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リストラ日記アーカイブ 2003年8月
読みやすいようにアーカイブは昇順(上から古いもの順)に並べ替えました。上から下へお読みください。

日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです
108 やっと梅雨明け
109 転職話の後日談
110 厄年は遅れてやってくる?


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やっと梅雨明け

108
8月になってやっと梅雨が明けたと思ったら夏休みも今日で終わりです。

先日ある会社の東京支店長の話しですが、夏休み中に再度伺って話しを聞きに行って来ました。結論は今回は転職するのは難しいかな?というところです。

何が難しいのかと言うと、まず「本当に私に来て欲しいのか?」というと、決してそう言うわけでもなさそうな気がしました。

その会社にも大手メーカーの親会社があり、ご多分に漏れず親会社では中高年者が余っているので、そこの人員を押し付けたいと言うのが親会社や親会社から来ている役員の中には本音としてどうもあるようです。

しかし親会社は古い体質のメーカーで、その関連会社はサービス業なので、メーカーから送られてきてもサービス業でうまくいくはずがないと言う人(現支店長)が私を推薦してくれているというのが真実のようです。

そうするともし私がその関連会社に入ったとしても親会社や親会社から送られている社長との間で悩むことが多くなりそうで、贅沢かもしれませんが「心から歓迎します」という会社の雰囲気ではなさそうです。

それでもせっかくの機会だから実績を上げて親会社を見返すほど頑張ってという気力があれば受ける事もできるのでしょうが、現在はとりあえずは仕事を持っていてそこそこは慣れてきている状態でもあるので、あえて火中の栗を拾いに行くような事はできません。

また、少なくとも収入面で今と同等かそれ以上でなければ移ると言う決心はつきませんが、その条件面の話しもこの2回の話し合いでは一切ありませんでした。

そんなわけで、会社から「ぜひ来て欲しい」という事でないのならば移る決心はつかないと正直に言い、とりあえず会ってみないかと言われた社長との面談は断りました。

親会社が大手メーカーだけに様々な面で安定しているという点や、支店長と言う事で実際に普段の仕事上では責任者と言う重責とともにやりたい事ができる点は魅力的で、自分でもちょっと惜しい事をしたかな?と思いつつ1年も経たずしてまた転職するのも決して自分の経歴にも良いこととは思えないのでそのように考えて気持ちを切り替えることにしました。


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転職話の後日談


109
先日知り合いからある会社の支店長の後任にならないかという話しがあったことを書きましたが、その後日談です。

話しが会った後興味もなくはないので、私の夏休み期間中に現支店長と会う場をセッティングしてもらいました。

そこでは現状の話しを中心に内輪話を聞きましたが、やはり大手メーカーの関連会社だけあって本来は現支店長の後任にはその親会社から持ってきたいという会社の意向が強く、それに逆らって外部から招く事はもしかすると社内に遺恨を残す事になるかもしれないということや、しかしそうは言ってもこの仕事(その会社の仕事)はメーカーどっぷりの仕事を長くやってきた人には難しいということもわかっているので、会社上層部と親会社との駆け引き次第ということもわかりました。

そのような状況を聞くとリスクを犯してまで転職するメリットはなさそうなので、一旦は断りました。

しかしその後紹介をしてくれた知人から連絡があって、ダメは承知の上で一度その会社の社長と会ってみてはどうかとのこと。それでうまくいきそうかどうかを判断すればいいじゃないか?と言う事になって断りきれず承知しました。

社長との面談はまだ先の予定ですが、その後の情報ではその社長は現支店長には内緒で既に後任者の選定を親会社とおこなっているらしいということがわかり、そう言う中で私が突然立候補すると言うのはちょっと無理があるなぁって感じです。

もし可能性があるとすると、私がその会社の業務と業界に誰より精通しているということがその会社にとってメリットと社長が感じてくれるかということですが、大きなメーカーの体質はよく知っているだけに根回しや年功序列をまだまだ引きずっている既定路線をひっくり返すほどの大きな理由にはなりはしないだろうなと思っています。

さて現状勤務している会社はと言えば、入社後9ヶ月間が過ぎ本格的なプロジェクトを任されていてそれなりにやりがいや責任はあります。

そのような状況でいきなり退職を切り出せるかと言う問題もあるので、今のところは転職の話しは聞くけどあまり意識はしないでおこうと思っています。


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厄年は遅れてやってくる?


110
学校を卒業して入社した会社はまだそれほど規模も大きくなく従って新卒で入社をしたのは私を含めてたったの3名でした。

そんな少ない同期入社だったのでお互いライバルというよりも兄弟みたいな関係で長くそれぞれの部署で仕事をやってきました。

最初にその会社から飛び出したのは私で今から3年前。あとの2人はなんだかんだと言いながらも23年間ずっとその同じ会社で勤務しています。

その2人のうちのひとりからメールが送られてきました。

「同期の○○が自宅で倒れて救急車で病院へ運ばれた。脳血栓のようだ。詳しい状況はまだわからない。」私と同期ですのでまだ40代半ばです。

倒れた同期生はそれまで大きな病気もした事がなく、仕事も比較的楽な職場でマイペースでできるところなのでそれほどストレスが溜まるとは思えなかったのですが、本人は仕事にあまり満足している様子ではなかったようです。

それよりも毎日ほぼ定時で帰れるものだから、毎日夕食代わりにお酒を飲んでいたと言うことを後で知りました。

お酒やストレスなどと病気との因果関係はまだわかりませんが、つい最近聞いた情報では「現在検査のために大学病院に入院中。脳血栓ではなく脳腫瘍らしい。

手術できる部位ではないので当面放射線治療などをおこなう。言語に異常があり何を言っているのかわからない。

仕事への復帰は当分難しそう。」とのこと。

命には別状がない事を知って少しホッとしましたが、状況は決して安心できるようなものではなさそうで、とても心配です。病院は関西ですが、症状が安定してきたとのことなので来週の週末にお見舞いに行こうと思っています。

今年はちゃんと健康診断を受ける事ができましたが、考えてみると脳の検査なんてそう簡単にできることじゃありません。

ある日突然目の前がグラグラと揺れだして真っ暗になってしまうという事が起きる可能性を今回身近に知ることとなり、もし今自分の身に同じことが起きると家族はどうなるんだろう?って考えてしまいました。。

ちなみに健康診断は昨年は失業期間が長かったために受ける事ができませんでした。もちろん自費で受ければ良かったものの、そう言うことさえ忘れてしまっていました。

そして今年の診断結果ですがこの2年間で体重が減り、血圧が下がりより正常に近くなっていたのには驚きでした。悪くなったのは視力だけでした。やっぱり健康ってありがたいものです。
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