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リストラ日記アーカイブ 2012年9月

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日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

637 論理的思考と非論理的逆張り 2012/9/1(土)
638 8月後半の読書 2012/9/5(水)
639 前からだけど日本の大手製造業はやっぱり変だぞ 2012/9/8(土)
640 クルマで行く京都観光お勧めコース その1 2012/9/12(水)
641 クルマで行く京都観光お勧めコース その2 2012/9/15(土)
642 日本はインドともっと深く連携すべき 2012/9/19(水)
643 9月前半の読書 2012/9/22(土)
644 うつ病に罹った人との関係は難しい 2012/9/26(水)
645 面白い入社試験 2012/9/29(土)



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論理的思考と非論理的逆張り 2012/9/1(土)

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ものの考え方には、直感で考える時、論理的に考える時、行き当たりばったり柔軟に考える時など様々な思考があります。

ビジネスの場では論理的に物事を整理しながら考えていくやり方が尊重されていますが、それだけが必ずしもそれが正しい思考法とは限りません。

なぜかというと、論理的に考えると言うことは過去の事例や経験を主たる判断基準とし、それらから外れるとそれは不確定要素でいくらでも都合よく偏向させることが可能だからです。論理的な発想に未来志向はないと言ってもいいでしょう。

9割は論理的に正しくても残りの1割に不確定要素があり、それを自分に都合よく変えてしまうと、それは本来論理的結論とは言えないのに、そう信じてしまい失敗する過ちを犯します。そして失敗した原因は多くの場合「予想外のことが起きたから」で収斂してしまいます。

なので私は論理的に書かれた本で「○○はデータから判断すると××である」などと書かれている本や、人のTwitterやブログで、自分の価値観や考え方が正しいとのだと確定的な書き方をされているものにはいつも「ホントかいな?」「うさん臭い」とまず疑ってみます。

いまの不況の時代にユニクロや楽天、グリー、ソフトバンクなどワンマン経営者を擁する企業が強いのは、トップなど経営者がみな論理的思考能力が高いからではなく、トップのひらめきや思いつき、発想がその時代にうまく合致しているからでしょう。論理的思考でビジネスがうまくいくならば大学の学者先生が始めた事業やコンサルティング会社がすべてうまくいくはずです。しかし実際にはそうはなっていません。

そのようなワンマン経営者から指示があれば、それに論理的、合理的な理由があってもなくても、幹部や従業員達は必死にそれをやり遂げなければなりません。理不尽だと思っても簡単にその指示を変えるわけにはいきません。そして無事に指示を果たした後に、後付で合理的理由をくっつけたりすることもよくある話しです。

そのように、社会常識では「これが正しい」と思われていることでも、実際のビジネスの現場では正反対の動き、つまり逆張りをしなければならないことはいくらでも起きます(ただし法を逸脱するのは問題外)。

しかし一般的にそれは「上司に命ぜられたから」「会社の方針だから」「顧客の要請があるから」などと自分の責任ではなく他人の指示や考えに基づいておこなうという人がほとんどでしょう。普通のサラリーマンであれば「前例がない」ことをやるにはたいへん勇気がいります。

私は上述の時代の寵児となっているカリスマ経営者は、人の物真似や過去の経験に基づく発想やビジネス本に書かれているようなありきたりの論理的な正攻法ではなく、世の中の動きや一般人が考えるものとは真逆の「逆張り」発想ができるからではないかと理解しています。

それらの逆張り発想は若い人向けのビジネス書の多くに書かれている「論理的思考」では常識外で考えつかないことがほとんどです。もしできてもそれは後付けでとりあえず整合性をとっただけのものです。

実績のあるカリスマ経営者でもないのにいつも「逆張り」発想をする人がいれば、おそらくその人は周囲から変人扱いされているでしょう。変人として終わってしまうか、それとも時代の変化を誰よりも敏感に感じ取り、逆張りして成功を収めるかは、運や実力もありますが、おそらく長くずっとあきらめずにこだわり続けられる忍耐力、あきらめない粘りではないでしょうか。

もし「自分が会社員として向いていないなぁ」「今の仕事を今後ずっとはやりたくはないな」と長きにわたって感じているのならば、それはきっと自分が「逆張りをしたいのに、周囲がそれを許してくれない」環境にいるからなのでしょう。まずは認められる地位に就くよう精進するか、自分の意見が通る環境に移るかしかありません。

そして周囲から「天の邪鬼なヤツ」「変人」と思われ続けても、自信をもって人とは違った発想法で「逆張り」し続けられる人だけが、本当の成功者になれるごく少数の人達です。

そしてその逆張りができるようになる日頃の簡単な訓練があります。

それはポピュリズムではないにしても大衆やマスコミが一斉に同じ主張をし始めたとき、「それって違ってないか?」と疑問を呈し続けることです。

「脱原発」→「脱原発は本当に国や国民にとっていいことなのか?」
「民主党不信任」→「自民党時代と比べて本当に悪くなったのか?」
「公務員天国」→「他国の状況と比べてどうなんだ?」
「マスコミ報道の劣化」→「いますぐそれに変われるものはなにかあるのか?」
「新しいエコ商品を買おう」→「エコでない古い製品を大事にして長く使うことは悪なのか?」

など、まずは冷静に自分なりの反論なり疑問を出してみるところからスタートします。結論として同じ意見になればそれはそれでいいのですが、考えもせずに信じ込んでしまうよりずっと説得力がありいいことです。

私を含め多くの人は、どうしても有名人が発する情報、多数派の情報、過激な情報、面白い情報などに注目して、それを信じてしまいます。特に悪気がなくとも感情でもの言う人はそれしか目に入らないので、確信を持って断定的に話しをしていきますので、ついそれに巻き込まれてしまうことも多そうです。

真実と虚偽が混ざり合う不安定なネット情報が進化すればするほど、自分の頭で考えずに、流行に流されて安易なほうへいってしまいがちです。それでも古い時代の「政治家や学者さんなど偉いさんの言うことは間違いがない」と妄信するよりはずっとマシかもしれません。

とにかくまずは「その情報(考え方)って違ってないかい?」となんにでも疑問を呈するところから始めてみることが大事です。ただしそれに周り全部を敵に回す覚悟が必要で、ものすごい勇気と努力が必要です。


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8月後半の読書 2012/9/5(水)

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夏休み特別企画

毎年夏休みやお正月のようにまとまた休みが取れるときには「三国志」や「新・水滸伝」、「宮本武蔵」、「それからの武蔵」、「沈まぬ太陽」、「騙し屋」、「カンタベリー物語」などできるだけ長編の小説を集中して一気読みしてきました。

今回初めて手塚治虫氏の漫画作品を取り上げてみましたが、いろいろと新しい発見もありなにかスッキリした気分で夏休みを終えることができました。

ただこの文庫サイズの漫画、元々は漫画週刊誌のサイズ(B5版)で最適化されていますので、その6割に縮めた文庫サイズはとにかく文字が小さくて、老眼の入ったいまでは読みにくいったらありません。私はまだ持っていませんが、50代以上でこれを快適に読むためには老眼鏡が必須でしょう。


ブラック・ジャック(手塚治虫)1〜17巻

1970年代の週刊少年チャンピオンに連載されていた「ブラック・ジャック」(1973年〜1978年)のほぼ全話を網羅している秋田書店の文庫サイズ版を読みました。

「ブラック・ジャック」の評判はよく耳にしていましたが、コミックもアニメもほとんど縁がなく、単発で数話読んだかなという程度です。そこで全巻揃えて持っているという知人が貸してくれるというので、夏休み中に一気に読むことにしました。

いや〜ものすごい分量です。1冊におよそ13〜14話が収録されていて、その後に1冊ごとに違う著名人の解説というか手塚作品に対する賞賛が付いています。

その解説には手塚悦子(奥様)、永井明、高村薫、立川談志、花井愛子、菊地秀行、小池真理子、大森一樹、宮部みゆき、里中満智子(敬称略)などの著名人ですが、いずれも故人を含むいいおじさん(おじいさん)おばさん(おばあさん)達が、手塚作品に出てくる少年少女のように目をキラキラさせて手塚作品と出会った子供の頃の思い出話しなどが書かれていたり、それもまたたいへん面白く読めました。

「ブラック・ジャック」は1話ごとすべて読み切りで基本的には連続したストーリーにはなっていません。基本的にはと書いたのは自分がなぜ縫い目だらけの身体になってしまったのか?天涯孤独の身(女と海外に行ってしまった父親は登場します)になってしまったのか?については、それらと関連した話しが出てきますが、決して連続しているものではありません。したがってひとつの物語を流れるように読む進めるわけにはいかず、1話1話をしっかりと理解して読む集中力が必要です。

「ブラック・ジャック」が書かれた70年代といえば私は中学、高校、大学生だったので、たぶん一番漫画に縁がありそうな時期ですが、その頃はスポーツに明け暮れていて、漫画と一番縁があったのは小学生の頃の「巨人の星」(1966年〜1971年)や「あしたのジョー」(1968年〜1973年)、「ゲゲゲの鬼太郎」(1965年〜1969年)、さらにもっと前に書かれた「ハリスの旋風(かぜ)」(1965年〜1967年)、「秘密探偵JA」(1964年〜1969年)、「おそ松くん」(1962年〜1967年)、「オバケのQ太郎」(1964年〜1966年)、「紫電改のタカ」(1963年〜1965年)などでした。

漫画は今でも時々思い出したように「MASTERキートン」や「ジパング」などを書店で見つけ買って読むことがありますが、漫画喫茶などへは行ったことがないので、ここまでまとまった冊数を一気に読むことは久しくありません。10年ほど前に「ナニワ金融道」(1990年〜)の単行本全19巻のうち10巻をバザーの売れ残りを買ってきて一気読みした時以来かな。

内容はもはや説明の必要のない漫画ですが、1970年代に書かれた医療技術であり、またその頃の医療の常識で書かれていますので、細かな部分では変に思うところもありますが、基本的に社会世相は40年経った今でもなにも変わっていないんだなぁってのが率直な感想です。

科学の話しが主体ならば大きく変わっていても不思議ではないのですが、手塚治虫氏はテーマを医療としながらも、本質的には人間ドラマを描いてきたからでしょう。

もう一つには完全無欠の正義の味方が主人公ではなく、周囲からお金の亡者と言われ、貧しい人からも平気で数千万円を請求するアウトサイダー(でも最後は値引きをして千円程度を受け取ることもしばしば)を主人公にしたのは、自分の会社(虫プロ)が倒産し、莫大な借金を背負い込むという人生で最悪の経験をした直後だったからとも言われています。金がすべてという亡者が徘徊する世相は40年経った今でもなにも変わっていません。

また作品の中には、アンハッピーエンドなものも多く、せっかく治療して身体は治ったのに、その患者がすぐ後に別の事故や事件で亡くなってしまうパターンや、顔の整形手術をしたことで逆に不幸になってしまい、元に戻すこととなったりします。

「ブラック・ジャック」に登場するピノコについては、どういう関係で経緯?と思ってしまいますが、第2巻ぐらいである資産家の娘の身体の中にできた畸形嚢腫(分離せずに体内に残った双子の片割れ)を切り取り、それを人の形をした人工の皮に入れて一人の人間として作り上げています。なにか考えるにおぞましい行為とも言えます。

ほとんどが白黒のページで書かれているのでまだいいのですが、ピノコ誕生やその他にも頭蓋骨を切り取って死体の脳と入れ替えたりする手術のシーンなどエグイ場面が多く、もし子供の頃にこれを読んでいたら、楳図かずお氏の60年代の一連の恐怖怪奇シリーズと同様きっと夢に出てきたでしょう。

最後に「ブラック・ジャック」という名前の由来ですが、天才外科医師の主人公本名が間黒男(はざまくろお)で、「黒=ブラック 男=ジャック」とのことでした。え?常識だって?


朽ちた樹々の枝の下で (講談社文庫) 真保裕一

並みの文庫なら2〜3冊分はゆうにある650ページを超える長編小説です。年代が近い真保氏の小説は気に入っていて過去に5〜6冊を読んでいますが、原作を読むより先に映画で見た「アマルフィ (映画の題名はアマルフィ 女神の報酬 )」や「ホワイトアウト」などの作品も有名です。「アンダルシア」も「アンダルシア 女神の報復」として昨年に映画公開されていました。

この「朽ちた樹々の枝の下で」は、1991年に「連鎖」でデビューした後、毎年1〜2作のペースで上梓されていますが、その中では1996年と初期に書かれた作品です。

主人公は自分の一言で妻を死に追いやってしまったと悩み、周囲からの目を嫌いサラリーマンを辞め、北海道の森林組合に入り山の生活を始めたばかりの男性。その主人公が早朝に山の中で一人の怪我をした女性を救いだします。女性はすぐ近くにある自衛隊の演習地から逃げてきた様子で、その後主人公の回りに次々と異変が起き始めます。

自衛隊の組織的な犯罪をテーマにした小説はいくつかありますが、巨大な組織に個人が対抗していくというのはかなり難しく、よく警察が組織ぐるみで警察官の犯罪を隠蔽する事件がスクープされますが、当然自衛隊組織においてもあまり表沙汰にはならないものの、実はよく起きていても不思議ではありません。

北海道の山奥で起きた事件にしては、登場人物が多く、その関係性も複雑で、一気に読まないとなかなかストーリー全体を見失ってしまいそうです。特に自衛隊の組織と権限等については一般的にはほとんど知られてなく、そのあたりについても本書で解説が加えている分、かなり長い小説になってしまったとも考えられます。

真保裕一氏の小説の主人公の職業は、なにかに偏っているわけではなく、小説ごとに違っていて、読むたびにすごく新鮮に感じます。書く方はよく知られている職業(例えば刑事とか出版社の編集員とか)の主人公にすれば楽なのでしょうけれど、そういうことはせずに、ちゃんと調べあげてそれぞれに違った職業の主人公を創り上げていくテクニックはさすがというしかありません。


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前からだけど日本の大手製造業はやっぱり変だぞ 2012/9/8(土)

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「パナソニックは今回発表した6カテゴリーと、先行して発売済みの炊飯器、電子レンジとを併せ、8カテゴリーのスマホ連携機能付き製品を「スマート家電」と名付けてシリーズ化する。14年度にかけて、対応カテゴリーを倍増させる方針だ。」

「まさにスマート!洗濯機や冷蔵庫といった生活家電。年を追うごとにどんどん高機能になってきていますが、ついにスマートフォンと連動する日がやってきました。」

「パナのスマホ家電の未来感がヤバイ! 外からスマホでエアコンオン」

まさにスマホ家電が日本の製造業を復活させるかのような記事のタイトルですが、果たしてスマホと家電製品との連携内容とはいったい、、、



例えば洗濯機では、利用者が普段使っている洗剤の商品名をスマホで選択し、洗濯機の読み取り部にスマホをタッチする。こうすると、次回以降の洗濯時に、その洗剤の投入量がより正確に表示される。従来は、一般的な洗剤を使用した場合の目安量を表示するのみで、利用者が個々の洗剤の説明書と照らし合わせて投入量を調整する必要があった。またエアコンは、外出時にスマホを使って運転状況を確認でき、必要に応じてオン/オフや温度調整といった操作が可能だ。

洗濯時に洗濯機に投入する洗剤の分量を、スマホに頼り細かな単位まで量って入れる必要がある人ってどれほどいるのでしょう。同じ重量の洗濯物を洗うときでもその汚れ方や繊維の種類で、目分量でパッパと入れる人がほとんどではないでしょうか?汚れ方や洗濯の分量まで見分けてくれるはずもないスマホに頼る必要が本当にありますか?

また省エネや節電意識の高まりから外出時はエアコンを切って出掛けるべきで、不在時に運転状況を確認したり、温度調節をする必要がいったいどこにあるのでしょう?まさか赤ちゃんを一人で寝かしておいて自分だけ外出するための機能?だとしたらそれはそれでマズイでしょう。

節電には興味がなく、家に帰ったらすっかり涼しく(暖かく)なっていないと嫌だというのなら、それはどんな廉価版のエアコンにも標準で付いているタイマーでほとんどの場合は解決します。また消し忘れを防止するならば、人感センサーを付ければ、一定時間人がいないと判断したら自動で停めてくれるほうがずっと役立ちそうです。

冷蔵庫では、読み取り部にスマホをタッチすると、省エネ運転していた時間やドアの開閉回数などをスマホの画面でグラフ表示できる。同様にエアコンや炊飯器、電子レンジでは電気代のチェックが可能だ。製品の故障時には、エラー情報を読み取って詳細な故障内容と復旧方法をスマホの画面で表示したり、簡単なボタン操作で同社のサポートセンターに電話したりできるという。

あきれかえってもうなにも言葉が出てきませんが、世の中の普通の人は、こういうドアの開閉回数や日常使用する家電品の電気代のチェック機能などを考えつく大メーカーの人ほど暇人だと思っているのでしょうか?

「故障時に簡単なボタン操作でサポートセンターにつながる」っていうけれど、壊れたら普通にサービスセンターか買った店に電話すればいいでしょう?それにいったいどれほどの手間と時間がかかるのでしょう?



「製品の故障時には、エラー情報を読み取って詳細な故障内容と復旧方法をスマホの画面で表示」も、家電製品が短期間でそう何度も故障されては困りますし、おそらくどこが故障したかはちょっと見てわからなければそれを自動検知でわかるとも思えず、多くの場合「サービスに連絡してください」と表示されることになるのでしょう。

PCや高級車に組み込まれる不具合の自動検知を見ても、正確な不具合箇所の検知率は決して高いとは言えません。逆にこういう複雑な機構を組み込むことで新たに起きる故障や不具合のほうがずっと心配です。構造がシンプルなほど壊れにくいというのは工業製品の鉄則なのです。

これらの不要な機能を追加するために、メーカーはどれほどの無駄なコストと時間を使い、それがどのぐらい市販価格に転嫁されるのでしょうか?韓国や中国、台湾の後発の家電メーカーに、世界中のマーケットを次々と食われている現状が、単に労働コストのせいにする日本の大メーカー様にはまだまったく理解できていないようです。

しかもこういうアホなことを自慢げにプレス発表するのが、隙間を狙ったベンチャー企業ならまだ理解もできますが、押しも押されぬ大メーカーのパナソニックだということが、日本の製造業の病巣の深さを感じてしまいます。シャープもつい数年前までは地デジ化特需のおかげで勢いがあったのですが、それが収束すると一気にダメになってしまいました。

この話を聞いてふと思い出したのが、1990年代に経営危機に陥った日産自動車で、危機に陥る数年前に同じようなことが起きていました。

1980年に発売された日産の初代レパードはトヨタの元祖ハイソカーのソアラに対抗し高級志向が売り物でした。ちょうどその頃から日産の物作りが「基本性能技術」から「小手先だけの技術」へと変わってきていて、おかしくなり始めていました。それを象徴するかのようにその初代レパードには数々の世界初、日本初、業界初の新機能を盛り込みながらも、肝心のエンジンやミッションは使い古された時代遅れのもので、当然販売成績はソアラには遠く及びませんでした。さらに「世界初!ワイパー付きフェンダーミラー!」なんてものを誇らしげに宣伝していたのにはもう笑うしかありませんでした。

今ではタクシーぐらいでしか見ることがなくなった小さな小さなフェンダーミラーに、これまた玩具のような小さなワイパーがコキコキと動く姿を見て、多くの人が「もう『技術の日産』は死んでしまった」と感じたでしょう。幸い日産はその後ルノーに救済され、送り込まれたポルシェが大好きな年収10億円のフランス人経営者の手によって見事に復活しましたが、すでに日本メーカーとは思えなくなっています。

なにか今回のスマート家電は、その時の「ワイパー付きフェンダーミラー」の臭いと同じような気がします。もちろん今のスマート家電からもっと発展し、今後役に立つ素晴らしい機能が生まれるのかもしれませんが、少なくとも現在の利用法は完全に間違っています。日産が救済されて復活したように、数年後、パナソニックを救済してくれる外国企業が現れるのでしょうか?こういうことをやっていたのでは、NECやシャープに続いて経営危機に陥るのではないかと心配です。

先行発売した電子レンジと炊飯器では、50〜60歳代の利用者の比率が全体の2割に達した。当社の予想を上回る比率で、幅広い利用者にスマート家電を使ってもらえることが分かった(中島本部長)

50代以上の人が小さな文字で見づらいスマホを有効に使っているとはとても思えません。タブレットなら多少は可能性あるでしょうけど、50代ならタブレットではなくまだPCが主体のハズです。スマホ家電が本来役立つのはおそらく20代30代の独身者で、50代以上をターゲットの中に含めるのは間違っています。

そして50〜60歳代と言えば団塊世代を含む比較的富裕層で、しかも新しいモノ好きの人達ですから、新製品が出ればそれは買うでしょう。若者向きの比較的安い新型スポーツカーでもその層だけで3割以上を占めているのです。日本全体の消費支出の44%は60歳以上(第一生命経済研究所調べ)なのです。それなのに50代60代がたった2割で予想を上回るとはどんなマーケティングをやっているのか不思議です。

それと売れたというのは「壊れたから買いに行った」けど、今まで使っていた「ナショナル(現パナソニック)製品なら安心」という50代以上にはまだ残っている松下神話と、少しでも高価なモノを売りたい家電量販店員に「売れ筋と勧められた」からに他なりません。決して「スマート家電が気に入った!」と買った人は多くないと思いますよ。そんなことは調査せずともわかりそうなものですが、長く大メーカーの中でふんぞり返っている人にはわからないのかも知れません。

おそらくこのプレス発表を聞いた記者の多くは、内心では「大企業病もここまできたか」「日本の製造業がダメになるわけだよ」と思って話しを聞いていたのでしょう。しかしこれらの大企業がマスメディアに使う広告宣伝費は、かつて原発の悪口を書かせぬよう広告費と接待費をマスコミにばらまいていた電力会社以上で、決して本心や疑問を正直に記事に書くようなことはできません。

私が過去に買った家電で高付加価値を認めたのは東芝のエアコンで、標準的なエアコンにプラスして吸排気空調機能付きのものを選んだことがあります。これは外気と内気を吸排気することができ、普段閉めきっていた部屋でも、湿気防止や結露防止などに役立ちました。

取り付けに来た電気工事業者の人と雑談をした時「取り付けは少し面倒だけど、おたくさんはいい買い物したね」と言われました。当時小型のエアコンで本格的に吸排気ができるエアコンはダイキンと東芝だけしかなく、「他のメーカーにも吸排気機能をオマケ的に付けた製品があるけど、容量が小さすぎて実際には使い物にはならない」と言ってました。

上記のエアコンは別として私が家電製品を選ぶときは、普及品の標準的な製品だけですが、それは本来生活家電製品に求められる一番重要なこと「壊れない」と「もし壊れてもすぐに交換部品が手に入り、特殊な専門家でなくてもどこにでもいる電気屋さんで修理が出来る」ことなのです。

引っ越しが好きな人でなければ、普通は1カ所に10年20年住み続けることは珍しくありません。また引っ越ししても家電製品の多くはそのまま使い続けることが多く、使い慣れた家電製品を長く使いたいと思うのが普通の感覚です。冷蔵庫や洗濯機、エアコンなどは本来故障なしで最低でも10年、できれば15年(本当言えば20年)は使いたいものです。まだ登場して5年も経たないスマートフォンが10年後、20年後にどうなっているか想像ができるでしょうか?

そして家電の買い換えは、「壊れた」という理由ではなく「古いので電気消費量が大きくて」「古くて保守交換部品がなくなってしまい」「新居に取り付けるにはサイズや色が合わないので」という理由で買い換えたいものです。

「スマホを変えたので家電を買い換えよう」なんてのは本末転倒です。いまのスマホ家電はそうなる可能性も秘めています。Panasonicとしては同社のスマホユーザーを増やしたいという考えがあるのかも知れませんが、それだって怪しいものです。移り変わりや流行廃りの激しいスマホ本体やそのOS、アプリが、10年20年と大きく変化せずにいられるでしょうか。

このようなメーカーだけが自己満足し、単なるおためごかしに終始する報道があるたびに、今後の日本製造業の将来は限りなく闇に閉ざされ暗澹とした気分に陥ってしまいます。

最後にボロクソに書いてしまいましたが私自身は昔は松下電器のファンで、以前は家電のほとんどを松下製で揃えていた時期がありました。しかしこれを書いていてふと気がついたのですが、残念ながらここ十数年は旧松下電工製の電気シェーバーを除き、松下電器(Panasonic)製の製品を買った記憶がありません。

意図したわけではないのですが、冷蔵庫も洗濯機もテレビもDVDプレーヤー(旧VTRプレーヤー)も電子レンジもエアコンも炊飯器も掃除機もアイロンもFAX付き電話機もすべて松下電器製から他のメーカーの製品に変わってしまいました。

とはいえ日本で一番信頼ができる(と思っていた)ブランドPanasonicにはつまらない流行に左右されることなく、本来の家電メーカーの役目(シンプルかつ誰でも簡単で使いやすく壊れない)に立ち戻ってもらいその重要な責務を果たしてもらいたいものです。それが松下幸之助氏の信条でもあったように思うのですが。




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クルマで行く京都観光お勧めコース その1 2012/9/12(水)

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秋の旅行シーズンが近づいてきました。昔近くに住んでいたことがあり、今でも年一回ぐらいのペースで行くことがある京都ですが、クルマで行くことを前提にして私のお薦めポイントを紹介します。

なぜ、クルマ?と言われると、ちまたでは京都市内は道が狭くて渋滞も多いので、電車、バス、タクシーなどの公共交通を使って巡ろうという情報は書籍やネットに山ほどありますので、それを見たほうがずっといいからです。また地下鉄が整備されてきたとはいえ、観光名所の多くは京都市営バスや民間バスを使わなければならない場所も多く、これがまた評判がよくなかったりします。

そして一言で京都と言っても桜の綺麗な春、灼熱で蒸し暑い夏、紅葉の秋、底冷えする冬とその季節によって見所は変わってきますので、あくまで参考までの情報です。

例えば伏見稲荷神社は全国の稲荷神社総本山で商売の神様ということもあり、またパワースポットとしても有名な場所なので勧められることがあります。しかしそれを鵜呑みにして真夏の昼に行くと、ちょっとした登山をするようなものですから、大量の汗をかいてたいへんな目に遭います。行くなら涼しい10月〜5月でしょう。


(1)鞍馬寺、貴船神社
言わずと知れた鞍馬天狗発祥の地でもあり、源義経が若い頃に修行をした場所です。創建は770年というから1242年も前にできています。今では宇宙エネルギーが多く集まるパワースポットとして若い人にも人気が出ています。特に正殿前にある石造りの六芒星の中心に立つことで、宇宙からの自然のエネルギーを受け取る事が出来るとも言われていますが、なんとなくその気にさせる雰囲気が周囲には漂っています。

場所は京都市の北の外れにあり一般的には京福電鉄鞍馬線に乗って行くルートがお勧めとして挙がりますが、クルマで行くことももちろん可能。駐車場ですが、仁王門(山門)のすぐ前にあるカフェ擁州路(ようしゅうじ)の前(モロ参道ですが平気)にクルマを停め、いったんそこでコーヒーやわらび餅でもいただいて、その後に店の人に「参拝にいくので少しの間クルマを置かせてください」と頼めばたぶん快くOKしてくれます(保証の限りではありませんが断られた人を知らない)。

お寺までの上りは歩くと30分ぐらいかかる(下りは10分程度)ので、時間を節約したければケーブルカー(100円)に乗って上がるのが無難かも。ケーブルカーと言っても乗っている時間は2〜3分程度の極めて短い時間と距離で、そこから本堂までは少し歩いて登ります。帰りもケーブルに乗るのもいいですが、ずっと下り坂で楽なので歩いて帰るのをお勧めです。

この鞍馬寺から貴船神社(きふねじんじゃ)へは山の中を通り抜けて歩けるコースもありますが、クルマなら途中の三叉路で貴船側へ曲がればすぐなので便利です。電車の貴船口からは少し歩かなければなりません。

貴船神社は水の神を祭ってあり、おみくじも水に濡らすと文字が浮き出てくるという変わり種です。

貴船神社周辺には料理屋や料理旅館があり、夏場は清流の貴船川の上に川床を設置してそこで京会席や流しそうめんなどがいただけます。たいへん風流でいいのですが、なんしろすっかり観光化しているのと値段がべらぼうに高い割に味のほうは、、、という意見もあるので、そこは割り切りましょう。

貴船の駐車場は貴船神社前に少しある程度で、その他公共の駐車場はなく、道もすれ違うのに苦労する狭い道なので、特に紅葉シーズンと夏の土日曜日の昼頃はクルマだと身動きできないほど混雑しますので避けるほうがいいでしょう。


(2)修学院離宮、詩仙堂
北白川付近には他にもいろいろとお寺や庭園がありますが、暑い夏でも寒い冬でもしっとりとした京都らしい日本庭園を眺めるのは心が落ち着いていいものです。

北白川周辺はメイン通りの白川通り以外は狭い道が多いのですが、あまり気にせずクルマでどんどんと中まで入っていけば、たいてい寺社の門前には駐車場が整備されています。電車やバスの人が、ふぅふぅ言いながら歩いているのを横目でみながら追い越して、一気に門前まで到着できるのがクルマのありがたみです。

ただ詩仙堂と白川通りの中間には宮本武蔵と吉岡一門が対決したとされる一乗寺の下り松の記念碑がありますが、クルマだと通り過ぎてしまいそうです。武蔵の銅像があるわけでもなく松が一本台の上に植わっているだけですが。

詩仙堂の中に入ると外の喧噪が嘘のように静まりかえって見事な庭が向かえてくれます。また庭を見ながらゆるりとお抹茶をいただくのもいいでしょう(時期とタイミングによりますが受付で頼むと入れてくれる)。

修学院離宮は宮内庁が管理しているので、予約なしには見学ができません。郵送とネットで予約申し込みをしますが、なんでもネット分の割り当てが非常に少なく、郵送で申し込みをしないとなかなか予約ができないようです。そのかわり予約さえできれば、混雑などない少ない人数でゆっくりと回れますので快適です。

修学院といえばアニメファンには「けいおん!」の舞台だとよく知られていて、修学院の風景がよく登場するそうです。

その他北白川通り沿いにはその他狸谷不動尊、曼殊院などがあり、銀閣寺もクルマならばそう遠くはありません。


(3)大原三千院、宝泉院、寂光院
三千院へ公共交通で行くにはバスしかなく、しかも山の中の道をグルグル走りあまり気持ちのいいものではありません。しかしクルマならば、修学院離宮や詩仙堂のあとすぐに向かえる場所にあり、また鞍馬や貴船に行くのにも割と便利な場所です。

三千院の近くには観光駐車場がいくつもありますが、メインの国道367号線沿いにある観光駐車場からだと結構な距離があります。詳しい地図で調べるとわかりますが、市内から入ると少し手前にあるファミリーマート付近の交差点から右斜め上に上がっていく狭い道があり、それをどんどんと登っていくと、突き当たりが三千院の山門です。駐車場の料金は少し高めになりますが、門前に停めれば坂道を登らなくても済みますし、時間の大幅節約にもなりますのでお勧めです。

三千院は今から1200年ぐらい前に開かれた天台宗の寺院で、本尊は薬師如来、開基は最澄です。他の有名寺院の仏像と比べると迫力はありませんが、阿弥陀三尊坐像は国宝です。季節的には秋の紅葉のシーズンが最高ですが、夏でも市内と比べるとずっと涼しく快適に庭を観賞できます。冬でも意外と雪は積もりませんが、市内は大丈夫でも大原付近は雪という時があるので注意です。

宝泉院は三千院のすぐそばにあり、三千院門前の駐車場にクルマを停めたままそのまま歩いて行けます。盤桓園(立ち去りがたい意)というお庭は「額縁庭園」と呼ばれています。拝観料込みとなっているお抹茶とお菓子をいただきながらゆっくりと幽玄な庭を観賞できます。廊下の天井には戦乱に巻き込まれた伏見城遺構の床を使用していていわゆる「血天井」でも有名です。

もうひとつ大原には寂光院という寺があります。三千院から歩くと15〜20分ぐらいかかりますが、クルマなら5分もかからず到着しますので、時間があれば寄るのもいいでしょう。

ただ三千院と比べて見所は少なく元々は尼寺ですから派手さもなく、わびさびの世界にどっぷり浸りたい人や、平家物語のファンだと、清盛の娘であり天皇家に入内した建礼門院徳子が最後に隠棲した場所という儚い思いを感じるためにはいいでしょう。特に女性の参拝者が多いようです。

京都市内からこの大原へ向かう途中にお土産で有名な「土井の柴漬け本舗」本店があります。広い駐車場もあり、レストランとお土産ショップが併設されていますので、休憩とお土産の購入に立ち寄るのもいいでしょう。そういうこともクルマならではできることです。駐車場でクルマから降りると季節によってはすぐ近くで栽培している「しその葉」の香りが漂ってきます。


(4)黒谷(金戒光明寺)、聖護院
意外と知られていないのが黒谷と呼ばれている金戒光明寺です。数年前のJR東海の「そうだ京都へ行こう」キャンペーンに使われていましたが、いわゆる普通の観光コースには入ってこないお寺です。

浄土宗の法然上人が1175年に比叡山から降りてきて開いたとされるお寺で、重要文化財の文殊塔(三重塔)なども地味ですが見事です。江戸末期には京都守護職の本陣とされ、会津藩や新撰組が一時本陣を敷いていた場所でもあります。

また近年は時代劇映画やドラマの撮影によく使われることが多く、周囲はいかにもっていう感じで時代を感じさせる雰囲気が満ちあふれています。駐車場は狭い道をどんどん奥へ入っていくと突き当たりに広いコインパーキングが突然現れます。

黒谷からクルマなら3分ほどしかかからない聖護院は一般的には聖護院八つ橋として有名ですが、元々は多くの信者が聖護院参りに来た際にお土産として買ったことから普及したお菓子です。お伊勢さんの赤福みたいなものですね。今でも聖護院の前には2軒の八つ橋を売っている店舗(本店)がひっそりと店を構えています。

その聖護院、本来は修験道の中心的な存在で、皇室とも縁が深く江戸時代には何度か仮皇居となったこともあるそうです。
地味といえば地味な存在ですが、黒谷からも近く寄ってみるのもいいのですが、基本的には事前に郵送で拝観予約が必要です。駐車場も予約すれば利用できます。

その他にもこの黒谷や聖護院の近くには銀閣寺や南禅寺、永観堂、哲学の道、平安神宮といった観光名所がいくつもあります。しかしすべて歩いて回るにはかなり健脚でないとつらいです。その点クルマがあれば暑い夏でも寒い冬でも平気で楽ちんです。

お勧めルート1
 10時  鞍馬(門前には老舗土産店あり)
 11時半 貴船(昼食)
 13時  修学院離宮(要予約)か詩仙堂
 15時  黒谷か聖護院(要予約)
 17時  岡崎の順正か瓢亭、美濃吉あたりで夕食

お勧めルート2
 10時  三千院、宝泉院(抹茶サービスあり)
 14時  貴船(昼食)
 15時  鞍馬
 17時  上賀茂神社
 18時半 宝ヶ池(童夢経営のDe PLUS CAFE)か北山(安:キャロット、高:キャピタル東洋亭)などで夕食


クルマで行く京都観光お勧めコース その2(伏見稲荷神社・比叡山延暦寺・仁和寺・円通寺など)へ続く


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クルマで行く京都観光お勧めコース その2 2012/9/15(土)

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その1では主に洛北、洛東付近を中心に紹介しましたが、今回はバラバラです。本格的な観光シーズンに入る前に、気のあった仲間を誘ってブラッと行ってみるのもいいでしょう。紅葉シーズンは見応えはありますが、とにかく人と車で混みますので、早朝やナイターに限定して観光することをお勧めします。

京都にはユネスコの世界遺産が数多くあります。その多くは19世紀以前に建てられた建築物のほか、その歴史上の重要性などが審査されています。単なる観光地というだけでなく、その歴史的背景などを事前に調べて訪問したいものです。

(5)伏見稲荷大社
説明するまでもなく全国稲荷神社の総本山であり商売の神様と言うことで毎年多くの参拝者を迎えています。ただこの伏見稲荷(京都ではお稲荷さん)は中心部から外れていて、しかも拝観するのに長時間歩くため時間がかかるので、ほぼ半日は見ておかないとなりません。いくつも回りたい時には効率は悪いですが、クルマで移動なら、そうでもないのでお勧めです。

駐車場は門前にいくつも有料駐車場がありますが、スズメの焼き鳥の店など賑やかな参道を歩く魅力もありますので、早朝でなければ駅近辺の駐車場に停めて参道をぶらりと歩くことをお勧めします。

神社の境内はちょっとした山登りハイキングで、ハイヒールやサンダルでなめてかかるとつらい思いをします。たっぷりと石段や坂道を歩くことを覚悟してください。

また伏見稲荷大社の近くには、いずれも有名な東福寺や泉涌寺(せんにゅうじ)があります。この3つを回るのだけで一日かかり、いずれも歩く距離があって大変ですから、欲張らずにどこか1カ所かせいぜい2カ所までとしましょう。

(6)比叡山延暦寺(世界遺産)
有名な天台宗の本山寺院で788年に最澄が創建しました。山岳信仰の場でもあり、多くの仏教徒の修行場でもあります。また比叡山は平安の都からちょうど北東の位置にあり、鬼門を封じる意味で延暦寺を作ったとも言われています。

比叡山は京都市側からは八瀬、滋賀県側からは坂本からケーブルカーが出ていますが、やはりクルマで行くのが便利です。京都市内の銀閣寺付近、または大津市内の浜大津あたりからだと、クルマで30〜40分で門前近くまで行けるでしょう。紅葉の時期はさすがに混み合いますが、それ以外なら比叡山ドライブウェイが快適に走れ、延暦寺のすぐそばに広い駐車場があります。

延暦寺は比叡山の頂上近くにある多くの仏塔の総称で、これが延暦寺本堂ですというものではありません。したがって全部を見て回ろうとすると、離れている場所へはクルマで移動するといいでしょう。

クルマで比叡山から京都側へ降りてくると、「その1」で書いた詩仙堂や黒谷、それと有名な銀閣寺に近い通りに出てきます。それらともうまく組み合わせると効率的に回れます。

(7)金閣寺、竜安寺、仁和寺(3つとも世界遺産です)
洛西の観光地といえば、金閣寺〜竜安寺〜仁和寺〜広沢の池と観光道路が整備されていて一気に回ることができますが、逆にクルマがないと不便な場所ばかりです。夏の暑いときにひぃひぃ言いながら地図を片手にこの上り下りの激しい観光道路を歩いている観光客を見かけますが(路線バスはあります)、徒歩でこの3つを制覇するのはそこそこ根性がないとお勧めできません。

駐車場はどこのお寺も観光バスが入れる大きな場所が確保してあり、修学旅行や紅葉シーズンと重ならなければ大丈夫でしょう。

観光ガイドはいずれも有名なお寺なので省略です。竜安寺や金閣寺は修学旅行で行ったからもういいという人には、クルマならこれらの寺から近い北野天満宮や大徳寺に変更することも可能です。

仁和寺からだと東映太秦映画村まで15分程度、嵯峨野(嵐山)までは混んでいなければクルマで20分程度ですから、その他の観光地やレストランとセットにして考えてもいいですね。嵯峨野には天龍寺や西芳寺(苔寺)などの世界遺産があります。

(8)円通寺、正伝寺、上賀茂神社(世界遺産)
いずれもちょっと観光客にはあまり知られていないマイナーなお寺で、場所も中途半端なところにありますが、行くと感慨深い想いに浸れます。決して団体客や修学旅行生が来る場所ではないので、静かに時間によっては貸し切り状態で拝観できます。駐車場は不便な場所にあるだけにちゃんと整備されており、私の記憶ではいずれも無料で門前に停めることができます。

この両寺はともに比叡山を借景とした傑作の日本庭園が特徴的で、円通寺は元々後水尾天皇(1596年〜1680年)の別荘だったところに造られ、見事な枯山水式の庭園があり、国の名勝に指定されています。

京都にも高層マンションがあちこちに建ってきていますが、この庭から霊峰比叡が眺められるよう、その該当する広大な地域に建物の高さの建築制限がかけられています。鞍馬や貴船から市内に戻ってくる途中にありますから、クルマならばそのついでに組み入れることが可能でしょう。また上賀茂神社、岩倉実相院、国際会議場(宝ヶ池)なども近くです。

正伝寺は、1268年に創建されたお寺ですが、その後何度か消失し、現在あるのは豊臣秀吉や徳川家康の援助を受けて再建されたものです。そして今では跡形もない豊臣秀吉の居城だった伏見城の一部がここに移築されています。そして廊下の天井は「血天井」として有名で、1600年関ヶ原の戦いの前哨戦として徳川家康側が攻めて伏見城が落城した際に、自決した豊臣家臣鳥居元忠などの血の跡と言われています。血天井はここだけでなく方々のお寺で見られます。

そういう生臭い歴史はともかく、庭は枯山水の比叡山を借景に通称「獅子の児渡しの庭」と呼ばれている見事な庭園です。
こちらも鞍馬や貴船の帰り道に近く、上賀茂神社(世界遺産)からもそう遠くない場所にありますので時間があればということで。

お勧めルート3(健脚向け)
9時  伏見稲荷神社
14時  清水寺(世界遺産)や京都霊山護國神社(幕末維新ミュージアムや龍馬の墓参拝)
16時  祇園界隈を散策(建仁寺への拝観もあり)
18時  先斗町豆腐茶屋で湯豆腐とか

お勧めルート4(春の桜、秋の紅葉シーズンは避けるべきコース)
10時  金閣寺
12時半 竜安寺か仁和寺(お昼は観光道路に駐車場付きのレストランやカフェ多数あり)
15時  東映太秦映画村
19時  嵯峨野(嵐山近辺)で夕食

お勧めルート5
9時  比叡山延暦寺
12時  銀閣寺(近くの「おめん」で昼食)
14時  円通寺か正伝寺
15時半 上賀茂神社(上賀茂神社周辺には和菓子や漬け物の老舗店多し)
18時半 宝ヶ池か北山あたりのオサレなカフェかレストラン


クルマで行く京都観光お勧めコース その1(鞍馬・貴船・詩仙堂・三千院・黒谷)


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日本はインドともっと深く連携すべき 2012/9/19(水)

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第二次世界大戦で数少ないアジアの日本の同盟国として、ともに連合国(主として英国)と戦ったインド共和国(太平洋戦争当時のインド国民軍)ですが、終戦後の東京裁判の際に「イギリスやアメリカが無罪なら、日本も無罪である」とインド人のパール判事が言ったことが示すように、いたって親日的な国です。そして今年はインドと平和条約締結60周年という節目の年でもありますが、日本国内ではなかなかインドとの政治的な関係について議論されることがありません。

先日「巨人の星」のアニメが舞台を野球からインドで人気のあるクリケットに変えて、テレビで放送されることが決まったと発表がありましたが、日本とインドの接点は意外なほど少ないというのが実態です。

もちろん経済的には鈴木自動車が自動車販売で大きなシェアを持っているとか、インドの地下鉄のシステムをODAであるにせよ日本企業が導入しているとか、経済的に様々な関係はありますが、アメリカや中国、その他のアジア諸国と比べると余りにもその関係性と影響度は小さなものです。

少し古いデータですが日本企業の外国進出数(東洋経済海外進出企業総覧2008年版)を見るとインド(206社)に対し、中国(2,421社)、アメリカ(1,626社)タイ(1,178社)、香港(929社)、シンガポール(784社)、台湾(777社)、マレーシア(605社)、、韓国(569社)、インドネシア(558社)、英国(491社)、ドイツ(475社)、フィリピン(330社)、ベトナム(310社)と、インドへ進出する企業は格段に少ないのが現実です。また日本企業が出資する現地法人数も加えるとその差はもっと開きます。

日本から仕事等で外国へ渡っている(居住している)在留邦人数を見ると2011年の外務省領事局政策課統計では、(1)アメリカ (397,937人) 、(2)中国 (140,931人)、(3)オーストラリア(74,679人)、(4)英国 (63,011 人)、(5)カナダ(56,891人)、(6)ブラジル(56,767人)、(7)タイ(49,983人)、(8)ドイツ(36,669人)、(9)韓国(30,382人)、(10)フランス(29,124人)・・・と続き、24位にようやくインド(5,554名)という少なさです。距離的に違いがあるとはいえ中国に住んでいる日本人のたった4%しかインドには住んでいません。アジアだけに限定しても中国、タイ、韓国、シンガポール、台湾、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナムに次いでの10番目という少なさです。

いまの東アジアの緊張状態を考えると、朝鮮半島や中国との関係は決して良好とは言えず、戦後はずっと頼りにしてきたアメリカも、普天間基地やオスプレイなどの複雑な問題を抱え、さらにアメリカの財政事情、アメリカにとってより影響が大きな中東問題優先策などで、今後もずっとよい関係でいられるとは考えられません。

経済問題を考えると、国内需要が今後50年間ぐらいは下降していく日本に明るい未来は見えず、お隣の中国はといえば巨大な市場には違いありませんが、複雑な政治的な問題や、根強い反日感情(教育)はちょっとやそっとでは解決しません。尖閣諸島や日本海の油田開発の問題ではいつ小競り合いが起きても不思議ではなく、もしいったん起きてしまえば中国全土で日本製品ボイコット、日系の店舗や工場の焼き討ちが起きることは必至です。

そこで、いま日本が外交戦略的、経済的、軍事的なことを考え、今後数十年間のスパンで組み相手として一番ふさわしいのは中国ではなくインド共和国ではないでしょうか。

リスクとしてあげられるのが、多民族で多言語、多宗教の地域があったり、少し前にインドの鈴木自動車の工場で起きた暴動の発端となったと噂されるカースト制(表向きはなくなっている)だったりネガティブな要素がまったくないとは言えませんが、少なくとも日中戦争や日清戦争の頃のことを、ことあるたびに持ち出し感情的に非難し、謝罪を求められ続けなくてもいいことだけは確かです。

インドと組む最大の理由として、まず人口が12億人と中国とそれほど遜色ない世界第二位の巨大なマーケットを有しています。そして教育のレベルも高く、日本の経済、工業、農業と互いに十分に補完して余りあるものと考えられます。1つの例で言えば医療や宇宙開発、防衛など科学分野で共同研究、共同開発、共同試験、共同運用をおこなえばお互いに効率よくできます。

またよく知られているようにインドの技術は日本と比べて劣っているどころか凌駕している部分も多くあり、あとはそれをいかにマーケットに合わせた商品作りをおこない、流通を整え、豊かになりつつある巨大なインド国内や、その他周辺のアジア諸国、アフリカ諸国に普及させていくかというソフトの部分です。

しかし英国やオランダの植民地として長かったインド国内の目は、特に大手企業の経営層など富裕層は、アジアではなく常に欧米に向いているので、それを欧米だけでなく世界中の市場を席巻したことのある日本と組み、今よりももっとうまくやっていけるということ証明していく必要がありそうです。

そのためには、現在のようなITエンジニアの不足を補うような交流だけではなく、もっと本格的に両国間の関税撤廃を起点とし、先に挙げた医療分野や宇宙開発以外にも、学生の交換留学促進や、両国に各国の大学分校の設立、共同軍事演習、安全保障条約締結(軍事条約)、武器の技術提供や共同開発、共同海洋開発、ハイテクを駆使した大規模農業生産などいくらでもアイデアは出てきそうです。

地政学的な観点(ジオポリティクス)からすると、この日本とインドの同盟関係締結は、巨大な人口と経済力をバックにアジアの中で絶対的な力を誇示し、領土や領海の拡大を謀ろうとする中国にとってもっとも都合の悪いシナリオで、それと比べると尖閣諸島なんて些末な問題に過ぎません。

日印同盟はアジアの中で拡張を急ぐ中国を牽制し、他のアジア周辺国にとっても、中国の脅威に対抗できる唯一の抑止力と考えられるのです。

さらにインドの国の位置はこれからますます発展していく東南アジアや中東、そしてアフリカへの輸出前線基地としても十分に機能する場所にあり、これから経済発展していくそれらの国々を見据えた国家戦略に乗り出すいいタイミングなのです。



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9月前半の読書 2012/9/22(土)

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非情銀行 (新潮文庫) 江上剛

旧第一勧業銀行(現みずほ銀行)に26年間勤め、広報部時代には銀行の大きなスキャンダル事件にも巻き込まれた経験のある著者は、映画化もされた高杉良氏原作の「金融腐蝕列島」のモデルとなった方です。まだ銀行在籍時に書いた作品がこの「非情銀行」で、様々な軋轢もあったのかもしれませんが、翌年に銀行は退職されています。

銀行をテーマにした小説は数多くありますが、私も若い頃には城山三郎氏や清水一行氏、高杉良氏、山田智彦氏などの作品を数多く読みました。最近でも江波戸哲夫氏、幸田真音氏、真山仁氏、池井戸潤氏などの銀行が主役(悪役)の小説は好んで読んでいます。

銀行がテーマの小説の場合、元バンカーだった作家が書く場合と、そうでない場合がありますが、やはり元銀行に勤めていた人の小説の中に出てくるエピソードなどはかなり真実味があって単に人から聞いて書いたというものとはディテールが全然違うなと感じます。

この小説ではバブルがはじけてしまい、多くの不良債権を抱え込み、さらには総会屋など反社会勢力との腐れ縁が話題となった1990年代に大手都銀で起きたことがテーマです。

ちょうどその頃には、財務省の指導もあり、都銀同士の合併が盛んにおこなわれていた時期でもあり、「銀行頭取になったらまず合併を考えるのが仕事」と言われていました。

高杉良氏の小説を30冊は読んでいるので、それと似たような流れで新鮮味はありませんが、実際にその嵐のような大手都銀の中枢部にいただけに書けることもあり、なかなか迫真の展開がスリル満点です。

今ではすっかり都銀は3グループ(りそなグループを含めると4グループ)に収斂して落ち着いてしまいましたが、私が新入社員だった頃は、三菱、住友、三井、三和、富士、第一勧銀、日本興業、東京、太陽神戸、東海、協和、大和、埼玉、北海道拓殖と14行も都銀と称される銀行がありました。

それが次々と合併を繰り返し、毎年のように銀行名が代わり、支店が統廃合され、ユーザーのためというより、自分たちの組織のため、国策のため、経営陣のために不便を強いられたこともあります。

その頃の出来事はこうした小説でしかもう知りうることができませんが、若い人にぜひ読んでおいてもらいたい本です。おそらく登場する経営陣の考え方や、それになびく部下達の滑稽とも言える行動は、若い人達にとってはまったく理解できないでしょうし、すべてフィクションだと思うでしょう。でも事実は小説よりも奇なりなのです。


夜想 (文春文庫) 貫井徳郎

貫井徳郎氏は今年44歳、すでに直木賞候補には過去に何度か挙がっています。そして今年2012年上半期も「新月譚」で候補には挙がりましたが残念ながら受賞とはなりませんでした。まだお若いので次で頑張っていただきたいものです。

多くの名作を数多く発表されていて私も今までに10作ほど読んでいますが、不思議と賞にはあまり縁のない作家さんです。多作傾向にある作家さんには審査員が冷たいのかもしれません。

「夜想」は2007年に発表され、2009年に文庫化された長編の小説です。

主人公は妻と幼い子を自分の目の前で自動車事故で失い、生きる希望を失ってしまっている外車自動車ディーラの男性です。その男性、死んだ妻と夜な夜な空想の中で会話をしたりとちょっと精神的にまいっている感じです。

そしてその主人公が落とした定期券を偶然拾ってくれた女性が、特殊な能力の持ち主で、なにも言わないのにその主人公のつらい想いを瞬時に理解してしまい、涙を流してくれるのを目撃してしまいます。

主人公はその女性の能力をもっと広く人に役立てもらうように奮闘し、会社も辞めてその仕事に没頭していきます。それが妻子を失って生きる気力を取り戻すことになるからです。

もうひとり、地方で夫に先立たれ、娘と暮らしている潔癖性気味の母親がいます。こういうミステリー小説にはつきものの、精神を病んでいる人達です。小説でも映画でも漫画でも、とかくこうした精神的障害がある人をすぐ犯人や悪人にしてしまう傾向があるのは、由々しき問題だと感じているのですが、この小説でもそれは残念ながら例外ではありません。

主人公が病んでいた精神が救われて悩める魂が解放されるのか?という内容で、もしデビュー作「慟哭」のような衝撃のラストを期待していると、ちょっと肩を透かされます。


普通のダンナがなぜ見つからない? 西口敦

2011年に発刊されたこの本は、タイトルが刺激的なせいもあってかよく売れたそうです。確かにこれだけ婚活ブームと言われ、総務省から生涯非婚率なんてものまでが発表されるようになれば、本人のみならず、その両親も手にとって読んでみたいと思うのではないでしょうか。

「普通のダンナ」の「普通」という前提条件が人によって違うでしょうけど、年収1つ取ってみても、既婚者を含み年齢問わずの日本の平均年収が400数十万円なのに、それを未婚者で一般的な結婚対象年齢である20〜30代の「普通」の年収と勝手に解釈してはダメよということとか、近年結婚の条件に「三高」が廃れて、その代わりに流行してきた「価値観が近い人」という希望も、砂浜で針を探し出すようなものだというような意味のことが書いてあります。それらと同様に、女性が常識と思っている誤解や勘違いをわかりやすく解説し、ではどうすればいいの?というところまで書かれた本です。

主として女性向けに書かれているので、男性が読むとエッと驚くような本命男性攻略法や誘惑テクニックなどまで書かれているのでギョッとすること請け負いです。さすがに婚活ビジネスにいるだけに、そういう男性心理を巧みに突いたテクニック指南などお手の物でしょう。

いずれにしても男女ともに、コミュニケーション下手と、もっといい人が見つかるはずという甘えやプライドの高さ、結婚はしたいけど自由な生活もいいとか贅沢を言っている人向けですから、解決はそう容易ではありません。

いずれは結婚したいと思っている独身男性が読んでも十分に役立ちそうな話しが満載で(女性の男性に対する行動がわざとらしく見えてしまい恐怖症になる恐れあり)、また他人事ながら結構笑えてなかなか楽しい本です。


閉鎖病棟 (新潮文庫) 帚木 蓬生

精神科医でもある著者はこうした医療関連の小説も多いのですが、「総統(ヒトラー)の防具」や「千日紅の恋人」「聖灰の暗号」、映画化もされた「三たびの海峡」など医療とは関係のない様々なジャンルでも面白い小説を出されています。

この「閉鎖病棟」は1994年の作品で「臓器農場」(1993年)「安楽病棟」(1999年)「風花病棟」(2009年)と内容はまったく別物ですがなにか共通するところがありそうなシリアスで重い内容の作品です。第8回山本周五郎賞受賞作品でもあります。

様々な理由で入院している精神病棟の患者達が主人公で、タイトルのような外部と完全に遮断されいる閉鎖病棟の話しはほとんど出てきません。どちらかと言えば、外出や外泊が自由な開放病棟に長く入院している患者達がメインです。

戦後のまもなくから高度成長期にかけて、日本の裏歴史とも言えるような話しで、なかなか文学に取り上げにくい内容だけに価値があります。

ちょっと淡々とした情景描写(登場人物の過去に犯した犯罪や病歴、そして病院の日常の風景など)が長々と続き、展開が速いミステリー小説などに慣れてしまっていると、途中で少しまどろっこしくなりますが、私は名作の1つと言っていいでしょう。

タイトルや表紙のイメージから最後は後味が悪い結果になるのかなぁと思っていたら、苦難の中にも明るい未来が開けているようになっていてホッとしました。もっと純文学として高い評価がされてもいいような気がします。


「IT断食」のすすめ (日経プレミアシリーズ) 遠藤功/山本孝昭

ITをビジネスに活用することで、本来なら業務効率が上がり、仕事が楽になるはずだったはずなのですが、なぜかそうはならずに、逆に余計な資料を作成することになったり、隣の人に声をかければ済むことをわざわざ時間をかけてメールで書いて送ったりと、なにかITの使い方をみんな間違っちゃいない?という問題提起をしている本です。おそらく読んでいると耳が痛くなるシーンがいくつも登場してきます。

この本を書いたのは株式会社ドリーム・アーツ代表取締役社長山本孝昭氏と大学教授の遠藤功氏です。ドリーム・アーツと言えば様々なソフトウェアを開発しているベンチャー系IT企業ですが、そこの創業社長がIT断食を勧めるところになにか面白味がありますね。もしビジネスの経験がないか乏しい大学教授や、コンサルタント、ジャーナリストが単独で書いている本だと、真剣に読む気が起きないでしょう。

ま、この本に出てくるビジネスの現場は、多くの人が経験していることでしょうし、それを別に疑問にも感じていない人がほとんどなのでしょう。私もそのひとりです。しかしあらためて現役IT系企業の経営者に指摘されると、なるほどと思ってしまいます。

確かに私が社会人になった1980年は、基幹系システムとしてのオフコンという概念はありましたが、それをコミュニケーションや文書作成ツールとして利用するという機会はありませんでした。

やがて1台200万円以上もするワープロ専用機が登場し、あれよあれよと言う間に90年代からパソコンがオフィスに侵略し始めてきました。でもまだPC1台が80万円とかする時代でしたから、個人が専用で利用するまでには至らず、したがってメールやスケジュールの共有といった今では当たり前のことはできません。

一人一台が普及したのはなんと言ってもWindows95が登場し、続いてWindows98あたりで普及が始まるとPCの価格が一気に下がり、企業も「業務効率化による省力化と創造的業務への移行」を旗印として導入を競いました。その時には、ネットで世界や人とつながるというのはなんと素晴らしいことかと実感もしましたが、同時になにかを失っていくことに一抹の不安と寂しさを覚えたものです。

結局は、IT導入が進み、仕事が効率化されて、時間に余裕が生まれたビジネスパーソン達が、創造的な仕事をやってきたかというと、これまた疑問が残ることになります。逆にビジネスには必須の対人コミュニケーション能力が著しく落ちてきてしまい、その結果として、著者が指摘するような余計な仕事が増えたり、うつ病や引きこもりの増大といった新たな問題が急増することになります。

ま、そのようなIT中毒に冒されている会社に対し警告をして、それの対策を考えているのがこの本の主旨ですが、本来一番読んでもらいたい肝心の経営層には届きそうもないでしょうね。


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うつ病に罹った人との関係は難しい 2012/9/26(水)

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(注)以下の文章はうつ病に罹った人やその関係者に対し偏見や差別、非難を与えるものではなく、私の個人的な体験から意見や感想を述べているに過ぎません。もしうつ病の方やその関係者の方で気に障る表現や言葉があればご指摘いただければ削除または修正します。

うつ病に現在罹っている人(有病者)はおよそ100人に1〜2人、生涯のうちにうつに罹る可能性がある生涯有病率は3〜16%と言われていますので(wikipedia)、職場や友人など身の回りにそういう人が数名いたとしても不思議ではありません。

うつ病は十数年前まではまだあまりよく知られていなかったこともあり、「怠け病」とか、朝起きられず連絡も来ないので「眠り病」とかひどいことを言われてきたこともあります。30年ほど前に私の部下がこれに罹り「遅刻が多い」「前夜は元気だったのに翌日いきなり欠勤する」「妙に明るい時と落ち込む時の落差が激しい」と、当時はこうしたうつ独特の症状について知らなかったので、ずいぶんと叱ったり励ましたりと余計なことをしてしまったものです。

今ではある程度その病気が認知され、その対処法なども書かれていたりしますが、現実にはなかなか思うようにはいかず、それが逆に周囲が変に気を遣うこととなり、ギグシャクした関係になってしまいそうです。

まずは発症しそうな人とのつき合い方が難しいです。本人は一生懸命普段通りやっていると思っていても、周囲はなにかおかしいと気がつきます。

自分から「どうもおかしいので病院へ行ってくる」と言ってくれれば解決が早いのですが、実際のところなかなかそうはなりません。しかしたいして親しくしていない同じ職場の人が「最近ちょっと変だから病院へ行きなさい」とは言えません。それは本人のプライドをひどく傷つけるように思え、また大きなお世話と思われてしまうからです。仕事上のライバル関係であればなおさらのことです。

一番いいのは家族や友人など、より身近で利害関係のない人がアドバイスをしてあげて、本人から治療に行こうと思わない限り、そのまま放置しておくと、少し改善してまた悪くなっての繰り返しをすることになります。

同じ職場にいるけれど、それほど親しくはない、でも仕事の上で重要なやりとりや関係があり、このまま放置しておいては仕事に支障が出そうと思った場合、共通する上長がいればその上長に相談するしか方法はないでしょう。直接言うのはどうも躊躇われます。

次に復帰後のことです。通常うつ症状が激しくなると治療のため会社を長期間休職し、心療内科など病院へ行き治療をおこないます。そして数ヶ月後に職場に復帰します。復帰を果たしてもまだ直後の段階では完治したとは言えないことが多く、引き続き通院して治療やカウンセリングを続けながら勤務をするというケースが多いでしょう。

そういう人が上司であれ部下であれ、同じ職場にいると周囲はどうしても気を遣います。いい人ほど「もし今度再発したら自分の責任だ」と思い悩む人も出てきそうです。

うつの原因が、職場や上司にあった場合は、職場や業務など環境を変えれば一気に改善することもありますが、大企業でない限り、そうそう職場や仕事をガラッと変えるのは難しく、結局復帰後も以前と同じか似た仕事をすることになります。

そして一度そうした長期病欠をしてしまうと、どうしても周囲には「またぶり返して急に休むかも」という不安がつきまとい、重要な仕事や期限のある仕事、気苦労が多い仕事は頼みにくかったりして、職場の人間関係がギグシャクしてしまいます。健康な人に病気の人の気持ちはなかなかわからないものです。

「うつなんて風邪と同じで誰でも罹るもの」と言う人もいますが、風邪のように長くても数日ですっかりよくなるものとは違い、数ヶ月から数年と長期間にわたりケアしていかねばならないことは大きく違います。そのように完治まで先が見えないことや、熱や咳の具合でわかる風邪と違って周囲にはその改善状況がわからないというのも不安な一面です。

実際うつ病治療中の人が職場で隣席にやってきた場合、どのような声をかけられるでしょうか?

「頑張れ」「元気そうだ」「しっかりしろ」などは、うつ患者にとって禁句とされていることぐらいは常識としても、他に気軽にかけられる言葉ってなかなか思いつきません。「今夜飲みに行かない?」とかも通常は医者からも止められているでしょうし、もし飲みに行ったとしても今度は話題に気を遣って大変です。

少し調べると「最近調子はどう?」とか「焦るなよ」「なるようになるさ」とかはいいみたいです。でも同じ職場というだけで個人的に親しくない場合、結局は仕事上の必要最低限の会話しかできなくて、それが相手に疎外感を与えてしまわないかを心配します。

上司、部下、同僚など親しさのレベルと、管理責任のケースバイケースだとは思うのですが、実際に職場でうつ病の人と一緒になった場合、こちらからはなにもできないのが実際のところではないでしょうか。

最近では「新型うつ」と呼ばれている「仕事中は暗く落ち込むが、プライベートで好きなことをやっていると明るく元気」というような非定型うつというのも流行しているそうで、本当にそのまま同じ仕事を続けていて病気が改善するのか?とも思えてきます。

いずれにしても一度罹ると約5割の患者が再発するうつ病ですから、気長に見ていくしかないのでしょう。少し学んでおくために、映画「私のツレがうつになりまして」も今度レンタルで借りてこなくっちゃ。

うつ関連の記事やブログを読んでいて、こんな記事を見つけました。強い人ですねぇ。

「オレは今、鬱病で長期休暇中だけどすぐに元のパフォーマンスで復帰してやるよ」
けれど、鬱病。こんな病名までオープンにするおバカは他にいないと思うのだけれど、復帰すれば「どうしたの?」「何があったの?」心配や好奇心に晒されること請け合いであるし「これでマサバヤシ失脚。むふふ。」なんて思う方も一部いらっしゃるので「このやろう、俺は別に終わりじゃねーよ」と、宣言するためにも現在の心持ちなどを、オープン或いはシェアしちまえ、って考えたのである。

「うつ病からの復帰プロセスの第一歩は「通勤訓練」」
この通勤訓練。何かというと「通勤時間に会社へ向かい、終業時間に帰宅する」というもの。この単純な訓練が実は過酷、苛烈極まりないものなのであります。
 (1) 通勤時間に起床し、会社へ向かう
 (2) 会社の前に着いたら、職場によらずに図書館へ向かい時を過ごす
 (3) 終業時刻になったら、帰宅する
 (4) (1)から(3)を2週間に渡り実施する

こういう訓練をすることもあるのですね。いや驚きました。朝会社へ行くという習慣をつけるという意味なのでしょうけど、会社には寄らず図書館へ行くというのは凄いです。

しかしいくら本好きでも2週間毎日、朝から晩まで図書館で過ごすというのは、これは働き蜂のような生活をおくってきた普通のビジネスパーソンにとっては拷問に近いような気もします。自宅ならば動きやすい身軽な格好で、寝転がったり、お茶やお菓子を自由に飲んだり食べたり、他人の目を気にせずだらしない姿勢でもいられますが、図書館ではそういうことはできません。

しかも学生でもなさそうな、いい大人が昼間から毎日図書館へ来ているとそりゃ周囲の目が気になります。人からは仕事もしないでなにしているのだろうとか、怪しい人と思われているかなぁとか。私なんかそれだけで憂鬱な気分になってしまいそうです。

それはさておき、この方はすでに同じ職場に復帰されていますが、これぐらい自分の病気を理解していて、しかも明るい自信家?だと、周りもそれほど気を遣わずに、病気になる前と同じようにガンガンやり合えて楽かも知れませんね。それでうつが本当に完治するかどうかは別として。


(参考)うつ病を描いた映画
    

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面白い入社試験 2012/9/29(土)

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すでにネット上で賛否両論出尽くした感がありますが、ライフネット生命の新入社員採用時の一次試験です。ネットでエントリーは誰でもできますが、あらかじめ公表されたこの課題を提出しなければ先へは進めません。

ライフネット生命 2013年新卒採用

下記のAまたはBを選び課題提出です。
皆さんには『重い課題』に挑戦していただきます

A.あなたは内閣総理大臣から突然呼び出しを受け、「インターネットの力を活用して、日本の少子化問題の解決に取り組む方法」について提案することになりました。
[1]日本における少子化の現状とその原因を明らかにしてください。
[2]そのうえで、あなたが解決すべき課題をあげてください。
[3]インターネットを使ってその課題を取り組むためのプランを立て、費用対効果とともに提案してください。
 (注)あなたは現在の少子化担当大臣の政策実行チームとはまったく別に依頼されています。

B.「あなたが学んでいる学校を、そこで学ぶ学生にとって、より魅力的な環境にするために効果的に使いなさい」という条件で、あなたに1000万円差し上げます。あなたならどんな使い方をしますか。次の点を踏まえて、なぜそう考えるのか説明してください。
[1]あなたが考える「より魅力的な環境」とは何か定義してください。
[2]そのうえで、あなたが取り組むべき課題を設定し、説明してください。
[3]その課題を解決するための1000万円の効果的な使い方を、それを選んだ理由とともに説明してください。
(注1)すでに卒業している場合には、最後に学んでいた学校について考えてください。
(注2)「1000万円」以外の前提条件は、あなたが自由に設定してかまいません。

提出形式
A4、形式・枚数自由。

ちなみに昨年も同様な形式での出題でエントリーは5,161人いたのに提出者は39人(0.8%)、今年は8,000人以上のエントリーで約100名の提出だったそうです。

うむ、私だったら、訳のわからない一般常識テストや適性試験なんかを受けさせられるぐらいなら、このような時間をたっぷりとかけられる論文形式のほうがずっと嬉しいです。またこの中に遊び心(これが大事です)や、できっこないような壮大なこと(これも大事)もこそっと入れ込むことができますからね。つまりこれは相手があるビジネス上での提案ではないので、常識ある頭で考えてはダメです。学生らしく大きな夢と世の中の非常識を持って書くべきなのでしょう。

でも実際に就活生にとっては普通に50社、100社と大量にエントリーをするために、このような「時間と手間のかかることはやってられない!」ということになるのでしょう。それがこの会社の本当の狙いで、真剣に当社に絞って受けてくれる人だけでいいという割り切り方です。

個人的には素晴らしいやり方だと思いますが、社内では賛否あったでしょうね。2008年にできたばかりのベンチャー企業ゆえ、社長の一声かも知れません。

上記の課題に「正解」などもちろんありませんが、私ならどういう方向性で書くだろうかと考えてみました。Bの課題は卒業後もう30年以上も経ち、今の学校が理解できませんので、Aの課題だけです。しかも学生の頃のような遊び心や壮大な夢は持ち合わせていないので、普通のくだらない回答になりそうです。

まず「現状の原因」はネットで調べるといろいろと出てきますが、総務省発表のデータを元にして原因を探っていきます。これには時間はかけません。

まぁ一般的な原因としては、
(1)生活スタイルの変化「ライフスタイルの多様化による結婚の高年齢化や非婚化」
(2)経済的な事情「若年層の雇用不安と低年収による未婚率上昇」
(3)仕事と生活の両立「子育ての不安や出産後の職場復帰の困難からくる子作り断念」
(4)意識の変化「核家族化、シングルライフによる家督制度の崩壊」
などが上がってくるでしょう。

おそらく様々な統計を見ると少子化≒非婚化、晩婚化ということがわかると思われます。

次の「解決すべき課題」と最後の「プラン」が重要ですが、まずは「原因」で出てきたものの中から自分が一番取り上げてみたいテーマを選びだし、その理由と方法について大ざっぱにツラツラと書きながらやがて明確化していきます。

常識的に言えば海外、特に少子化から脱し出生率が高まったフランスや北欧諸国の政策なども参考にします。ただし誰もが考えつくようなことだったり、ネット上の情報を書き写しただけのようなものはどうせすぐにバレますので、ここで自分の独自アイデアを必ず盛り込み、それを強く表に出していく必要があります。できるできないかは関係なしに、自分の思いこみでも構わないので、信じるところに突っ込んでいくという姿勢が重要です。

「プラン」と「費用対効果」は「なにをいつまでにどうするか」を考え、目標数が設定できれば自ずとできてきます。それらの数的根拠は、新しいことをおこなうならば「エイヤー」の世界です。まったく先例がなければ参考にできる数値がないわけですから、それで構いません。逆にフランスの例を引っ張ってきて、それと同じだから「これだけの概算費用がかかり、、、」と書いたらそこでアウトと思っていいでしょう。

遊び心を入れるのは、この最後のプランのところが最適です。誰もが「えっ」と思うようなとんでもないアイデアをそっと入れておきます。これ重要。それが企業の採用担当者や経営者にとってフレッシュで頭の柔らかい新人君に一番期待をしている点です。

研究者以外、学者が書いたような理路整然とした論文なんて誰も期待していません。例えば「ネットを使った在宅勤務を増やして子育てしやすくする」など誰でも思いつく普通の提案なら読みたくもありません。そうではなくて読んでいて楽しい、もっとわかりやすく言えば「書いている人がワクワクしながら書いている」とわかる文章を書くのです。

例えばの例を書いてみると、
(1)高校や大学の特別インターネット授業で「男女交際と結婚、子育て」を男女別クラスにして必須で組み入れる。但しカリキュラムの作成や講師は文科省ではなく婚活系ビジネス企業や心理学者が担当し、お笑い芸人が役者として登場する。
(2)公営出会い系サイトの開設。こちらも役人主導ではなく、携帯ゲーム会社やSNS運営企業等へ委託し、開発費実費+出来高制(結婚数)での報酬支払い。こちらも婚活中の芸能人が(名前だけでも)登録し、お見合いパーティにも出てくるのをウリにする。

う〜ん、私ももう50代半ばで頭がコチコチに固くなっているので、そんなにはいい発想がでてきません。もちろん上記が正解でもなければ、それをすれば通過したという保障なんかどこにもありません。念のため。

もっとも、いくら発想がよくて文章がうまく書けて一次試験は通過しても、次の面接で「期待していたほどではなかった」と落とされてしまうかもしれませんが、少なくとも期待をかけられて面接に臨めるだけ有利です。


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