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リストラ日記アーカイブ 2011年3月
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日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです

476 2月後半の読書 2011/3/2(水)
477 スマートデバイス派とパソコン派 2011/3/5(土)
478 それってどれほど重要なこと? 2011/3/8(火)
479 国内で地震から逃れることができるか? 2011/3/12(土)
480 3月のDVD 2011/3/16(水)
481 3月前半の読書 2011/3/18(金)
482 身分証明書もとい本人確認書類とは? 2011/3/22(火)
483 続:地デジアンテナ設置に関して 2011/3/27(日)



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2月後半の読書 2011/3/2(水)


476
白と黒 (角川文庫―金田一耕助ファイル)  横溝正史
小説の中で事件が起きるのは昭和35年と書いてありますから1960年頃のちょうどあこがれの団地生活がブームとなり始めた頃で、実在する東京世田谷区の新興大規模団地「大蔵団地」がこの事件発生場所のモデルとなっているようです。

小説では「日の出団地」となっていますが、随所に出てくる「近所にある映画撮影所(東宝スタジオ)」「歩いて小田急S駅(成城学園)へ」「最寄りのバス停は団地名(大蔵団地前)」「高台からは川崎方面が望め」「近くの多摩川からボートを借りてくる」などなどから簡単に推測ができます。この団地の近所に横溝正史氏自身が住んでいたと言うことですが、実は私にとっても何度か訪れたことのある非常に懐かしい場所でもあります。

横溝ミステリーと言えばやはり金田一耕助シリーズで、しかも地方に伝わる伝承や忌まわしい過去の出来事が引き金となった事件が謎として登場するイメージが多いのですが、この作品は金田一耕助シリーズでありながら、上記のように東京都内の新しくできたばかりの巨大団地の中で、次々に殺人が起きる内容という少し変わった趣向となっています。

タイトルの「白と黒」は、殺人現場に残された手紙の切れ端に書かれていた言葉なのですが、一般的には様々な意味で使われることが多い表現です。「白黒つける」「白星と黒星」「囲碁」「陰陽道」「目が白黒」「犬の名前でシロとクロ」「白人と黒人」・・・昭和35年の小説ですから、私がすぐに白黒ですぐに連想した「オセロゲーム」は含まれません。

この小説には、意外とエロチックな場面も多く、妖しげな関係が多く登場するのは、大人が毎月発行される文芸誌を買って、密かに楽しんで読む連載小説という側面があったのではないかと推測しています。なかなか最後は想定外の展開となり、やはり名作ミステリーはこうでなくっちゃと思った次第です。最近の安易なミステリー小説があまりにもミエミエ過ぎるか、逆にあり得そうもない複雑な設定や展開になっているのと大違いです。

但し、こういう小説はもう普通の書店には滅多に置いてないので、ふと手にとって買ってみるということがなくなっているでしょうね。私もこの本は購入したのではなく、会社の書棚に誰かが置いていったのを借りたもので、そういう機会でもなければまず読むことはなかったでしょう。


KATANA カタナ  服部真澄
服部真澄と言えば、国際的なスリラーから国内の金融事情にも詳しく、カバーエリアの広いエンタテーメント小説家だと理解しています。この小説のタイトルの意味は「刀」ですが、その文字は「KATANA」、はて、どういうことか?ということでまったく内容は知らずに読み始めました。

前半は数多い登場人物達の説明を兼ねた地味な話しが長々と続くので、ちょっとつらいですが、そこでの役割や事情を知っておかないと、あとで苦労することになります。もっとも海外ミステリー小説のように本文の最初に「登場人物一覧」が書かれているので、もし混乱したらいつでも確認することができます。

内容は読んでからのお楽しみということですが、少しだけネタバレすると、この小説の中でアメリカ政府が進めようとする「KATANA」プロジェクトとは、安土桃山時代の日本で豊臣秀吉が天下統一を果たした後におこなった有名な「刀狩り」から来ているものです。アメリカでの刀狩りとはつまり銃規制のことです。

100年以上前の治安が悪かった時代に作られたアメリカの憲法に、武器の携帯を認める条項があり、それを盾にして一般市民が銃を持ち、政財界に多大な影響力を持つ銃器メーカーが新しいモデルを提供するという関係を政府は断ち切ることができるのか?そしてその方法は?と興味が尽きません。

それと同時に2000年頃から増えてきているらしい軍隊のアウトソーシング化についても触れられていて、その行き着く末もなかなか面白く描かれています。


新世界 (角川文庫)  柳 広司
柳広司氏の作品を読むのは「トーキョー・プリズン」に続いて2作目ですが、この「新世界」のほうが数年早く書かれています。「トーキョー・プリズン」はその主人公や舞台の設定にたいへん驚きとても面白く読めましたので、今回も多大な期待をして読み始めました。

物語は、日本のある作家のところにアメリカ人がアメリカの出版社では出版できない原稿を持ち込むところから始まります。その原稿の作者は原爆の父と呼ばれるロバート・オッペンハイマー氏が書いたもので、第2次世界大戦中に原爆の開発をおこなっていたロスアラモス国立研究所で起きた殺人事件に関するものです。

ただ場面があちこちに飛ぶので、いったいこれは誰が語っているのか(基本はオッペンハイマー氏の友人の語りのはずなのだが)が混乱してしまうことがあります。

時代もドイツ降伏後、当初はドイツに先を越されないようにと開発を始めた原子爆弾を開発を中断することもなく核実験をおこない、成功するや広島や長崎へ投下することや、その原爆投下直後、広島の街の中で起きた地獄絵図、研究所内で放射能漏れを起こし被曝する研究者、そして研究所内でおこなわれた戦勝パーティの殺人、やがてより強力な水爆開発に反対をしたオッペンハイマーが、赤狩りのターゲットとされて軍や警察にマークされていることなど時代を行きつ戻りつします。

作者的にはプロットを組み立てて、あちこちが最後に結びつくように意外性を持たせたのかも知れませんが、最初から最後までを一気に読んでしまうならともかく、毎日少しずつ寝る前に読む私としては結構つらいものがありました。


のぼうの城 (小学館文庫)  上・下巻 和田竜
今年の9月に映画として上映されるとかで、急に文庫の販売に力が入りはじめ、多くの書店で平積みされていますが、元々は著者が2003年に映画のオリジナル脚本として書いた「忍ぶの城」を、2007年に小説化して出版された和田竜氏のデビュー作といっていい小説です。

舞台は戦国時代の末期、ほぼ天下を手中に収めた豊臣秀吉が、最後に残る関東攻め(関東を治めていた北条氏の本拠小田原城を攻撃した小田原の役)と同時に、側近の石田三成に手柄を立てさせようと、現在は埼玉県行田市にあった北関東の小さな城「忍城」を攻めろと指示します。

実はこの忍城の当主から内密に「刃向かわず、すぐに開城するから助けてくれ」と秀吉に密使がきていて、単に形だけの攻撃をするつもりでしたが、当主が小田原へ出向いた後に留守役として忍城に残った甥がとった行動は「降伏はしない」でしたから、敵も味方も出来レースと知っていましたので唖然とします。このあたりは、本当は生きるか死ぬかの緊迫する中にあって、笑い事ではないのですが思いっきり笑えます。

ちなみに忍城側は付近の農民を入れて2千名、攻撃する三成勢は2万と言われています。しかし勇猛果敢でならした坂東武士の活躍と地の利を生かした防戦でなかなか城は落ちません。そこで三成がとった史上最大級の作戦とは、、、この城が後世に「浮き城」と呼ばれることから想像ができると思います。

映画では、忍城を守る側は臨時総大将となる成田長親役に野村萬斎、武将役には佐藤浩市や成宮寛貴、山口智充など、攻める側は豊臣秀吉に市村正親、石田三成役に上地雄輔となかなかユニークな配役と思えます。ちなみに「のぼう」とは野村萬斎演じる成田長親のことで、でくのぼうの省略形です。


怪しいお仕事! (新潮文庫)  北尾トロ
会社に転がっていた本ですが、暇つぶしに借りて読んでみました。元々は様々なアングラっぽい仕事を取材をして1998年頃に「怪しい人々」として書かれたもので、内容は、例えばインターネットではなくパソコン通信や草の根BBSが出ていたりします。そのあたりが今読むとちょっとレトロっぽく思えます。

この著者の北尾トロという人、年齢は私とほぼ同年代で主にフリーライターとして活躍されている一方、早くからネットを使った古書店を開設したりとなかなかアイデアマンです。

おそらく一番有名な著書は「裁判長!ここは懲役4年でどうすか−100の空論より一度のナマ傍聴」と思われますが、その裁判の傍聴体験やこの怪しいお仕事の従事者へのインタビューなどフリーライターの本領発揮で体験型執筆を得意とされているようです。

この怪しいお仕事の中では、悪徳興信所、競馬の予想屋、野球賭博師、お寺売買のコーディネーター、「車で融資」の金融業者などが経験談を元に取材されています。ま、概ね想像の範囲内で、特にビックリしたという内容はありませんでしたが、お寺や住職の生臭い世界はちょっと興味がわきました。これからの超高齢化社会、お寺と坊主の仕事は当面数少ない成長産業でしょうから。

     
   
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スマートデバイス派とパソコン派 2011/3/5(土)

477
iPhoneなどのスマートフォンやiPadなどのタブレット端末がこの不景気の中でも勢いを増しています。

私自身昨年の秋に長く使っていた携帯電話が故障し、やむなく機種変更をせざるを得ないとき、スマートフォンがまず頭に浮かびましたが、それによって便利になることと、月々の支払総額が今までの倍以上かかることを天秤にかけると、「あと2年間はガラ携のままでいいや!」という結論に達しました。

しかしその昨年秋以降から、それまでiPhone一色だったスマートフォンが、通信各社から新モデルが続々と登場し、一気に魅力が増してきました。

やがてあと2〜3年のうちには、いわゆる日本独自規格のガラ携は、老人や子供向けに残る以外はほぼ駆逐され、誰もが通話やメール通信以外にインターネットやクラウドサービスを利用するようになるのでしょう。もっとも従来からある日本のガラ携でも制約はつくもののインターネット接続や各種アプリケーションが利用できましたから、それほど大きな変化だとは思えません。

携帯電話は1970年の大阪万国博で電信電話公社が、一見すると日本初の携帯電話のような実際はワイヤレス電話を誰でも使えるように登場させたのが印象的でしたが、実質的に普及したのは1990年代の後半からです。それからわずか15年のあいだに、ほぼ国民の一人一台持つぐらいに一気に普及したデバイスというのは、過去にはなかったのではないでしょうか。



ところがこの急激な携帯電話(いわゆるモバイル)の普及によって世代間に壁ができてしまいました。

というのも、携帯電話はまず法人需要から始まり、その後ビジネスパーソン、学生へと拡がっていきました。およそ国民の半数が携帯電話を持つことになったのが2000年頃ですが、その頃から高校生、大学生ではほぼ必需品となっていきます。つまり2000年に大学1年生と言えば1982年生まれで、現在は29〜30歳という年齢です。この現在30歳以下の人は社会人になる前から、つまりパソコンよりも先に、まず携帯に慣れ親しむこととなった「モバイル世代」です。

この現在30〜35歳あたりを境とする、ネットを使うとき、真っ先に使うデバイスとして携帯やタブレットのモバイル派と、パソコン派に分かれますが、この差というのは結構激しいものがあります。

このモバイル派とパソコン派の二つが並び立つようになりましたが、そのもっとも影響を受けるビジネスにおいては、早くからこのモバイル専用仕様をスタートさせているところが、この不景気な時代でも、順調に売上を伸ばしていることはよく知られています。

もうネットにつながる携帯さえあれば、パソコンと言う過去のどうしようもなく複雑で邪魔になるデバイスはもはや不要で、仕事でやむなく使う以外は出番が減ってきています。

そんな大げさなと言われるかも知れませんが、今日びの文系大学生にパソコンと携帯の利用時間割合を聞くと9:1か10:0で圧倒的に携帯利用が主になっています(独自調査)。もしその話しに違和感を覚えるならばあなたは確実にパソコン派です。今の20歳代は「仕事:パソコン」、「プライベート:携帯」が当たり前で普通です。

ブログでもメールでもよく長い文章を携帯なんかで打てるなと私も思いますが、パソコンよりもそちらのデバイスで慣れ親しんでくれば携帯のブラインドタッチも可能ですし、パソコンと同程度のスピードで入力する人だって当たり前にいます。

ただ私を含め、40代後半以降になると、視力が弱り、指で細かな操作も怪しいものです。やっぱりまだ大きなキーボードがあり、大きな画面(ディスプレー)が安心できます。しかし企業はお金を使うのは若い人ですから、どうしてもそちらを優先した開発やリリースを行っていきます。

今後は携帯デバイスでしか見られない、使えない、購入できない、応募できないと言ったサイトがどんどんと出来てくるでしょう。それによってある一定の年齢層へターゲティングができるというメリットもありますし、なんと言ってもモバイル向けならお金のチャージが楽々です。喜んで携帯電話会社が代行をしてくれます。お年寄り達は、もしそれらを使いたいならば、携帯の画面は小さすぎて無理なので、タブレット型スマートデバイスを手に入れてモバイル向けコンテンツを見るしか手がありません。

本来お金をいっぱい持っているのは団塊の世代以上のお年寄り達で、若者達ではないのですが、なぜか貧乏ながらお金をいっぱい使ってくれるのは若者達で、年寄り達はほとんど使いませんから、ネットのビジネス界では、老人達はほとんど相手にされることはありません。

本当にそれでいいとは思わないですが、ネット上でビジネスを考えているのが、今のところほとんどが若者で、中高年者やまして老人になった経験も、老人達と一緒に生活したこともないので、経験も興味もない高齢者向けのビジネスが作れないというのが実態なのでしょう。そしてモバイルネットワーキングの世界からは中高年者は捨て置かれてしまうことになるのです。

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それってどれほど重要なこと? 2011/3/8(火)

478
京大入試問題流出事件では、容疑者が逮捕されその犯行の様子が取り調べの警察から漏れ伝わる(これも変な話しだと思うが)まで、様々な人がその犯行の様子をもっともらしく予測していましたが、ズバリ正解を言っていたコメンテーターやその道の専門家と言われる人はいなかったように思います。

つまり19歳の考えることが、その道の専門家や評論家と言われる人では理解ができないという事実がハッキリしましたが、このことは先日「スマートデバイス派とパソコン派」で書きました。
http://restrer.atgj.net/Entry/166/

多くの専門家の意見は「問題が配られてホンの数分間でこれだけの問題を入力し投稿するのは、ひとりじゃ無理だ」ということで、「カメラで撮影し外部の協力者が投稿」「カメラで撮影したあとトイレへ行き、OCR機能を使って文書化して投稿」「マイクで問題を読み上げてそれを聞いて協力者投稿」がというのが一般的な想定でした。

しかし、普通にできちゃうんですねぇ、モバイル世代は。
  携帯で文字を打つときは基本ブラインドタッチ
  過去問とかで予行演習しておけば文字変換効率もグッと上がること間違いなし
  回答者へのお礼まで試験時間中に書いて送る余裕とふてぶてしさ

もっとも、こうした未成年者がカンニングをしたぐらいで、大の大人(京都府警捜査員)が束になって仙台まで税金を使って出張し、逮捕した後、京都まで護送をしてくるというのは、大人げないし、税金の無駄遣いです。こんなに大騒ぎするほど重要なこととはとても思えませんが、これを利用しようとする人や機関があるのでしょう。

こうした「ネットは悪だ」論調で大喜びのマスメディアが注目する事案だと、警察も警察官が不正をしたとか、警部が酔って痴漢したという事件より断然張りきるようです。本来ならせいぜい「あなたは入試で不正をおこなったので受験は無効にします。二度とこのようなことをしてはいけません。まだ未成年なので保護者にも通知し厳重注意をします。」という注意で済む極めて軽微な事案にも関わらずです。

ま、そのあたりは様々な識者と言われている人が書いたり喋っているので、このぐらいにして、今後ますますハイテクを駆使したカンニング手法が開発されていくでしょう。そして多くの場合は、モバイル派ではない人達がとうてい想像もできない方法とテクニックですから、予防をすることもできそうにありません。

もうひとつは、日本特別永住権を持ち、日本名を名乗る在日韓国人にわずか25万円の献金を受けたからといって、問題山積みの外務大臣を辞任させる野党やマスメディアの批判は、物事の重要度や優先度、バランス感覚をまったく失っていて、人の足を引っ張ることでしか存在意義を見出せない情けない世の中になっています。

もう今の政治にはなにも期待できない状況ですが、それにしても政治家は一体となって日本の行く末を見極めていかなければならないのに、また警察や検察は乱れきって腐敗した官僚構造を変えていかなければならないはずなのに、このようなどうでもいいことばかりに血眼になっているのでは、お先真っ暗としか言いようがありません。

     
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国内で地震から逃れることができるか? 2011/3/12(土)

479
外国へ出掛けたらそこで起きた地震のために命を失うというのは、世界でも有数の地震発生国で生まれて育ってきた日本人にとって忸怩たる思いがあったのではと思います。ニュージーランド地震の被災者の方々や遺族の方々も、日本国内ならいざ知れず、まさか海外で巨大地震に遭うなんてと思われたのではないでしょうか。お亡くなりになられた方のご冥福をお祈りいたします。

と、書いていたら昨日日本で三陸沖と茨城沿岸沖、長野北部で巨大地震発生です。被害に遭われた方や関係者の方には心よりお見舞いを申し上げます。



ではその日本国内で、地震に対して安全な場所というのはあるのでしょうか?単純に地震発生が少ないというだけで、原子力発電所の放射能漏れや地盤が緩いと言った危険性の高い場所という話しではありません。

まず一番安全ではないと言われているのが、太平洋側で近々起きると予測されている東南海大地震(東海・南海・東南海連動型地震)の発生地に近く、影響を受ける場所があります。都道府県別で言えば、静岡県(死者数想定8100人)、高知県(同4900人)、和歌山県(同4800人)、三重県(同2600人)、愛知県(同1900人)と太平洋に面するところが現在もっとも危険な地域(死亡者数想定は中央防災会議資料より)とされています。

未来の推定ではなく、過去80年間に起きた有感地震発生の統計数値(気象庁地震データベース)を見てみると、地震発生が多いのは
 1位 東京都  2362
 2位 北海道  1337
 3位 茨城県  893
 4位 長野県  798
 5位 千葉県  618

となります。

東京都とは以外に思うかもしれませんが、そのほとんどは小笠原諸島や三宅島(いずれも東京都)の島嶼部で観測された地震で、本州にある東京都だけ取ってみると、平均より少ないと思われます。

上記の東南海地震で被害が大きいと言われる地域は、東京や神奈川、愛知などの大都市を包含し、さらに日本で一番物流が多い東海道に近く、まさに日本経済の動脈を直撃し破壊されることになり、日本経済が壊滅的な被害を受けるかもしれません。

もしそうなると一極集中の首都圏に住む人には食糧や水、生鮮食料、医薬品、生活物資等が届かなくなり、警察も手が回らず、治安も悪くなり、商店や豪邸への略奪行為、高齢者を含む弱者に対する犯罪が急増することが予想されます。リタイアしたお金持ちは「やっぱり年寄りには都会が便利」「住み慣れた都会がいい」なんて、のんきなことを言ってないで、米や野菜、魚などが豊富に手に入る地域へ早めに移住するのがいいと思うのですが、誰も聞く耳はもちません。

そこで逆に過去の統計値から見た地震発生の少ない地域を見ると、
 1位 富山県  47
 2位 佐賀県  54
 3位 大阪府  70
 4位 福岡県  79
 5位 徳島県  81

です。

3位の大阪府や5位の徳島県は近年起きた阪神淡路大震災や、近々起きると予想されている東南海地震でも大きな影響がありそうですが、過去80年ぐらいの統計では有感地震の発生が、他の地域と比べると極めて少ない地域ということですから意外な感じです。

同様に1位の富山県は、2004年に隣県で起きた新潟県中越地震、4位の福岡県も2005年に起きた福岡県西方沖地震で、それぞれに大きな影響がありましたが、それでも地震の少ない地域となるそうです。

もちろん過去に地震が少なかったから、今後も少ないという保証はどこにもありません。逆に「小さな地震がよく起きるのは地震の原因となるプレート間に溜まったエネルギーを少しずつ放出しているので、溜まったエネルギーが一気に放出される巨大地震が起きにくい」とも言われています。長年に渡り地震発生が少ないと言うことは、そのうち巨大地震が起きる可能性を秘めているのかもしれません。

細雪 」や「痴人の愛 」を書いた作家谷崎潤一郎は子供の頃、明治東京地震(1894年)に被災し、それが原因で地震恐怖症だったというのは有名な話しですが、その後、関東大震災(1923年)に遭い、這々の体で生まれ育った東京を離れ、家族を連れて当時地震の少なかった関西(京都や神戸)へ移住しました。でもそこでは今度は地震ではなく、死者600名を超す阪神大水害(1938年)を被ることになります。ついていない人の典型かもしれません。

その「過去に大きな地震が起きていない」と言われていて、地震恐怖症の谷崎潤一郎が移住した神戸も、1995年には大地震が起きたわけですから、「地震に関して言えば、安全な場所は日本にはない」というのが結論です。

今のところ全国的に見てもあまりパッとしない富山県や佐賀県は「日本でもっとも(二番目に)地震の少ない県」という売り出し方で、地震を嫌う巨大なデータセンターや、貴重品保管庫、精密機器製造、金持ち地震恐怖症向けのリゾート(永住型)ハウスなど、もっと積極的にその優位さをアピールして、誘致してはどうかなと思うのですがどうなのでしょう。

     

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3月のDVD 2011/3/16(水)

ちょんまげぷりん 監督:中村義洋 出演:錦戸亮、ともさかりえ

荒木源氏の小説「ちょんまげぷりん (小学館文庫)」の映画化で昨年2010年7月に公開されたものです。もともとこの小説は2006年に「ふしぎの国の安兵衛」というタイトルであまりパッとしなかったのですが、映画化に合わせて改題し、さらに文庫カバーに上條淳士氏のイラストでイケメン武士にしたところ、映画化の話題と相まってベストセラーになった作品です。

その小説の感想は、「4月後半の読書」で書いています。ちなみに原作で出てくる侍は小太りで愛嬌はあるけどハンサムとは言えないイメージでしたが、映画ではそれでは絵にならないためアイドルタレントを使っています。

映画はほぼ原作に忠実に作られていて、江戸時代の侍が現代の巣鴨に現れるところからはじまります。偶然知り合うことになった母子と同居することになり、やがて家事をこなすうちにスイーツの腕をメキメキと上げていき、テレビのコンテストで優勝するまでになります。

素人がちょっと本をみて腕が上がるとは信じがたいところでもありますが、そこはフィクション、プロ顔負けのスイーツを次々と作っていきます。でもやがて再び江戸に帰ってしまうことになって、、、というストーリーです。

先に原作を読んでいたので、流れはよくわかっていますが、それでも感動的なシーンでは思わずウルッときてしまいます。歳を取るということは涙もろくなるってことでもあります。それを一番感じたのは今から13年も前になりますが、1998年に「プライベート・ライアン 」を映画館で観て、涙が止まらず映画が終わってから席を立つのがえらく恥ずかしかったことを思い出します。


踊る大捜査線 THE MOVIE 3 ヤツらを解放せよ!  監督:本広克行 出演:織田裕二、小栗旬

人気の映画の続編で2010年7月に公開されました。映画としてはマニアックでよくできているのですが、さすがに3本目(関連映画含むと6本目)の映画となるとワンパターンなだけにマンネリ化が避けられません。

若き湾岸署刑事も13年経つと係長に昇進し、部下を持つ身となっていますが、いつまでもあの落ち着きのない暑苦しい演技にはちょっと無理も出てきていますし、映画「アマルフィ 女神の報酬」では若き沈着冷静な外交官役でしたが、「湾岸署のやんちゃな刑事」というイメージが強すぎ、せっかくの美しいイタリアの古都と大人のしっとりとしたストーリーとミスマッチしていました。

ストーリーは、湾岸署の引っ越し中に事件が起き、出払ってしまった署から拳銃が盗まれてしまいます。また新しい署の設備マニュアルが書き換えられ、中に署員が閉じこめられてしまいます。

犯人の要求は青島刑事が過去に逮捕した犯人を釈放することで、以前の映画やテレビドラマで出てきた犯人が登場します。その中でも第1作で強烈なインパクトがあった小泉今日子演じる日向真奈美が印象的ですが、今回は警察病院で療養中のところ、釈放されることになります。

関連シリーズやテレビドラマは別として、映画としてはもう出尽くした感があるので、これが最後の「踊る大捜査線 THE MOVIE」ではないかと特に根拠なしに思います。


メッセンジャー 監督:馬場康夫 出演:飯島直子、草なぎ剛

私をスキーに連れてって(1971年)」「彼女が水着にきがえたら (1989年)」などと同じくホイチョイ・プロダクションズの馬場康夫監督の1999年の青春映画です。

海外ブランドのファッションエキスプレスを経営していたセレブな女性(飯島直子)が、取引先の倒産と交通事故によって、仕方なく傾きかけた自転車配送業者で働くことになり、仲間とともに立て直し、バイク便と熾烈な競争をしていくというストーリーです。

見所は飯島直子のこのときすでに32歳ながら新鮮でなまめかしいボディや脚線美がいっぱい出てくるところで、他にはさほど魅力はありません。

この映画の不振で「馬場康夫監督もホイチョイ・プロダクションズも終わったかな」という評判も立ちましたが、その後の「バブルへGO!! タイムマシンはドラム式(2007年)」でいい映画を作り、その健在ぶりを示しました。

私自身ビッグコミックに連載されていた漫画「気まぐれコンセプト」やテレパルにコラムを連載していた「酒とビデオの日々」のディープなファンで、馬場康夫率いるホイチョイ・プロダクションズをずっと影ながら応援してきました。

馬場氏とは同世代ということもあり(彼が3歳年上)、考え方や経験してきたことに共感するところが多々あり、観る映画や読む本、その他趣味等にも影響を受けました。いいスポンサーを見つけて、面白い映画をもっと作ってもらいたいものです。

     

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3月前半の読書 2011/3/18(金)

481
タッポーチョ 太平洋の奇跡「敵ながら天晴」玉砕の島サイパンで本当にあった感動の物語 (祥伝社黄金文庫) ドン・ジョーンズ

太平洋戦争の終盤、日本軍がアメリカ軍に押されている小さなサイパン島で、陸海軍の兵隊と民間人数百名を率い、玉砕してこそ日本人というのをこらえ、命を粗末にしないで闘い続けた大場栄陸軍大尉の実話を元にした小説です。

当時そのサイパンで敵味方で戦ったアメリカ兵が、戦後この大場大尉の元を訪れ、大場大尉の監修の元、アメリカでこのサイパン激戦の模様の本を出版したかったそうなのですが、内容があまりにも日本寄りの話しであり、アメリカではまとまらず、結局翻訳をして1982年に日本で出版されました。

その当時はあまり評判にはならず、埋もれてしまいましたが、今回、映画化の話しが決まり、それに合わせて今回2011年2月に復刻版として文庫となりました。

題名の「タッポーチョ」はサイパン島の山の名前ですが、これをタイトルに選んだ時点で売れないことは明らかでしょう。映画の題名にもなっている「太平洋の奇跡」だけでよかったと思います。バカバカしい『「敵ながら天晴」玉砕の島サイパンで本当にあった感動の物語』という、まるでテレビのバラエティ番組や90分ドラマのような、つまらないサブタイトルもまったく不要です。

サイパンと言えば、北の端にバンザイクリフと言って追い詰められた島民が身投げをした崖があることでも有名ですが、日本軍兵士のほとんどは命令により、圧倒的な攻撃力と兵員を送り込んだアメリカ軍に玉砕をするしかなかった北海道の利尻島や瀬戸内海の小豆島とほぼ同程度の小さな島です。

圧倒的な攻撃力とおよそ4万人と言われる米軍上陸部隊に対して、実在した主人公は散り散りになって逃げまどう日本兵や、行き場をなくした民間人を組織化し、米軍の様々な攻撃をかわしていきます。その時はまだ捕虜になると殺されると聞かされていたので、誰もが逃げるのに必死です。また兵隊の多くは戦陣訓の「生きて虜囚の辱を受けず」が徹底されていたので、降伏という考えは誰も持っていません。

そのような中で「きっと連合艦隊が島を奪回しにきてくれる」「それまで我々は犬死にしないで、日本軍が上陸するとき後方から米軍を攻撃する」と信じ、米軍の攻撃をジッと堪え忍ぶことにした主人公の大場栄大尉の考え方とリーダーシップがとても魅力的です。

そのため、アメリカ軍は最終的に日本が無条件降伏するまで、結局サイパンを完全に支配下に置くことができず、終戦後になって大場大尉の上官から命令書を届け、下山させたことになっています。最後にその降伏し下山してきた時の模様の写真が掲載されていて、なにか感慨深いものがあります。映画はぜひレンタルDVDになってからでいいので観たいと思います。


信長の暗号 (ハルキ文庫) 上・下 中見 利男

う〜ん、どういう感想を書けばいいのか非常に迷うところですが、まず「タイトルに騙されてはいけません」「エンタメ小説としては面白い(かな)」「ちょっとやりすぎの感も」といったところです。

たぶんですが「信長」とか「秀吉」とか「家康」とかをタイトルに入れると、ある一定数の強烈なファンがいますので、まだ有名ではない作家さんが売り出すためにはいいのかも知れませんが、その一方手厳しい評論も覚悟しなくてはいけません。

著者は新人というわけではなく、過去にも様々な歴史物の小説を書いていますので、腕のほうは確かな方なのでしょうが、いまいちブレークしていません。この本がそのきっかけになるといいのですが。そう言えばこの著者の得意とする暗号は世界的ベストセラーとなった「ダ・ヴィンチ・コード」とも、残された記録からの謎解きという点で共通します。

内容は壮大で、元々空海が手に入れたユダヤ教の宝(十戒など収めた箱)が、「いろは歌」に暗号として込めて四国の山に隠されていることを信長が見つけ、その事実を信長がバチカンへ贈った安土城を描いた屏風絵にやはり暗号として仕込み、それが解けたときにはバチカンが日本にひれ伏すようにしてやろうという計画があります。

しかし信長は本能寺で裏切りに遭って殺されますが、その宝をめぐりバチカンからの使者や徳川家康の子秀忠、家康に刃向かう独眼竜伊達政宗のそれぞれ暗号師と言われる一種の霊能者や忍者が、信長が仕掛けた謎を追いかけて四国の剣山へ集まります。

読んでいる途中には、この小説の主人公がいったい誰なのかわからないのと、主人公がわからないと言うことはつまり誰が勝つのか、負けるのか、もっと言えば誰が正義で誰が悪なのか一切不明のまま読み進めていくことになります。その点はとても新鮮です。

特に現在NHKでは大河ドラマ「江」が放送され、その中で織田信長は「実はいい人で正義の味方」のような設定になっていましたから、もしそのようなイメージを持っていると、この本では最後に裏切られてしまうことになります(多少ネタバレ)。


ハーバード白熱教室講義録+東大特別授業(下) マイケル・サンデル

なぜか下巻から読みましたが、ストーリーがあるわけではないので問題はありません。難解な哲学をこれほどまで身近な興味のある問題へと変換し、うまく講義をおこなった人は過去にいなかったでしょう。大衆迎合の権現でもあるNHKで放送され、視聴者の多くが感銘を受けるのですから、決してハーバード大学に入学できる特定のエリートだけのものでないことは確かです。

哲学のベースを作ったと言われるアリストテレスやカントの考え方と、それが現在の社会や政治にどのように生きているのか、生きていく上での正義とは?善とは?家族とは?を深く考えさせられる内容となっています。

1回テレビで見たからもういいやと最初は思いましたが、こうして文章で読むと、わかりにくかったところを何度も読み返したり、前の講義へ戻って、復習してみたり、教授の質問に自分ならどう答えるか時間をたっぷりかけて考えたりできますので、サッと通り過ぎてしまうテレビとは違って、やはり本はいいです。

あるテーマや過去の判例を元に教授がわざと生徒を挑発するような考え方を披露し、それに対し間髪置かず生徒が反論したり、視点を変えていったりと、論理的に進めていく授業のスタイルは有名ですが、こうやってアメリカの大学ではディベートの技術が磨かれていくのだなぁというのが、いまさらながら読んで実感できます。でも実際に反応できているのは何百名の中の十数名だけなんでしょうけどね。

最後の数ページには昨年来日したときの東京大学での特別講義の模様が収録されています。それを読むとディベート慣れしている米国学生と、教授の話をひたすら聞くことが一般的な授業のスタイルの日本の学生とでは、そのやりとりに明らかな差を感じます。

あとハーバードの学生の発言には道徳や正義に宗教感が色濃く影響していますが、当然のことながら日本の学生にはまったくそれはありません。これが実際に切った貼ったのビジネスの場において、欧米(カトリック)、中東・アラブ(イスラム)、東アジア(無宗教かその他の宗教)で、価値観や商道徳、さらには国家観にまで渡りなかなか理解しあえないところなのかなぁと思ったりします。

     

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身分証明書もとい本人確認書類とは? 2011/3/22(火)

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一般的に社会生活を送る中で身分証明書の提示を求められることがしばしばあります。「身分証明」というと「日本ではまだ士農工商などの身分制度が残っているのか?」と突っ込まれそうなので、最近は「本人確認書類」と言うそうです。

本人確認書類が必要な場面とは、

 ・戸籍抄本、住民票の写しの交付を受けるとき
 ・金融機関に口座を開設するとき(氏名や住所変更、通帳再発行等も必要)
 ・金融機関で10万円以上の振り込みをするとき
 ・金融機関で200万円を引き出すとき
 ・保険金の受け取りや振り込み手続を店頭でおこなうとき
 ・株式配当金を現金で受け取るとき
 ・新たにクレジットカードを作るとき
 ・固定電話や携帯電話を申し込むとき
 ・小包、書留などを郵便局で受け取るとき
 ・会員制ネットカフェの入会手続き
 ・レンタルビデオ店の入会手続き
 ・古物の売却時
 ・公務員による職務質問の際
 ・セキュリティ厳重なビルや工場などへの入館時


特に銀行や郵便局においては「そこまで必要か?」と思えるほどに執拗に求められます。これは国際的に地下マネーの流通をなくそうという合意の元で、世界各国で厳しく管理されるようになりましたので仕方がない面はあります。それにしても10万円の振り込みで、本人確認書類が必要とはちょっとやり過ぎな感じで、せめて100万円ぐらいまで引き上げ余計なコストや手間を省くべきでしょう。

一般的な大手都市銀行が、様々な手続の際に求める本人確認書類としているのは、

 (1)運転免許証
 (2)旅券(パスポート)・船員手帳(乗員手帳)
 (3)住民基本台帳カード
 (4)各種年金手帳
 (5)各種福祉手帳
 (6)各種健康保険証
 (7)母子健康手帳
 (8)身体障害者手帳
 (9)外国人登録証明書
 (10)官公庁から発行・発給された書類で、顔写真が貼付されたもの


とされています。これらは国からの強い指導がありますので、銀行によってその内容が変わるというものではなさそうですが、上記にあげた証明書等には顔写真が貼ってあるものと、貼ってないものがあります。そのあたりどうも明確な基準がないようで、慌てて決めた妥協の産物という気がします。私たちの年代だと農林省が発行していた「米穀通帳(米穀配給通帳)」が身分証明書として通用していた時代がありましたが、今からちょうど30年前の1981年に廃止されています。

(1)〜(9)はハッキリと名指ししていますが、(10)の「官公庁から発行・発給された書類で、顔写真が貼付されたもの」というものについては、個々にこれはいい・ダメという判断がなされていないので、金融機関、本支店、窓口担当者でその解釈に食い違いが出てきます。それは単なる認識不足もあれば、勘違いや、ひどいのになると確認するのが面倒とか、前例がないいうことで断られることもあります。

身分証明書で融通がきかず一番厳しいのがクレジット会社を含む金融機関ですが、最近では1つだけではあきたらず、複数の証明書を提示させるところ(郵送での手続の場合)や、身分証明書と共にガス・水道などの公共料金の領収書などを求められる場合(間違いなくそこに住んでいるか確認の意味があると思われる)があります。

Wikipediaによると「身分証明書として一般的に使用されているもの」とは、

 * パスポート
 * 住民基本台帳カード
 * 健康保険被保険者証
 * 年金手帳
 * 身体障害者手帳
 * 療育手帳
 * 宅地建物取引主任者証
 * 管理業務主任者証
 * 小型船舶操縦免許証
 * 海技免状
 * 電気工事士免状
 * 無線従事者免許証
 * 航空従事者技能証明書
 * 動力車操縦者運転免許証
 * 労働安全衛生法による免許証
 * 労働安全衛生法による技能講習修了証明書
 * 消防設備士免状
 * 猟銃・空気銃所持許可証
 * 船員手帳
 * 学生証
 * 外国人登録証明書(定住外国人が日本国内で身分証明する際)


とあります(一部修正してます)が、上記の金融機関が求める身分証明書とは若干種類が違っています。

例えば「療育手帳」とは地道府県知事が発行する「障がい者手帳」の一種で、「宅地建物取引主任者証」や「消防設備士免状」と同様に地方自治体の知事が、「管理業務主任者証」や「海技免状」は国交省大臣が、「猟銃・空気銃所持許可証」は地方の公安委員会というか実質的には各都道府県の警察が、「無線従事者免許証」は総務大臣が、「労働安全衛生法による技能講習修了証明書」は厚労省が、「学生証」に至っては各学校がそれぞれ認証し発行するものです。これらの身分証明書は金融機関で求められた場合に認めてくれるかどうかは微妙と思われます。

特に金融機関が求める本人確認としては、@氏名 A顔写真 B現住所 C本籍地 D生年月日の記載が必須のようですが、それらをすべて網羅しているものは決して多くはありません。銀行でもOKなパスポートの場合、現住所は本人が手書きするだけなので、間違った住所や、偽の住所を書いておくことだって可能です。逆に運転免許証には性別の表示はありませんがパスポートや健康保険証にはあります。新しく生命保険に加入する場合は、性別の違いによる契約の違いなどがありますので、運転免許証だけでは証明証として不十分です。

私はいろんな場面で身分証明書を求められると、天の邪鬼なので「運転免許証」ではなく、上記を全て網羅している「小型船舶操縦免許証」(国交省大臣許可、顔写真あり、現住所・本籍地・生年月日の記載あり)を提示してきたのですが、

 ・レンタルビデオ店(TSUTAYA)入会→ 問題なし
 ・都銀窓口で○百万円振り込み→ 問題なし
 ・地銀の印鑑・通帳紛失手続→ 問題なし
 ・証券会社で口座開設→ 問題なし
 ・区役所で自分の戸籍抄本、住民票取得→ 問題なし
 ・簡易保険の生存保険中間配当振り込み手続→
 ダメ
 ・クレジットカード郵送申込み→ 
ダメ
 ・携帯電話新規購入手続→ 
ダメ

と、意外にダメな場合があります。ただ問題なしと書いたところでも、小型船舶免許の提示は珍しいらしく、上司へ確認へ走ったり、コピーを取ったりと余計に時間がかかるように思います。

ダメだったところでは、「小型船舶操縦免許証」を最初に出したあと「運転免許証はありませんか?」と一旦突き返され、そこで変に強情は張らず、素直に運転免許証を出すことにしていますので、もし拒否すれば小型船舶免許で可能だったかもしれません。結局は担当者レベルまたは企業や団体レベルでケースバイケースですが、いろいろ深刻なトラブルの多いクレジットカードの新規発行は、郵送でのやりとりということもあり、かなり厳しい審査が行われているようでした。

しかしそう考えると、運転免許証は各都道府県の単なる名誉職に過ぎない公安委員会というところが発行して証明するものですが、それが国内においては身分証明書として一番信用力が高く、国の大臣が証明した「小型船舶操縦免許証」(国交省大臣許可)などは、それよりも信用度が低い証明書ということになり、なにか間違っているような気がします。

ま、コロコロと1年持たずに次々と変わってしまう素人大臣よりも、明治以来、営々と内輪の利益優先で順繰りに持ち回って維持してきた輝かしい官僚システムが生み出した組織のほうが「価値も信用もありますよ」ということなのでしょうかね。

   

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続:地デジアンテナ設置に関して 2011/3/27(日)

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以前、CATVの増設か地デジ用アンテナの設置か悩んでいるという記事を書きました。まだ多くの人が地デジ移行について悩んでいたり、あるいはよくわからないので放置したままではないかと思います。

そうこうしているうちに、3月11日東北関東大震災が起こり、ネットの役割もかなり増えましたが、やはり多くの人はまずテレビの情報を求めるケースが多く、その中にはまだ地デジ化がされていないアナログテレビも相当数含まれていたように思います。

特に東北の避難場所や倒壊した住宅の中には、大きなブラウン管テレビが使われていて、都会ほどには液晶テレビ(=地デジ)が普及していないようにも見えました。もちろんブラウン管テレビで地デジを見ている可能性も否定はしませんが、総務省が発表する地デジ普及率はどうみても調査対象に偏向があり楽観的だと思えます。

この震災が起きたため、あらためてアナログ放送完全停波に議論が沸きそうです。つまり今回犠牲になった多くの高齢者世帯では一般的に地デジの普及は進んでなく、もしアナログ放送が停まってしまえば、間違いなく地デジ難民となり、国は高齢者を見捨てたという図式になってしまうからです。

上:買取のブースター 下:セットボックスも交換

今回CATVの人と話をする機会があって、アナログ停波の話しを聞いたのですが、CATV会社にはユーザーに対してはCATVのケーブルを使ってアンテナを提供する義務が課せられていて、そのアンテナは当然地デジ放送のためのアンテナなのですが、同時にアナログにも変換して従来のアナログテレビでも地デジチューナーなしでみることができるように2015年まで求められているとのことです。

つまり普通の一軒家の場合、リビングにCATVのセットボックスを設置してCATV会社の地デジを含む多チャンネル+衛星放送などを見て、それ以外の部屋では高額なセットボックスを増設する必要はなく、室内のアンテナ線を通じて地デジはもちろんアナログ放送も2015年までは見ることができるのです。

しかもケーブルから室内のアンテナ線につなぐ一時的な工事費(1万円程度)以外には費用は発生しません(利用する部屋数が多いとブースターの費用5千円程度が別途必要)。これは自宅でアナログテレビをサブ的に使っている人(私のことです)には朗報で、聞かないとわからないことでした。これでアナログテレビを買い換えたり地デジチューナーを購入する必要は少なくとも2015年まではなくなります。

もう一度我が家の場合の完全地デジ化対応について復習しておきます。

我が家(18年ぐらい前に購入したボロっちい一軒家)では当初屋根の上にVHFとUHFとBSアンテナを立てていましたが、近所に大きなマンションができた際、電波障害対策で共同アンテナが建てられ、そこからアナログ波が送られてくるようになりました。それまで使っていたVHFとUHFアンテナは必要がなくなり、その後古くなったので撤去しました。

共同アンテナから送られてくる電波は、すべての部屋(リビング含め5室)に設置されているアンテナ線につながっていますが、リビングだけはCATV会社と契約し、地デジ、衛星放送など含む多チャンネルが見られるようになっています。

そしてリビング以外で利用してきた共同アンテナは今回の地デジ移行後は電波障害とならなくなるので閉鎖される旨の連絡がありました。アナログが停波されると同時にリビング以外の部屋ではテレビは映らなくなります。そういう世帯はまだ多いのではないでしょうか。

そこで、地デジ完全移行後にリビング以外の部屋でもテレビを見るために検討をはじめました。
1)全部屋でCATVが見られるようにする
2)屋根の上に地デジ用アンテナを新しく設置し、共同アンテナの線と入れ替える
3)リビングはCATVのセットボックス、それ以外の部屋にはCATVが提供するアンテナをつなぐ

です。

1)は価格的にムリ。2)は長い目で見ると一番いいのですが、現在アンテナ工事は強気の商売で、近所でアンテナを立てた人に聞くと、BS/CSアンテナ含めてですが工事に総額12万円!かかったとのことでした。さすがにそれではちょっと引くものがあります。現状では3)が一番安く上がりそうなので、CATV会社(J:COM)に依頼することにしました。

室内アンテナ配線にCATVをつなぐ工事

工事は、元々引いているCATV会社のケーブルを分岐し、共同アンテナから送られてきていた線と入れ替えるものです。さらに部屋数が5部屋あるのでブースターの設置の必要があります。注意しないといけないのは、このCATVのアンテナは地上波(デジタル/アナログ)だけで、BS/CSは見ることはできません。

分岐してつなぐCATVのアンテナ線に元々設置していたBSアンテナの線も一緒に接続してよと頼んでみましたが、CATV会社としては、表向きは「サポートや保証の対象外なので」ということで、それはやってくれません。実際はアンテナ工事をするのは行政から命令されて仕方なくやっているらしく、それに追加する+αのサービスはおこなってくれないと言うことでしょう。残念。

少し知識があれば自分でブースターの前に混合器を入れてケーブルテレビアンテナとBSアンテナをつなぎ、部屋の出力する際に分波器を挟んで、BSチューナーの付いているテレビに接続すればたぶん大丈夫なはずです。

現在は5部屋のうちテレビを見ているのは3部屋だけですが、子供たちも自分のテレビを欲しがってきますので、とりあえずこれで各部屋で地上波だけは見られる環境になりましたので、一安心です。

来年地デジの電波が東京タワーから東京スカイツリーへ代わり、地デジ狂想曲が完全に終わる二年後ぐらいには工事費の値段もこなれるはずでその時にアンテナを設置して、ケーブルテレビを解約することで、月々の費用を抑えることができるようになるかなと思っています。

   
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