られることもなく、「怠けている」「わがまま」「やる気がない」と思われることもめずらしくありません。
「バッジをつけて、見えない障害を知ってもらおうよ。」
twitter のみんなの声から、このバッジはうまれました。障害をもつひとに当事者用と、もたないひとには啓発用を。

果たしてこの「見えない障害バッチ」がどれほど認知され、意味を持つのかはわかりませんが、単に私のようにぼやいているだけではなく、素早く行動に移されているのがすごいです。なにごとにもスタートすることが重要ですね。

本当ならこうした小物が必要でなく、座りたい人が誰でも座れるような余裕のある社会、生き方、文化、教育が日本に根ざしていくと一番いいのですが、まだまだ遠い道のりです。

特に少子化で甘やかされて育った若者が心配です。いつの世も高齢者が若者に対していう言葉と同じですが、かの国中国でも一人っ子政策で大事に大事に甘やかされて育ってきた若者が、バスの中で隣の空き席に自分のカバンを置き、目の前に高齢者が立っていても無視をする動画が投稿されていました。

そのようなひとつを見て、それがすべてと思い込むのはいけませんが、日中両国とも子供を大事にするあまり、乗り込むと真っ先に子供を座らせ、親の席まで確保させたり、子供だけ座らせて親は立っているような躾けをするとこうなるのは自然の摂理です。


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