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日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです
628 優先席に思うこと 2012/8/1(水)
629 7月後半の読書 2012/8/4(土)
630 38年後(2050年)の雇用形態はどうなるのか 2012/8/8(水)
631 サッカー選手と野球選手の経済的考察 2012/8/11(土)
632 8月前半の読書 2012/8/17(金)
633 セールスの極意なんてものはないが、、、 2012/8/19(日)
634 味覚の変化について 2012/8/22(水)
635 英語の憂鬱 2012/8/25(土)
636 昨今の新入社員は終身雇用制を支持している 2012/8/29(水)



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優先席に思うこと 2012/8/1(水)

628
いまでは電車やバスに乗ると当たり前のように優先座席(シルバーシート)があります。この優先座席、高齢者・身体障害者・怪我人・妊婦・乳幼児連れなどを対象にできるだけ席を譲りましょうという主旨で1970年代から徐々に拡がってきました。

1970年代と言えば、高度成長期のど真ん中で、団塊世代が一気に社会に出てきて、通勤時には電車もバスも超満員のすし詰め状態が一番激しかった頃です。そういう若い世代が多いときに、敬老精神や身障者を守るマナーを広く国民に植え付けるという意味では絶妙のいいタイミングだったのでしょう。

しかしそれから40年が過ぎ、すでに国民の4人に一人、まもなく3人に一人が高齢者となる社会に、ごく一部に限られた優先座席が果たしてこのままでいいのか疑問でもあります。

つまり優先座席がわざわざある以上「年寄りや身障者はまず優先座席に行くべきで、優先席以外で当たり前のように席を譲ってもらえると思うのは大きな勘違い」と普通の人が思っても不思議ではありません。優先席付近とそうでない席で、高齢者や幼児を抱えた人が、席を譲ってもらえる確率はかなり違っています(筆者調べ)。

高齢者と妊婦や幼児連れ、障害者などを含めると優先席を必要とする人は年々増え続け、時間帯にもよりますが、電車やバスの利用者の1/3ぐらいになってきていると思われますが、優先席数は座席数全体の1/9〜1/10ぐらいしかないのが実情です(小田急電鉄車両の場合)。

そこで横浜市営地下鉄は2003年から全席を優先席としましたが、実際的にはあまりうまくいっていないようです。

それに4年先だち1999年には関西の阪急電鉄および能勢電鉄・神戸電鉄が全席優先席と定めましたが、不評なことから2007年には廃止して、従来の特定の席だけに優先席を設ける方式に戻りました。

いずれにしてもそれがうまくいかない理由として「席が差別化されてないと譲ってもらえない」ということが一番の理由だそうです。ま、なんとなくわかります。

東京都の地下鉄ではこの6月より優先席を増加させました。いわゆる優先席の常道である車両の端、連結部分の近くをいままで片側だけだったのを両端ともすべて優先席としました。これならわかりやすくて、いいかもしれません。

多くの場合、優先席付近では医療機器に影響を与えないよう携帯電話の使用は控え、電源を切るようにと大きく表示され、時々アナウンスもされますが、実際それを守っている人はあまりいません。そんな多くの人が守れもしないルールをそのまま放置しておいていいのかこれも疑問に感じている点です。

ごくまれに「ここは携帯電話は禁止だよ」と注意をする勇気ある人がいますが、逆ギレされて、中には事件に巻き込まれてしまうことがありますので、おいそれとできることではありません。

電車内で携帯使用注意され、ホームで線路に突き落とし 殺人未遂で逮捕

バス車内での電話使用を注意され、催涙スプレー噴射

上記のような逆ギレ事件はいくらでもあります。

以前男性が電車内で女子大生に痴漢をしたと逮捕されましたが、どうもその後を調べていくと、電車内で携帯電話を使用していたその女子大生に注意したところ、その意趣返しでえん罪をきせられた可能性があるようです。

結局その男性は容疑不十分で無罪釈放されましたがそれまで21日間も拘留されました。釈放後国家賠償請求の民事裁判を起こしましたが今度は「痴漢をしていない証拠」が出せずに敗訴となっています(男性の立場からするといったいどういう証拠を出せというのだろう?)。そういう報道や事例を知るとおいそれと人に恨みを買うようなことなどできません。

話しを優先席に戻して、よく「大人が優先席に座ったまま、高齢者や身体障害者が近くに来ても席を譲らないのはけしからん」という偽善的な話しをよく目にします。

しかし優先席に座っている「普通に見える大人」にどのような障害や優先席に座っている事情があるなんて、外見だけではわかりません。一見健常者に見えても、長くは立っていられない怪我や病気、苦痛を持っていないと、どうしてわかるのでしょうか。

私は股関節症を煩い、外見上は普通の健常者と変わりませんが、長く立っているのがつらく、席が空いていれば優先席であろうとどこでも座ります。

しかし、優先席に座ったときは、精神的に非常につらいことになります。それは気のせいかも知れませんが上記のように「なんでお前がここに座ってんだよ」という刺々しい周囲からの視線です。そして混んでくると肉体的痛みと闘うか、それとも精神的苦痛と闘うかのせめぎ合いをすることになります。

よぼよぼで今にも死にそうなお年寄りや、足に包帯を巻いて松葉杖でもついていれば、そのようなことは思われないのでしょうけど、世の中には身体にハンデを抱えながらも、できるだけ健常者と同じ仕事や生活をしようと努力し、そしてその努力をすればするほど、健常者と同じ扱いをされてつらい思いをします。

なにが言いたいかというと、世の中には自分とは違う様々な事情を抱えた人がいるので「外見だけで判断するんじゃねぇ!」ってことです、要は。

それでも、目の前にいかにも譲って欲しそうな顔をした高齢者がやって来た場合は、黙ってすっと立ち上がって席を譲っています。

しかしそういう高齢者に限って、大きなリュック背負って山歩きを楽しんできた帰りとか、仲間とつるんで観劇してお土産の紙袋をいっぱい抱え元気そうなおばさま連中だったりするんですけどね。それも外見だけではわからないので仕方ありません。


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7月後半の読書 2012/8/4(土)

629
カイシャデイズ (文春文庫) 山本幸久

この本が8作目となる山本幸久氏の小説を読むのはこれが初めてですが、読んでいるとベテラン売れっ子作家が書いたような手慣れた読みやすい文章が私に合っていてとてもいい感じです。

著者山本氏のデビュー作品は2003年に小説すばる新人賞を受賞し、その後は年間2本ぐらいのペースで小説が出ていますが、なぜかあまり書店で目にとまることがありませんでした。

どの作品も高い評価を受けているようですが、対象とする読者ターゲット層が曖昧で、小説のテーマ自体が若干地味だからでしょうかね。

この小説の登場人物は都内にある内装・設備会社で働いている人達で、章立てごと営業、施工管理、設計、新人、社長、古株お局様など年齢も仕事の内容も違う主役達が次々と入れ替わり視点が変わっていきます。著者自身は学校卒業後にこういう会社の勤務経験があるので、この業界の話しはお手の物でしょう。

しかしタイトル通り、会社の日々の出来事が淡々とつづられているだけで、なにか大きな事件が起きたりもせず、また無意味に人が殺されたり、惜しまれながら若くして誰かが病死したりする最近の小説の風潮ではなく、したがって無理矢理ストーリーを盛り上げようとはせず、普通のサラリーマンの日常が積み重ねられていきます。

と、書いてしまうとなんだか平凡すぎて面白くなさそうに聞こえてしまいますが、決してそうではなく、読む側も「こういった仕事のトラブルってあるよな」とか「ここまでひどくはないけどご無体なこと言う客はどこにでもいるよな」って頷きながらも楽しく読み進めていけるって感じでしょうか。

そして場面に盛り上がりが欠ける分、それぞれ主役(語り部)になる登場人物がみんな個性的で曰く付きで、そして魅力があり、読者がそれぞれの登場人物に自分を重ね合わせることもできそうです。そしてこの会社で一緒に働く仲間として入り込めるような感じです。会社創業時に雇われ今では古参となった女性社員の章は、浅田次郎氏が描く女性のタッチになんとなく似ていたりします。

一見すると確かに地味な小説ですが、なかなかの秀作で、できればこのメンバーでシリーズ化をしてもらいたいものです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

レンタル・チルドレン (幻冬舎文庫) 山田悠介

山田悠介氏は1981年生まれの小説家で、2001年発表のデビュー作「リアル鬼ごっこ」が100万部を超える大ヒット作となり一躍時の人となりました。この「レンタル・チルドレン」は2006年に発表された作品です。

ストーリーは、タイトル通りで、病気で最愛の息子を5歳で亡くしてしまい、生きる気力もなくしてしまった夫婦が、あるきっかけから知ることになった身寄りのない子供を有料でレンタルできる会社へ行きます。そして会社のデータベースで死んだ息子と生き写しにそっくりな子供を見つけます。

その子供を我が子の再来と信じ、自宅へ連れ帰ったことから様々な出来事が起きていきます。そしてなぜ息子とそっくりな子供が存在したのかなど子供レンタル会社の謎が徐々に明らかになっていきます。

ストーリーは極めてシンプルかつ内容は荒唐無稽で、特に読者をうならせるようなひねりが効かせてあるわけではありませんが、近未来SFホラーというジャンルでしょう。

この手の作品は比較的若い年代層にとってはコミックと同じような感覚で楽しく読めるのではないでしょうか。そのコミックで言えば内容は全然違いますが大ヒット作「賭博黙示録カイジ」のような、若者向けのとっ散らかったアナザーワールド的な感じが似ています。

ただこの手のストーリーは、あまりにも現実社会を知りすぎた50過ぎのおじさんが読むと、なにか薄気味悪さだけを感じ、読んでいて楽しい小説ではありません。

それならばいっそクローン技術の社会問題テーマとして20年も前に書かれた帚木蓬生氏の「臓器農場」(1993年)などのほうがより現実感があり、またストーリー的にも奥が深くて楽しめるのではないでしょうか。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

影法師 (講談社文庫) 百田尚樹

2010年に単行本で発刊され、この6月に文庫化されたばかりの著者初めて?の時代小説です。

「百田氏と浅田次郎氏の作品の共通点は?」と、問いかけをすると、おそらくはどちらも「ストーリーで読者を泣かせる」と言うのが私の答えなのですが、浅田次郎氏の場合は主に女性的な涙、百田氏のそれは男性的な涙という点に違いがあります。

もっとも先日読んだ百田氏の「モンスター」は、涙を誘うというよりは「えげつない社会をかいま見た」「男の軽薄さが浮き彫りに」といった内容で、エンタメ指向のちょっと今までの百田氏には見られない作品でしたので「それだけじゃないんだぞ」と主張していたのかも知れません。

「影法師」の主人公は最下級武士の出で、子供の頃まだ幼い妹を守るため上位武士に逆らった父親が主人公の目の前で斬られてしまい、その後なにかと上位武士との確執が生まれていきます。

そして当時は厳格な身分制度があるため下級武士の子が上級武士を超えて出世することはできませんが、努力を積み重ね、そして様々な幸運にも恵まれ、やがて藩主からも認められるようになり異例の出世を果たします。

その順調に見えた主人公の飛躍には、主人公が考えもしなかった子供時代からの親友の助けがあったことが後になってから判明していきます。そのサポートが本書タイトルの「影法師」となっているものと思われます。

「永遠の0」では深い家族愛を貫くための自己犠牲を描きましたが、こちらは男の友情と藩のため大きなことを成すための自己犠牲を描いていると言っていいでしょう。

そのため家族を持つ身としては「永遠の0」には泣けましたが、こちらの友情に関しては年を取りすぎたせいか感動はすれども泣けるようなところまではいきません。

おそらくは時代劇映画にふさわしいストーリーでもあるので、きっとそのうち「永遠の0」に続いて映画化されるのではないでしょうか。

ここ十数年時代劇では世界的な大きな賞をとっていないので、できればこの作品では主演に人気アイドルを引っ張ってくるような安易なことはせず、真に迫力のある演技ができる若手俳優を起用し、監督も有名どころではない若手監督で、新しい感性の元で制作していただきたいと願うばかりです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

あたりまえだけどなかなかできない 51歳からのルール (アスカビジネス) 古川裕倫

2010年5月に発刊されたこの本は、31年のあいだ三井物産やホリプロ、リンスステーションなど大中小の企業に勤めてきた著者が、サラリーマンを卒業してから書かれたものです。

副題にもなっていますが、50代というのは人生の最終第4コーナーであると同時に、老後に向かう残りの人生の第1コーナーであるという言葉にビビッときました。

でも著者はさすがに早稲田卒で物産に入り海外駐在経験をし、転職後も企業の役員を務め、定年を待たずに新たに起業をしてと、普通のサラリーマンからするとエリート街道をまっしぐらに進んでいる人生で、そういう人の考え方に共感し合えるはずがないじゃんという思いも正直あります。

ま、しかし人の50代の生き方を知ることは悪いことではないので読み始めました。

やたらと司馬遼太郎の「坂の上の雲」や「竜馬がゆく」、福沢諭吉の「学問のすゝめ」の話が出てきて、この3つを読んでいないと「まともな人間じゃねぇ!」とばかりにグサグサ突き刺されてしまいますのでそれらをまだ読んでいない人は注意が必要です。

えぇ私はその全部読んでいません。別にそれらの本だけが本ではないと思うのですけどね。

内容は見開き2ページ分がひとつのテーマとなっていて、それが100あります。それだけに文章は極めて簡潔にまとめられていてわかりやすく、しかも自慢して偉ぶったり、過去の仕事を自慢するようなところがまったくなく、逆に昔の自分の行動を卑下しすぎてるのではと思うぐらい低姿勢に書かれています。たぶん著者と会って話しをすると、すごくいい人なんだろうなと想像ができます。

そして100もテーマがあるので、その中のいくつかには自分が至らなかったなと反省する箇所が発見できたり、耳が痛い話しだなと考えさせられるテーマがあったりします。

ただ人それぞれ考え方や価値観が違って当たり前なので「この著者とは家族に対する考え方が私とはちょっと違うなぁ」と感じたり、上記の読書の趣向が違っていますが、親しい知人と飲みながら軽い議論をしているようの感じで読めて、それなりに楽しむことができます。

読む側が勝手に気に入りそうな章を選んで読めばいいことですが、100話も無理して詰め込まず、この中から特に厳選した50話ぐらいが今のスピード時代にはちょうどよかったかもです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

バケツ 北島行徳

今年47歳になった著者北島行徳氏のことはこの本を買って初めて知りました。今回の7月後半の読書では百田氏以外はすべて初モノという珍しい結果です。

かなり前に「障害者プロレス」のことはテレビのドキュメンタリーを見て知っていましたが、著者はその団体のひとつの代表者でもあります。著書の中にも『無敵のハンディキャップ 障害者が「プロレスラー」になった日』などノンフィクション本などがあり、障がい者と共に生きるという話しが多そうな作家さんです。

経歴こそ全然違いますが「累犯障害者」の山本譲司氏ともなにか共通するところがあるのかも知れません。

この本のタイトルの「バケツ」とは主人公が勤務する児童養護施設で出会った軽度の知的障害をもった盗癖のある少年のあだ名です。

この少年は母親が子供を捨てて失踪後に、穴が開いたバケツに自分の着替えを入れてこの養護施設に送られてきたことからそういうあだ名がついています。

またこの養護施設では普通に体罰がおこなわれていて、少年の背中にはひどい傷がついています。そのような境遇にありながら、明るく前向きに生きようとするバケツに主人公は深く関わっていきます。

養護施設では18歳以上は留まることはできず、肉親は姉がいるものの、男性と暮らしていて引き取ることはできないと言われ、仕方なく主人公が自分で少年を引き取って世話をすることになります。

この点について縁戚関係もない人が顔見知りというだけで障害者を引き取り同居するというのは実際あり得るのかよくわかりません。

もしそのようなことができると、本書の中でも出てきますが福祉事務所から「障害者を食い物にしてピンハネしている」と思われても仕方ありませんし、さらなる虐待や強制労働、脱法行為などが起きても不思議ではありません。

おそらく著者は障害者の雇用の実態に詳しいので「いろいろ反論もあるだろうけど現実はこうなんだよ」ということを書かれているのかも知れません。

主人公は養護施設を辞め、バケツを引き取って一緒に生活をしていきます。そして一緒に仕事をするために最初は自分もよく通っていてノウハウを持っている日焼けサロンの経営を始め、次に無認可保育園、さらに高齢者向けの便利屋サービス業まで始めますので、なんとすごいバイタリティです。

子供の頃から気が弱いことを気に病んで、ボディビルディングを始め、マッチョな身体になったものの、気の弱さは大人になっても変わらないという主人公ですが、なかなかどうして、こう次々に事業を立ち上げるなど、普通の若者には考えられないバイタリティの塊と言えます。その主人公があこがれる幼なじみの年上のダンス教師との関係もキラッと光っていてとてもいい小説です。


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38年後(2050年)の雇用形態はどうなるのか 2012/8/8(水)

630
先月「国家戦略会議」(議長・野田佳彦首相)の「フロンティア分科会」(座長・大西隆東大大学院教授)が、日本のこれからの雇用の長期ビジョン「フロンティア構想」として報告書をとりまとめ、発表されました。

<フロンティア分科会報告書>
あらゆる力を発露し創造的結合で新たな価値を生み出す「共創の国」づくり (PDF)

これが大きくニュースとなって報道され、賛否両論ありましたが、ニュースを一読しただけだけではなんのことかさっぱりわからなかったので、少しまとめてみます。もちろん38年後といえば私はもうこの世とはとうにおさらばしているはずなので、どうでもいいっちゃいいのですが。

ニュースの概要は、
フロンティア分科会:40歳定年制など提言 実現は不透明(毎日新聞)

2050年の日本のあるべき姿を検討してきた有識者会議「フロンティア分科会」が7月6日、首相に提出した報告書は、雇用流動化で経済を活性化させるための「40歳定年制」の導入や、高所得者への社会保障給付の削減など大胆な政策を提言した。現状への危機感を踏まえたものだが、どこまで実現するかは見通せない。
(中略)
そのための施策として、少子高齢化に対応して75歳まで働ける雇用環境を整備する一方、40歳定年を選べる制度作りも提案。働き盛りでひとまず定年を迎え、成長企業に転職することなどを想定している。
(後略)
とのことですが、この後段部分を読んで理解できる人がいるのかどうか?

日経新聞はもう少し詳しく書かれています。
雇用流動化へ「40歳定年を」、政府が長期ビジョン、労働者の再教育を支援(日本経済新聞)

国家戦略会議の分科会は6日、国の長期ビジョン「フロンティア構想」の報告書をまとめた。国家の衰退を防ぎ、個人や企業が能力を最大限生かして新たな価値を生む国家像を2050年に実現するための政策を提言。「40歳定年」で雇用を流動化するなど労働生産性を高める改革案を盛り込んだ。
(中略)
改革案の柱は雇用分野だ。60歳定年制では企業内に人材が固定化し、産業の新陳代謝を阻害していると指摘。労使が合意すれば、管理職に変わる人が増える40歳での定年制もできる柔軟な雇用ルールを求めた。早期定年を選んだ企業には退職者への定年後1〜2年間の所得補償を義務付ける。社員の再教育の支援制度も作る。雇用契約は原則、有期とし、正社員と非正規の区分もなくす。
もっとも定年制の前倒しには労働者の強い反発が必至だ。社内教育で従業員に先行投資する企業側の抵抗も予想される。改革の実現には転職市場や年功型の退職金制度、人材育成などと一体的な検討が必要だ。改革案は長期的な指針で、全
て早期に実現を目指すという位置づけではない。
(後略)

ここでは「雇用問題」に限定しますが、上記で言いたいことは

前提
1)現在の60歳定年制は雇用の硬直性を招いている
2)現状のままでは企業は40年後には新興国に敗れる
そこで
3)付加価値の高い産業や仕事で時間や場所を選べる労働が理想

例えば
4)企業は40歳定年制も選択できるようルール改正する
5)早期定年者には1〜2年の所得補償義務づけや再教育支援制度を実施

さらに
6)雇用は有期契約のみとし正規・非正規の区分を廃止する

と言ったところでしょうか。

これを見て感じたのは、あくまで雇用する側(使用者)の立場での論理構成だなと感じました。委員会の構成メンバーの多くが大学教授で、一般社会と企業の現実を知らなさすぎるというのが最大の要因でしょう。

つまり安い給料で元気に働いてくれる30歳代までの人を企業は積極的に使い、40歳代以上は体力も落ちて持病も多くなり、さらに仕事よりも家庭を中心と考えるようになるので、ごく一部の役員候補以外は自動的に若年定年制にして追い出し、企業は身軽になって国際競争力をつけようと言っているかのようです。

そしていったん役員になりさえすればそれこそ70代でも80代でも何歳でもOKよと。それは支配層にとっては夢のようなパラダイスでしょう。

しかし現実はというと社会保障費削減のあおりを受けて、年金受給開始が遅れ、働きたくなくても定年を延長して65歳に、さらに70歳にしようという方向まで決まっています。そしてこれからの主役となってくる若い新卒の社員達は、ずっと定年までひとつの会社で働きたいという願望が年々強くなってきています。

これらの記事の「40歳定年」と言っているのは、どうも現在の60歳定年と同じ意味の定年ではなさそうで、一部の企業で導入され始めている「選択定年制」のようなものなのかなと最初は思いました。

もし現在の「選択定年制」であれば辞める辞めないは雇用者側が判断するのであって、長くそのまま働きたい人は残ってもなんら問題はないのですが、ここではそうではなさそうです。

結局「使用者側が柔軟に決められる定年制」と呼ぶべきでしょうか。まるで使用者が絶対的立場で強く、従業員を奴隷のように扱い女工哀史を生んだ明治、大正の頃の大企業労使関係のようで、時代を逆行しているように感じます。

また現在は有期と無期が入り交じっている雇用契約を、すべて有期雇用にするということは、欧米の雇用契約に近づけようという意味合いなのでしょうが、これも使用者側にとっては誠に都合がよい雇用形態です。

通常有期雇用契約と言えば最大で1年間ですから(プロ野球の3年契約とかは雇用契約ではなく球団参加契約)、使用者が毎年残したい人だけ選抜し、あとはその時の業績や気分で自由に解雇ができるという使用者側からすると願ってもない夢のような話しです。

この改革案は直ちに政府方針となるわけではないとのことですが、こうまでして学会や政界はパトロンの経済界におもねって雇用の流動化を推進し、アジアの新興国に対し経済や政治で必死にリードを守っていく必要が本当にあるのでしょうか。

超高齢化に向かうこの社会において、しゃかりきになってアジア各国と経済競争をするのではなく、国内内需に重点を置いて世界に羨ましがられる国や社会インフラを作り上げ、日本へ行けば世界でトップクラスの医療、介護、エンタテーメント、リゾートなどの質の高いサービスが得られ、世界中(のお金持ち)から老後はこの安全で清潔な国に移り住みたいと思ってもらえる国を目指すほうが、国際社会の中においてずっと存在感が増すのではないでしょうか。


超高齢化に向かうこの社会において、しゃかりきになってアジア各国と経済競争をするのではなく、国内内需に重点を置いて世界に羨ましがられる国や社会インフラを作り上げ、日本へ行けば世界でトップクラスの医療、介護、エンタテーメント、リゾートなどの質の高いサービスが得られ、世界中(のお金持ち)から老後はこの安全で清潔な国に移り住みたいと思ってもらえる国を目指すほうが、国際社会の中においてずっと存在感が増すのではないでしょうか。




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サッカー選手と野球選手の経済的考察 2012/8/11(土)

631
小学生の時の卒業文集に「大きくなったら杉山選手(本人注:杉山隆一元三菱重工サッカークラブ右ウイング)のようなサッカー選手か、長池選手(同:長池徳二元阪急ブレーブス4番打者)のようなプロ野球選手になりたいです」と書いた記憶があります。

いかに小学生の頃は足が速く、それなりに運動神経がよかったかがわかる記述ですが、残念ながら私の運動神経を誇れるピークはその頃までだったらしく、中学生の頃にはそれらの話はタブーとなってしまいました。

また同時期に大活躍をしていた釜本選手、王選手、長島選手といった誰もが知る人気選手ではなく、小学生ながら杉山選手や長池選手に注目していたというのは、我ながら天の邪鬼というか、世の中の流行にとらわれない独自の素晴らしい目と洞察力を持っていたなと感心します。もちろんそれらの力もその頃がピークだったことは言うまでもありません。

さて、日本のサッカーがプロ化されたのは1993年(平成5年)のことで、まだ20年も経っていません。ヨーロッパではイングランドでは100年以上も前にプロ化されていたのを筆頭に、1920年(大正9年)頃には他の多くの国でプロ化がおこなわれていました。

それから考えると日本のサッカーは世界から大きく遅れていたかがわかります。それでもいまや日本のプロサッカーは、韓国と並び本場ヨーロッパと十分に渡り合える存在となってきたことはW杯やこのロンドンオリンピックで証明されてきました。

一方の野球は19世紀にすでに発足していた本場の米メジャーリーグには遠く及びませんが、1936年(昭和11年)には「日本職業野球連盟」ができて、プロ野球の興業がおこなわれていましたので、ざっと日本でも80年近い歴史があります。

子供の頃から不思議だったのは、サッカーと野球を比較して世界ではどちらが人気があるかを調べると、北米と東アジア以外ではサッカーに大きく分があります。なぜアメリカと日本でこれほど野球人気が起きたかについては、様々な理由はあるのでしょうけれど、ここでは話題にしません。

スポーツを興業とした場合、つまりお金儲けをするにはどちらが有利か?という視点に立つと、興業に必要な専用のスタジアムが必要な野球が経費が多くかかりそうで、オリンピックの競技種目から外された最大の理由が「球場建設にお金がかかる」というのもわかります。

日本のドーム球場など最近はその限りではありませんが、野球場は多くの場合は野球専用で、他のスポーツと共用したり形状が特殊なため他に転用がしにくい面があります。

しかし一方では野球はお客さんを呼ぶことさえ可能であれば、一組のチームで1週間に6日ぐらい詰めて試合をおこなうことが可能です。

サッカーの場合は選手の消耗度が高く、せいぜい詰めて開催してもコンディションを考えると1週間で2試合が限度でしょう(オリンピックでは6日間に3試合がありましたがちょっと無理があります)。つまり興業面で考えれば野球はサッカーの3倍もの生産性があるということになります。

実際にサッカーの公式試合は年間で多くても1チーム40〜50試合ぐらいですが、野球はメジャーで年間162試合(プレーオフ除く)、プロ野球で144試合と、サッカーの約3倍の稼働率(試合数)があります。そして1試合の平均観客動員数も日米に限れば野球のほうが圧倒的に多く収益面では大きく差が開いているはずです。

でも不思議なもので世界のトップアスリート達の年収比較ではいつもサッカー選手が野球選手よりも高給を取っています。

スポーツ・イラストレイテッドの世界のアスリート上位ランキング(2011年)では、サッカーのメッシ選手が推定4380万ドル(約34億6千万円)で全体7位、C.ロナウド選手が推定3880万ドル(30億6千万円)で同8位、ルーニー選手は推定2920万ドルで同18位、カカー選手は推定2730万ドルで同21位と、上位30位以内に6人も入っています。

野球選手はというとA.ロドリゲス選手が推定3600万ドル(28億円)で10位、イチロー選手が推定2400万ドル(19億円)で29位の二人だけです。

これは世界という単位で見ると野球よりサッカー人気が圧倒的に高く、それだけ世界中トータルするとファンの数も多いので、関連収入など稼げる金額も違ってくると推定できます。

ということは世界トップクラスの選手なら、野球選手よりサッカー選手のほうが効率よく稼ぐことができことになります。つまりプレーする時間(日にち)は野球選手の1/3のサッカー選手が、野球選手よりも多く収入があるからです。

ただし野球とサッカーでは現役選手でいられる年数が違うので(平均的にはサッカーのほうが短い)、生涯獲得収入でみるとまた違ってくるでしょう。

なので、野球に才能がありそうな子供は早くから日米の強豪チームに野球留学をしてメジャーを目指し、サッカーに才能がありそうなら、早めにヨーロッパへサッカー留学か武者修行するに限るということです。もしどちらにも才能があり選べるなら、太く短く生きるならサッカーで、細く長く生きたいなら野球ということになります。

ちなみにランク上位の他のプロスポーツをみると、なんとプロゴルファーが1位、2位を独占しているんですね。

それからすると、子供の頃に野球やサッカーの才能があれば、それはたぶん運動神経が人より優れているということなので、将来のことを考えると、そのまま野球やサッカーを続けさせるのではなく、家族親戚がよく言い聞かせて中学生ぐらいから本格的にゴルフスクールへ通わせて英才教育をするのが経済的には成功するのかもしれません。現に最近そのような親を見かけます。

というのはゴルフは他のスポーツと比べ10代から60代まで第一線で稼ぐことができる非常に息の長いプロスポーツです。50代60代でも現役トップクラスとして活躍できるプロスポーツは、英国のスヌーカなどかなり限られてきます。

短期的に見ても他のスポーツ選手より稼げているわけですから(一部の人達だけが突出しているとも言えますが)、長期的に見ると生涯獲得できるお金は他の一流スポーツ選手よりも多くなる可能性が高そうです。もちろんそれはホンの一握りの選手ということではありますが。

最新のスポーツ・イラストレイテッド2012年のアスリート上位ランキングが出ましたので掲載しておきます。50位までです。



これを見ると、バスケット、ボクシング、アメフトの選手が数多く上位に多く入っていて、世界と言うよりもアメリカを中心とするスポーツがいかに稼げるかということがわかります。

いずれも日本では強烈なマニアはいるものの一般的にはそれほど人気が高くないスポーツです。逆にサッカーやレースはヨーロッパが中心でしょう。

そして日本人はお金を稼ぎたいならバスケットやアメフト、重量級のボクシングで欧米人に体格+運動能力で対抗できる人は極めて少ないのと、育成する環境や優秀な指導者もそう多くなく、この最新のデータを見る限りでは運動神経に優れた人は体格差をそれほど気にしなくてもよい野球、サッカー、ゴルフ、レーサーあたりに勝機を見出していくのがいいと判断できそうです。


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8月前半の読書 2012/8/17(金)

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黒い家 (角川ホラー文庫) 貴志祐介

今ではすっかり売れっ子のミステリー小説家貴志祐介氏の比較的初期(1997年初出)のホラー作品です。

主人公は生命保険会社の京都支社に勤務する独身男性です。著者は元朝日生命に勤務していたことがあり、生命保険会社の様々な内部事情が散りばめられなかなか興味深いものがあります。

特にこの小説のテーマでもある保険金殺人や不正受給の方法が詳しく紹介されていて、これを読んで保険金詐欺の不正行為を思いつくという人が出てきても不思議ではありません。

そう言えば昨年2011年のNHKドラマ「ラストマネー -愛の値段-」というのが放送され、そこでは伊藤英明演じる保険金支払い査定人が保険金詐欺の不正や犯罪を暴いたり、できるだけ支払いを免れようとする会社の姿勢など、生命保険会社の光と影をうまく演じて好評を得ていました。

この小説では、主人公と保険金の支払いを求める「黒い家」に住む異様な夫婦とが対決するわけですが、私は半分ぐらい読んだ時点で、この犯罪の真の主犯はこいつだなととすぐにわかってしまいました。それが誰かは読んでからのお楽しみです。

私でも推理ができるミステリーとしてはオーソドックスとも言える設定ですが、保険金を得るためなら我が子を殺したり、自分の指だけでなく腕を切り落とすなど背筋が凍るような話しで暑い夏にはもってこいの小説です。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

人生の大問題を図解する! 永田 豊志

いかにも元リクの起業家が自称しそうな「知的生産研究家」とよくわからない著者紹介ですが、いまや若者からカリスマ的存在と支持され順調にビジネスを拡大しているようで結構なことです。

今の若者の気持ち惹きつけるには「こうすれば金持ちになれる」「成功者になるためにはこうしろ」と迷いなくキッパリと背中を押してあげるのが一番いいようです。

2011年12月に発刊された本書で取り上げるテーマは大きく5つあり、「お金」「英語(語学力)」「仕事」「家族」「思考力」です。タイトルにはありますが「図解」とはちょっと言い過ぎで、一般的に公表されている各種のデータやグラフとカットイラストがところどころに差し込まれているに過ぎません。

そして気をつけなければいけないのが、よほどの自信家なのでしょう、自分の考えに多少酔ってしまっている例が見られ、例えば「思考力」において「ビジネスには論理的思考法が必須なのでこれからは理科系能力が重要」と断言し、その代表的な人に本田宗一郎氏などを挙げていますが、本田氏は現場第1の偉大な経営者だったということは間違いありませんが、それこそ中卒で丁稚奉公した苦労人で、著者が言うような数字に明るい理論派ではありません。それはもっぱら二人三脚でやってきた藤沢武夫氏の役目でした。

理数系が得意な経営者も数多くいることはわかりますが、楽天三木谷社長やユニクロの柳井正社長のように非理科系社長の活躍などの例も多く、著者の決めてつけを丸ごと信用するのはいかがなものかなぁと思わなくもないです。

ま、二人とも数字に明るいというのは間違いありませんが、経営者になればそれは自然と身につくもので、もしそれが身につかない場合は、本田氏やソニーの井深のような人のそばに藤沢氏や盛田氏がいたように共同経営者が必ず現れるものです。苦手なことは得意な人にやってもらうというのが、今も昔も普通の考え方です。

さらに日本の危機を煽る例として中国では日本の10倍もの工学系学生がいるとデータで示されても、今や世界の工場(製造業)としての地位が確立していて人口が日本の10倍以上の国と人数で比べられても別に驚くに値しません。

そういう誤解を与えてしまいそうなデータがいくつか見られますので、闇雲に信頼できません。広範囲な知識がまだない若い人を騙すには、こうしたデータを都合よく駆使するやり方は有効な手法なのでしょう。

細かいことは置いておき、これを読むことで、若い人にとってはこれからの人生の中で、ヒントや心掛けておこうと思うことがいくつもありそうです。若いビジネスパーソンに著者が人気がある(らしい)というのもうなずけます。

これもひとつのビジネス本というか自己啓発本ということになりますが、今の若い人は「英語や中国語を学ばなければならない」し、「稼いだお金をうまく運用して老後に備えなければならない」し、「理数系の思考法を身につけて論理的な発想力を鍛えなければならない」とすると、なんだかとても余裕のない、味気なさそうな人生だろうなぁと思わないでもないです。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

パズル・パレス (角川文庫)(上)(下) ダン・ブラウン

 
著者は2003年に発刊された「ダ・ヴィンチ・コード」で一躍ベストセラー作家へ到達したまだ40代のアメリカの作家さんですが、その世界的な大ヒットのおかげで埋もれてしまっていた過去の作品が急浮上することになりました。

その中にはすでに映画化もされ大ヒットした「天使と悪魔」(2000年)や今回のデビュー作品「パズル・パレス」(1998年)があります。

世界中に拡がるコンピュータネットワークのデータを集めて分析するアメリカの機関に勤務する暗号解読スペシャリストの女性と、その恋人の言語学者が主人公で、世界を股にかけた壮大な、、、と言いたいところですが、「ダ・ヴィンチ・コード」などと比べると底が浅く荒唐無稽なドタバタ劇としか思えないのが残念です。

現在の通信では、郵送のものはもちろん、電話も盗聴されていると考えるのが普通で、それが例えデジタル暗号化されていたとしても、国レベルの専門機関にとっては解読や盗聴は容易いことです。

急速に普及が進む電子メールにおいても、暗号化することで、一般には安全と言われていますが、それは個人や一般企業レベルの話しで、国家の安全保障機密や国際謀略を企てる犯罪者やテロリストなどのレベルにおいては、隠したい利用者と、解読したい国家との間で壮絶な闘いが水面下で繰り広げられていることが想像できます。

ストーリーはアメリカの暗号解読機関に対し、日本人技術者が絶対に解けない暗号技術を開発し、それを公表されたくなければ、すべての暗号を解読し盗聴していることを世界中に公表するように迫ります。

その絶対に解けないとされる暗号技術のパスワードを求めて主人公の一人言語学者が日本人技術者がいるスペインへ派遣され追いかけることになりますが、なぜ特殊な訓練を受けたこともない一介の学者風情が、国家機密を取り扱う重要な役目にたった一人で送り込まれるのかすごく不思議でなりません。それに気がつくと、あとはだいたいの展開が見えてきてしまいます。

  ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇   ◇

KAPPA (徳間文庫) 柴田哲孝

私と同年齢の作家柴田哲孝氏の作品では以前に「Tengu」(2006年初出)を読みましたが、その小説の大ヒットにより、前に刊行されていたフィクションのこのデビュー作品があらためて再版されたようです。したがってこの小説に登場した人物が、その後の「TENGU」などにも登場しています。

著者はパリダカラリーにも出場したり、アマゾン流域へ冒険したりとなかなか活動的な方で、フィクション小説以外にも多くのノンフィクション作品も出ていることでも有名です。

内容はタイトル通りの河童伝説に基づくもので、現代の茨城県にある牛久沼(龍ケ崎市)で河童らしき動物にバス釣りをやっていた男性が襲われ半身を食いちぎられて死亡するという事件が起きます。

フリーライターで何度か牛久沼へバス釣りにも来たことがある主人公がキャンピングカーでその事件の真相を探るべくやってきます。この主人公は世界中を歩き回り、アマゾンなどへも釣りの冒険に出掛けたとのことですから、著者の分身とも言えそうです。

この河童というのは想像的動物と言うことで、全国各地にその形跡が残っていたりしますが、いわゆるオカルト的な話にはならず、いたって現実的で上質なミステリー小説に仕上がっています。

この小説の中では、単にミステリーを楽しむというだけでなく、様々な外来生物が日本へ持ち込まれることによって、日本古来からの生物が危機に瀕し、それらを昔から育て獲ることで生活していた人々を苦しめるという環境問題に大きな一石を投じた内容となっています。

「kappa」から「TENGU」といわゆるUMA(未確認動物)シリーズはその後「DANCER」(2007年)へと続いていきます。


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セールスの極意なんてものはないが、、、 2012/8/19(日) 

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社会人になってから相当長い間営業の仕事に就いていました。そこでは様々な経験や努力をして、自分なりに営業を極めたと思っていますが、そうは言っても時代によって変化してきますし、いろいろと奥は深いものです。

一口に営業と言っても、B2B(企業向け)とB2C(一般ユーザー向け)の違い、製品を売るのと目に見えないソフトやサービスを売る違い、圧倒的に知名度がある人気商品を売るのと、まだ誰もが知らない新しい商品を売るのでは、その手段や方法は大きく違ってきます。

過去には何人かの研修コンサルタントによる営業ノウハウや理論なども学び、その中でも生かせそうなこともあれば、全然ダメなこともありました。結局自分に向いた営業スタイルは自分で作っていくしかないのだということです。

そしてある程度の実績ができると、今度は人に指導する立場になってきます。その時は自分がやってきたこと、考えてきたこと、失敗したことを中心に教え「最初のうちは物真似でいいから仕事を覚え、そのあと自分で考えて自分のスタイルを作るように」と指導してきました。

山本五十六の「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」は人を動かすマネジメントの極意だと信じていますが、とにかく自分の背中を見せることが大事です。

しかしいつの頃か、世間一般でそうした実地研修やOJTよりも、やたらと理論や合理性を優先する風潮になってきて、自分もそれに流されてきたように思います。

私が新入社員の頃、先輩から「営業マンはいつでもどんなものにでもアンテナを張り巡らせておかなければならない」と言われ、それは今でも確かにその通りだと信じています。

つまり自分が売る商品の知識だけあればそれでモノが売れるわけではなく、誰とどんな話題にでも共通の話しができて、それをどうすれば自分の商品やサービスにつなげていくかを年中考えておく必要があるということです。

そのためには新聞や雑誌を読み、移動中も駅や電車内の広告、歩いている人のファッション、売れている本や商品など常に気に留めるよう心掛けてきました。知識としては深くなくてもいいから、多くのことに興味や疑問を持って頭に入れておくことが大事なのです。

若い人には「そんな古くさい営業なんか」と一笑に付されてしまいそうですが、昨今の若者の「コミュニケーション能力低下」や「対人恐怖」「人間関係によるうつ病」などは、結局は年齢や性別に関係なく誰とでも共通の話題でうまく会話ができないので起きているのではないでしょうか。

「自分の好きなことや興味のあることには詳しいけれど、他のことには全然興味がない」というのは、その同好者同士であれば盛り上がれるのに、それ以外の話題にはついていけないということです。

しかし社会に出ると、同好の人に出会うことなどほぼ皆無で、若い人なら多くの場合は自分の父親や母親ぐらいの人と話をする機会が多く、そこではなかなか共通の話題が思い浮かばず、せっかくのチャンスを失ってしまうことが多いのです。

営業職であれば、お客様が自分の話しに合わしてくれるハズもなく、自分が相手に合わせるしかありません。自分には興味がなくても相手が年配者であれば、プロ野球のことや将棋、ゴルフの話題も多少なり知っておく必要があるのです。

最初のうちは、なかなかそれができなくて、ある年配のお客さんから「あなたは来るといつも仕事の話ししかしないね」と、笑いながら、しかしたぶん「それでは長いつきあいができないよ」と暗に教えられたことがありました。いくら論理的な説明で立派なプレゼンテーションができても、会うたびに「買ってくれ」「買うべきだ」だけでは客はうんざりして失望するでしょう。

ところが、相手のネクタイの柄を見て「あれ?よくみるとネクタイの柄が将棋の駒のようですが、お好きなんですか?」と言うことができ、それで相手の顔がパッと明るくなり「いやぁこれでもアマチュアの大会に出場していてね」と話しが進み、そうなればもうビジネスの8〜9割が終わったようなものです。

おそらく若い人はそんなの嘘だと思うでしょうけど、できる営業のノウハウっていうのはそういうものなんです。ミッキーマウスのネクタイやスカーフなら多くの人が気づくことができるでしょうけど、それがもっとレアな盲導犬協会のマークだったり、Harvard大学のネクタイだったり、乗馬連盟のブレザーボタンだったとしても、その話題に飛びつけるのと、普通に見逃してしまうのとでは営業としての成功率は大幅に違ってきます。

次に、初級の営業・販売マニュアルには「相手の気持ちになって考えればモノは売れる」と書いてあるのを見て、私もずっとそのように思ってきました。しかしそれにはちょっと誤解がありました。

「相手の気持ちになった」だけでは「相手が断る理由」ばかりを頭に思い描いてしまい、営業手法も「断りにくい小手先の手法やテクニック」をメインに考えてしまいがちです。そうではなくて、肝心なことは「自分ならどう言われると買いたくなるか?」「双方が得する方法はないか?」なのです。

「それって当たり前のことじゃないか」って?

ところが断り続けられると、どうしても「相手が断る理由」を中心に対策を考えてしまうようになるのです。なにもしなくても10件中9件が成約する営業ならばそう考える必要はないのかも知れませんが、そんなのはあり得ません。

つまり自分なら「どう提案されると欲しくなるか」「どういうメリットがあれば買うか」を考えて商談する必要があります。これは理論や方程式で「こうだからこうで」と割り切れるものではありません。なぜなら相手の立場(決定権)、要求度、知識、資金力など人によって千差万別だからです。

だから最初にビジネス以外の情報交換や世間話をしながら、相手の周辺環境を調べてから、話しを切り出す必要があるのです。それには最初に出た「誰とでもうまく合わせられ、相手に気に入ってもらうことができるコミュニケーション能力」が必要だと言うことです。

最近は自動販売機やネットでものを買ったりして、相手と交渉する機会が減ってきました。コンビニでもレストランでもマニュアルに沿った会話だけで、心のこもった相手に響くような挨拶や礼儀は少なくなってきました。そこで上記のような当たり前そうで、実はほとんどの人ができない技術を鍛えておくと、営業職だけでなく、様々なところでその能力は生かされること間違いありません。


     

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味覚の変化について 2012/8/22(水)

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50歳も半ば近くになり、振り返ってみると歳を取るにつれての味覚の変化は、確かに存在することがわかります。例えば若いときには脂っこい食品が大好きで、40代ぐらいまでは毎日でも問題なかったのですが、40歳半ばぐらいからは、ガラリと変わりあっさり系の食事を好むようになってきました。

脂っこいものを避けるようになってきたのは、別に健康のためとか健康診断で注意されたからというのではなく、トンカツや中華料理を積極的に食べたいとは思わなってきました。代わりに生野菜や豆腐などを食べたくなってくるのです。



子供の頃から大ファンだった天下一品では「こってりラーメン大盛り+餃子」、餃子の王将では「スブタ定食に餃子二人前」ぐらいは当たり前だったのが、今はラーメンは並でもスープを多少残してしまい、「チャーハン+餃子一人前」で、もう十分お腹がいっぱいです。

このように年齢とともにあっさり系を好むようになるのは、日常のカロリー消費量と関係があるので、歳を取ってから若いときほど運動しなくなり、また身体が求める新陳代謝の活動も弱まり普通のことだと思いますが、揚げ物やこってり料理を山盛りにして食べている若い人を横目で見ると若い時を思い出して羨ましい限りです。

もうひとつ、年齢ではなく、育ってきた環境によって味覚が違うこともあります。広域で言えばフランス人と日本人では当然美味しいと感じる味覚が違いますし、同じ日本人同士でも大阪と東京の生まれ育ちで微妙に味覚が違っているはずです。暑いところと寒いところでは味付けや身体が自然と要求する塩分なども違ってくるでしょう。

ミシュランや様々な食のガイドブックが、美味しいと判断しても、それはその人の判断(+多くのガイドブックの場合はスポンサーや協力してくれた店の料理に対して不味いとは書けない)でしかなく、自分が美味いと思うかどうかはまた別の基準となるのは当たり前のことです。

同じ地域に生まれ育ったとしても、多くの子供は親が作った食事を毎日食べますので、その親の作る味に慣れていきます。子供の頃はまだ美味しい不味いを比較する対象がないので、美味い不味いの判断ではなく、自分が好きか嫌いの判断でしょう。それでも親の食育は重要で、この子が大人になってからの味覚に大きな影響を与えることは間違いありません。



前に住んでいたマンションのある一家では、親が料理を作ることを一切放棄し、毎日出前や出来合の料理を買ってきて子供に食べさせていました。

普通の家なら台所にあるはずの包丁やフライパン、ヤカンなど調理器具が一切ありません。そこの子供が幼稚園へ通っていた時は、お昼は菓子パンか出来合のおかずやご飯を詰めたお弁当だったそうです。

親が作る伝統の味付けを子供が引き継げないというのはちょっとかわいそうですが、家それぞれに理由や事情があるので仕方ありません。

子供がやがて大人になると外食をしたり親以外の人が作った料理を味わう機会が増え、同じ素材を使った同じ料理でも味が違うことに気がつきます。その時になってはじめて、自分の感性で美味いと不味いの判断がついてくるものだと思います。

日本マクドナルド創業者の藤田田氏が書いた古い本の中に「人が好きだと感じる味はおよそ10歳ぐらいまでに決まる。なので将来に渡り日本でハンバーガーを売るためには、今まで醤油味に馴染んできた日本人に子供の頃からケチャップ味に馴染ませる必要がある」とありました。

だから当初のマクドナルドの戦略は「家族で一緒にマクドナルドへ行こう」で、メインのターゲットは子供だったようです。

確かに古くから日本人の舌は醤油とカツオや昆布のダシの味に馴染んできていました。ところがマクドナルドが日本へ進出してきた1970年頃から急激に食生活が西洋化し、ケチャップやソースで味付けをする食事が増えてきました。

それがマクドナルドの戦略だったのかわかりませんが、その後のマクドナルドの大成功を見るとドンピシャ当たりました。

そう考えると、おそらく日本人の味覚の大変革が70〜80年代頃に起き、その時子供だった今の40歳前後ぐらいの団塊ジュニア世代以降と、それ以上の年代とでは大きく味覚が変わってきているのではないだろうかとこれは私の勝手な想像です。

確かに居酒屋へ行くと、昔は食べ物と言えば煮物、焼き物、乾き物といずれも味付けがダシか醤油ベースだったものが、最近ではソースやケチャップをかけたコロッケなど揚げ物やサイコロステーキ、ピザ、ポテトなどが人気メニューになってきているのはそれらの影響なのかも知れません。


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英語の憂鬱 2012/8/25(土)

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英語か、英語ね、そう英語なんですよ。いまや小学校から授業が始まり、子供が物怖じせず普通に話し始めているという噂の英語ですが、おおよそ50歳以上の人にとっては、ごく一部の人を除き、緊張もせず流ちょうな会話ができる人は稀でしょう。

「いやいやそうでもないですよ」というのはそれは外資系企業勤務や海外留学生、長期の海外勤務経験者、40年前にはまだ数少ない帰国子女など特種な環境下にいた人やそのグループのことで、決してその世代の多数派でないことは確かです。

[ビジネスメディア誠] 英語、話したいけど話せない……そのワケは?

もちろんグローバリゼーション、国際化と言われて30年ぐらいは経ちますので、仕事の都合上必要に迫られてマスターしたよという人の話しもよく聞きますし、通勤電車の中で英語を勉強している人もよく目にします。

また会社が外資系に買収されたり関係が深くなって嫌でも英語を使わざるを得なくなった人、ベンチャー企業のカリスマ経営者の元、多様な国籍の社員が参加する会議で必要とか、課長以上になるためにはTOEICが最低でも750点はないとダメとか、まぁいろいろと試行錯誤していることは理解してます。

言っておきますが私は自慢じゃないけど英語はからっきしです。何度か学ぶ絶好の機会はあったのですが、そりゃ、もう恥ずかしいぐらい身につかず喋ることができません。

なぜ英語というか外国語が苦手かと私なりに理解できたのは、語学というのはまず音感を素直に聞き取れることが肝心。それができないとうまく聞き分けられないし、微妙な発音など真似しようとしてもできません。つまり音感的な才能がまるでない私には、外国語をマスターするというのは苦手であり無理とあきらめました。

なので、英語が普通にできる人でそれを自慢したり鼻にかけない人であればそれは私にとっては尊敬に値します。でも大概は英語が達者だとすぐそれを自慢する系の人が多くて閉口です。

一応数ヶ月ですが海外(といっても東南アジア)勤務をしたことがありますが、相手が英語で喋ってくると日常の定型会話以外はほとんど理解ができず、ビジネスの上でたいへん苦労しました。嫌みな日本人は日本人相手でもわざわざ英語で話してきます。

ま、その時は現地日本人と話しをする仕事が多かったのと、昔のことなので東南アジアには日本語が理解できる現地の年配者もいたりと、どうにかなったのですが、もし自由に英語が操れると、もっと会社に貢献できたでしょうし、自分自身も違った経験ができたのではと至極残念でした。

ビジネス界から引退するまであと10年となった私のことなどどうでもいいのですが、これからのビジネスマンにとってはもう英語は切っても切れなくなってきています。すでに社会に出ていると、忙しい業務の合間で英語を学ばなくてはならないし、部下や上司、顧客が外国人ということは普通に起きてきます。

ただそれは私が勝手に「大変」と思っているだけで、現に英語が飛び交う中で働いている人にとっては、それが普通で別にたいへんだとは思っていないのかもしれません。どうなんでしょう。要は習慣というか慣れなのかな。

会議の前に読んでおくべき書類が英語だったり、英語の業務マニュアルだったり、複雑な話しの交渉相手が外国人だったりと、あらゆる局面で英語と関わらざるを得ません。多くの製造業やサービス業が外国へ進出し、今までは外国人との交渉は商社や貿易商のスペシャリストに任せておけばよかったものが、いまではそうもいきません。

これは今まで言語の違う異国に一度も支配されたことがないという長い日本の歴史の中で、初めて襲うカルチャーショックではないでしょうか。いや大げさではなく。普段の生活においても、例えば買った商品の取扱説明が、英語で書かれているものしかなかった、なんてことがすでに起きています。

邪馬台国へ中国から遣いがやってきても、オランダやポルトガルと通商条約を結んでも、ペルーが開国を迫ってきたときも、日清戦争後欧米列強国の仲間入りをしたときも、敗戦で大挙して進駐軍がやってきても、大部分の国民は外国語を覚えなくてもなにも支障はありませんでした。

つまり普通に国内で生活する上で、日本語以外の言葉を覚える必然性が日本の歴史上一度もなかったのです。日本人が外国語が苦手な理由に、そういった歴史的背景を言う人もいます。

それがここ数年のあいだにガラッと変わってきて、英語が使えないとまともな職につけないようになってきました。次に勤務先が海外に拠点を置いたり、外国の取引先が増えて、自然と社員に英語力が求められるようになってきました。ITやネットワークの世界では最新の情報を得るためも英語力は必須です。

もはやビジネスの場においては英語ができないというだけで、これからは様々な場面で疎外感を味わうことになりそうです。

いやはや私には無理だけど、今の若い人の多くは、それを苦痛とは感じないのでしょうか?もしそうであればいいのですけど。

【参考】
TOEIC(R)Testスコアを求める企業(1ランク上をめざそう!TOEIC(R)Test CLUB)
 TOEICを導入している代表的な企業



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昨今の新入社員は終身雇用制を支持している 2012/8/29(水)

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公益財団法人日本生産性本部が今年度の新入社員を対象に実施した「働くことの意識調査」の結果が今年も出ました。

「働くことの意識」調査結果プレスリリース(2012.6.28).pdf

この調査は1969年(昭和44年度)から続く比較的歴史ある調査で、実は私も1980年に就職をした際この団体が主催する新入社員研修(当時も今もオリンピック記念青少年総合センター)に参加しましたので、さすがにもう記憶にはありませんがこの調査アンケートに協力しているはずです。
その中でいくつかピックアップして感想を述べます。

社会人一年生が入社仕立ての頃「人並み以上に働きたい」と思っているか「人並みで十分」かとの質問では、ここ直近2年ほどは大きな開きはなく、双方とも50%に近い40数パーセントで二分されています。これだけ不況が長引いてやっと入社できたという人が多いのでもっと意欲は高いと思っていましたが裏切られる結果に。

私の入社した32年前(1980年)はどうだったかなと思って調べると、、ハハハ「人並みで十分」が「人並み以上」を大きく上回っていて約50%近くあり「人並み以上」は34%程度です。当時バリバリの体育会系の会社人間だった私にはちょっと意外な感じですが、今になって思えばそうだったかも知れません。

この仕事に対する意欲の開きがもっとも大きくなるのが、ご想像の通り80年代後半からのバブル時期です。

そのピークの1990年と1991年は「人並み」が54%ぐらいなのに対し「人並み以上」は30%しかありません。いかにバブル入社組の多くに仕事に対する前向きの意欲が欠けていたかがよくわかります。現在で言うと入社20〜22年の42〜44歳ぐらいの人達です。

ま、当時は一部の人気企業以外ならどこでも行きたいところへ割と簡単に入れた数少ない時代で、企業側も面白いぐらい学生に気をつかっていて、やれ「内定(拘束)旅行は海外だ!」「入社式はディスコや一流ホテルの宴会場を借り切って!」みたいな狂った状態でしたから「仕事に意欲が湧くか?」と聞かれると確かに湧いてきません。

次に「この会社でずっと働きたいか?」という質問で「定年まで勤務したい」「状況次第でかわる」のふたつを聞いた結果です。

この質問ではまず過去を調べてみると2000年頃までは「定年まで勤務」が徐々に減少していき、「状況次第で転職」が増加していく傾向があります。高度成長期からバブルの終焉を迎える頃の話しです。

そして大手企業のリストラが開始され始め、終身雇用制の崩壊によって、はからずもその傾向が逆転していくことになり始めます。しかし終身雇用制がキチンと守られてきたそれ以前も「状況次第で転職」が「定年まで勤務」を上回っていたとは意外でした。

  この会社でずっと働きたいと思いますか?
   「定年まで働きたい」(赤)「状況次第で転職」(青)


私の入社した1980年は「定年まで勤務」が22%、「状況次第転職」が39%とその差は17%もあります。傾向が転換する2000年は「定年まで勤務」が16%、「状況次第転職」が52%とその差は36%まで拡大していきます。

ところが昨年度(2011年)と今年度(2012年)はほぼ同じで「定年まで勤務」が34%、「状況次第転職」が31%と「定年まで勤務」派が「転職」派を逆転しています。終身雇用が当たり前のオイルショックを含む高度成長時の1970年代ですら「定年まで」派は30%を超えることが一度もなかったのに、昨年に初めて超えたというのは衝撃的です。

「定年までこのままずっとこの会社で働きたい」というのは、つまり「終身雇用してください」と言っていることと同じです。それがいまは僅差ですが多数派を占めているのです。

「若者はなぜ3年で辞めるのか?」という本が大ヒットしたのが2006〜2007年で、おそらく世の中的には、その数年前から若者は終身雇用型ではないもっと自由な働き方を求めだしたのでは?という見方をされているのではないでしょうか?私もそう思っていました。しかしそれはどうも違っているようです。

つまり入社してすぐのアンケートでは今までよりもずっと保守的に終身雇用を求めていますが、入社後数年経つと「思っていたのと違う」「このままでいいのか自問自答」などの理由で「3年以内で辞めてしまう」ということになってしまっているようです。

その原因としては「我慢することやこらえ性がなくなってきた」「決断するのが早い」「若者の転職情報や第二新卒という市場があり転職がしやすい環境」ということにあるのでしょう。

もしいま企業がバブル時代のように学生を奪い合うような状況であるならば「当社は終身雇用制を守ります」と学生にPRするのが、多くの学生を集める必勝法というわけです。なにかとても信じられないようなことになっています。

ま、実際はいまはそんなに努力しなくても応募者はいっぱい来るし、定年より早く辞めてもらいたいと思っている中高年社員がまだまだいるので、とてもそのような方針を声を上げて言うわけにもいかないでしょうが、若い人の考え方がそのように変化してきているとは思いもよりませんでした。

これとは直接的に関係がないかもしれませんが、いま若い人に海外留学や海外勤務を希望せず、また国内でも知らない土地への転勤を希望しない人が増加していると言われています。非正規社員の問題をことさら大げさに報道された影響もあるでしょうけれど、どうも今の20代前半の人の多くは内向きで大きな変化を嫌う傾向にあるのかなと思えてきます。

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