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リストラ日記アーカイブ 2006年12月
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日記INDEXページ(タイトルと書き出し部の一覧)はこちらです
217 健康診断2006
218 年末ジャンボが街にやってくる
219 硫黄島映画2作


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217 健康診断2006 2006年12月12日 (火)

今年の健康診断へ行ってきました。

30歳以上は「1日人間ドック」という名称で大げさに聞こえますが普通の定期健康診断に胃のレントゲンや臓器の超音波撮影などが加わるだけでかかる時間もそう変わりません。

朝8時半から始まって検査が全部終了するのが10時頃。その後少し間が空いて11時頃に内科医の問診が5分ほどあって終了です。

胃のレントゲンがあるため前日の夕食からは一切食べられないのでお腹がペコペコです。

検査が終わるとバリウムと炭酸剤で妙な感じにふくらんだまま急いでランチをかき込みます。

もうこの歳になるとバリウムも毎年飲み続け20回近くになりますので、慣れたものですが、社内ではバリウムデビューする人達から「どうでした?」「苦しくないですか?」とよく聞かれます。うちの会社には20歳代が多いのです。

そういう時は「もうそりゃ、初めての時は死ぬような苦しみで、、、」と脅しておきます。

覚悟しておいて案外苦痛が軽いと感謝されこそ恨まれることはないでしょう?しかしバリウムもレントゲン撮影機も20年前から比べると格段の進歩を遂げていて、昔は今の2倍以上のバリウム(造影剤)を飲まされていたし、撮影する時間ももっと長かった。

それに比べると最近の検査ではなんだか手抜きされているのでは?と思えるほどあっさりと終わるので楽になったものです。

嫌がらせが趣味の狂った隣人が引っ越してからというもの、胃の調子も断然よくなり、もう5年以上も苦しんでいた足の神経痛もカイロプラクティックのおかげでほとんど気にならなくなるところまで快復。

おかげさまで健康診断の結果も上々のようです。ただ仕事の役割が重くて当然残業も多くそのプレッシャーには常々悩まされているところです。

このサイトを開設したときは仕事がやりたくてもできない、探しても見つからないというストレスで思いっきり不健康な生活でしたので、それらは贅沢な悩みなのでしょうね。

景気はよくなっているとふざけたことを言っている役人やその言質をそのまま不思議とも思わず読んでいる政治家どもに、年々給料が下がり続けているうえに税金や社会保険料だけは上がり続けていく一般庶民の怒りはどこへ向かっているのだろう?

せめて100%収入を役人に補足されているサラリーマンと、5割程度しか補足されていないという自営業者や個人事業主との差を何とかしてして欲しい。

また相変わらずの役人天国ぶりを一回清算してみてはどうかと思う。それらの改革を本気でやれば役人の数は今の半分に(失業者の山ができるかもしれないが)、サラリーマンの税金と社会保険料は半分にできるはずだな。

なんて愚痴を言っていても始まらないけれど、少なくとも愚痴を言うことで多少はストレス発散になって健康促進に役立つかも。


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218 年末ジャンボが街にやってくる 2006年12月12日 (火)

宝くじを売っているのはみずほ銀行(旧第一勧業銀行)だということ(最近は規制緩和されて独占販売がなくなり他にも販売をしている業者もある)は誰でも知っているけれど、それでは誰が発行しているかというと、結構「宝くじ協会」とか「みずほ銀行」「財務省」とか言う人がいます。

正しくは全国都道府県と全指定都市、つまり地方自治体ということなのですね。そう私の大嫌いなお役人が胴元なんですね。

販売の経費や賞金として支払われる額を差し引いた残りの金額の割合、つまりその胴元が分捕る率は競馬(25%)や競輪といった公共博打、パチンコやスロット(10〜15%)のような民間博打もどき、闇でおこなわれているノミ行為、カジノクラブ、賭マージャンなどと比べて格段に高くなんと48%にもなります。

わかりやすく言えば5200円の価値しかないカードを1万円で皆並んでまで買っているワケです。

いわゆるそのテラ銭は公共のためという大義名分の元役人が好きに使える仕組みになっています。

もちろん競馬だって競輪だって競艇だってロトだってパチンコ業界だってなにかしら役人(天下り役人含む)が絡んでいて自己の利益のため自分が所属する組織の利益のために有効に使っているわけですが。

そういう私は子供の頃から母親と一緒に宝くじを買うことがよくあって、その後も遺志を継いで?毎年5万円ぐらいは宝くじ(ジャンボ宝くじ限定で)を買い続けているおバカさんです。

そもそもジャンボは1979年からそう呼ばれるようになったのですが、最初の頃はなんと予約制でした。その後予約制はなくなり枚数限定で販売されるようになりましたが、しばらくは売り切れごめんで販売期間中でもなくなってしまうことがよくありました。

ジャンボ宝くじと呼ばれているのは「全国自治宝くじ」で各都道府県がまちまちに発行するのではなく協同して当選金をつり上げる目的でできたものです。

当初は夏と冬の2回ちょうどボーナスの出る時期に庶民から回収するためだったものが先にも書いたように人気がすごかったので次々と増えて「オータムジャンボ」「サマージャンボ」「ドリームジャンボ」「グリーンジャンボ」「年末ジャンボ」の年5回もあります。ボーナスも年5回くれよー!

そういうジャンボ宝くじですが、過去40年近く買い続けて最高当選額が5万円で1回のみ。

あとは3千円が数回という程度。とても年間購入額の5万円の52%も戻っては来ていません。

なにか宝くじという不当な税金を余分に払っているような気がしてきました。

でも今年もやっぱり年末ジャンボをしっかりと買って、夜な夜な3億円当たったときにはあれとあれとあれを買って残りは老後の貯金とか考えています。それがこの宝くじの魅力というか魔力なのでしょうね。


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219 硫黄島映画2作 2006年12月17日 (日)

クリント・イーストウッド監督の2本の「硫黄島シリーズ」を見てきました。

まずは第1作目の「父親たちの星条旗」ですが、日本映画が太平洋戦争をテーマに映画を作るといかにも張りぼてや特撮、最近は明らかなCGでどうも嘘くさいものになってしまうのに対してアメリカ映画というのはよくこんな古い上陸用舟艇や航空機、戦車などが実働するものとして登場するのかと不思議でなりません。

艦上爆撃機コルセアなどがビュンビュンと飛び去っていくシーンや、上陸用の水陸両用車両なんかは本当に60年以上前の古いフィルムから取ってきたようにも思えるぐらいで、戦闘シーンの迫力も日本映画の少量の火薬にセメントの粉を大量に乗せて噴煙を無理矢理作る惨めな爆発シーンとは違い物量で迫ってきます。

しかもこの映画は迫力がウリではなくあくまで硫黄島で戦い、多くの友人を失い、ようやく占領したすり鉢山の頂上に既に別人が立ててあった星条旗を命令で取り替えるために代わりの星条旗を立てた7人のその後の話を中心に展開する。

そのあまりにも有名になった写真が米国民の戦意高揚につながるということで、長引く戦争と枯渇していた戦費をまかなうために発行する国債を民衆に買わせるため政府によってヒーローに祭り上げられていきます。

旗を立てた7名のうち4名はその後の戦闘で死亡、3名が帰国してアメリカ全土をロードショーし「国債を買おう!」と叫ぶわけです。

一般的にアメリカ人はすべて好戦的で本土から遠く離れた地でおこなわれている戦争には対した興味もなく物量に任せた理論的な戦法で終結方法もあらかじめ決まっていたのか?と思っていたけどこの映画を見ると日本もアメリカも一般庶民(=兵士を送り出す家族)はみな同じなんだということがよくわかります。

英雄になんかならなくてもいいからどうか無事で帰ってきて欲しいという恋人、写りの悪いしかも後ろ姿しか写っていない写真を見て「あら私の息子だわ」と直感でわかる母親、戦死した息子のことを戦友から詳しく知りたがる妹、そして父親が語りたがらず硫黄島のことをなにも知らなかった息子。

第2弾の「硫黄島からの手紙」も同じだけど戦争に巻き込まれてしまった男とその家族を通して日米両国が南国の孤島で戦ったむなしさ、政治や国家の醜くささ、死と死の恐怖を共有した戦友との人間模様など深いテーマを持った2つの映画でした。

日本の戦争映画では先日DVDで見た「男たちの大和」もそうだけど、とにかくヤマ場では泣かせよう泣かせようという魂胆が見え見えなのに対して、この2つの映画は涙こそ出ないものの、感動が背中から頭の先へジンジンとくるような感じです。

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